507話 欲望の道
結局、暴動の動きが起きたようだ。俺は転移で現場に向かって、その対処に動く。ジャンやミルラによると、当主が動いたという事実が大事になるらしい。
ということで、俺は目の前で武器を構える民たちに向けて、ひとまず警告をする。
「武器を手放し、投降してもらおう。そうすれば、痛い目を見ずに済むぞ?」
「奴隷なんかに良い生活をさせるクズが、よく言いやがる!」
「俺たちは苦労して仕事しているってのによ! やっちまえ!」
そう言って、相手は武器を持って突っ込んできた。なんというか、俺の強さすら知らないらしい。そういうものなのか、単にこいつらが情報にうといのか。いずれにせよ、俺の動きは決まった。
人に武器を向けたというのなら、もはや容赦は必要ない。そうだよな。
「それが答えということだな。残念だ」
戦闘の過程など、語るまでもない。しいて言えば、容易に捕らえられたというだけ。そして俺は、暴動を起こした相手を担当に引き渡した。
後はジャンとミルラやその配下が調査していく。その結果が出たということで、俺はふたりと会議をしていく。
「どうだ、ふたりとも。なにか、情報は引き出せたか?」
「それが……。本当に、裏が見つからないんですよね。何かを吹き込まれた形跡すら」
「申し訳ございません。大した成果も出せずに……」
ジャンやミルラですら調査できないとなると、かなり厄介な状況なんじゃないだろうか。どうやって暴動を引き起こしたのか分からないとなると、敵は相当優秀だろう。
黒幕の正体を探るまでにも、手順が必要だ。とにかく、今できることをやろう。ジャンやミルラと、方針を考えていかないと。
「それだけ巧妙に隠されているということか? なら、警戒しないと……」
「いえ、本当に奴隷が良い生活をしているというのが不満だっただけみたいなんです」
「妙な噂が流されていないか調査しましたが、その形跡すらございませんでした」
ジャンとミルラは、真面目な顔で言っている。つまり、裏が見つからないということではなく、そもそも無かったということか? 勝手に不満を抱えた民衆が、妙な行動を起こしたということか?
いや、ありえない話ではないと思う。前世でだって、黒幕も何も無い大量殺人事件だって存在した。その類なのかもしれない。
とはいえ、奴隷が良い生活をしているというのは、どこで知ったのだろうか。ことさらに吹聴したつもりはないのだが。まあ、隠していたわけでもないから、普通に知ってもおかしくはない。まあ、探るだけ探っておこう。
「なら、奴隷から情報が流れて?」
「情報漏洩というより、独り言を盗み聞きしていた人が居たみたいですね」
「奴隷だった頃からは信じられない、というような言葉のようでございます」
ああ、なるほど。奴隷だって、買い物や休憩、遊びだってするだろう。そんな中でこぼしたのを聞かれたのかもしれない。あるいは、工場やらから情報を探ったか。
いずれにせよ、奴隷が離反する意図を持っておこなったことではないということ。なら、奴隷を処罰するようなことは避けたい。仕方のないことの範囲だ。
まあ、守秘義務について契約するというのも一つの手ではある。ただ、業務に関係のないところまで縛ることにもなりかねない。本命を隠すためにも、何でもかんでも縛らない方が良い気はする。
道路交通法みたいに、現実的に全て守れない縛りになってしまうと、縛りそのものが無意味になりかねない。ちゃんと守れる範囲で守秘義務を課すのが妥当。そうなってくると、職場で絶対に隠したいことに限定するべきか。
となると、余計な口出しは避けた方が良い。次の話題に移ろうか。
「なら、その奴隷に責任があるわけでもないのか。つまり、単なる嫉妬で?」
「そうですね。特段、超過労働などもない様子でしたから」
となると、元奴隷が自分より良い生活をしていたのが許せなかったと。かなり厳しい生活をしていたというのなら、同情の余地もあったのだが。そういうわけでもなさそうだ。
なんというか、ため息をつきたくなるな。本当に、くだらない。
「冗談みたいな話なんだが……。そんな理由で?」
「なぜ自分が同じ待遇を得られないのかと、わめいていましたね」
「レックス様、いかがいたしましょうか」
それで、奴隷たちを傷つけようとしたのだろうか。職場を奪おうとしたのだろうか。あるいは、領の運営を妨害しようとしたのだろうか。いずれにせよ、許す気にはなれないな。
まあ、俺がことさらに傷つけようとする意味もない。ジャンやミルラに任せておけばいいだろう。
「お前たちに任せる。どのような目に合おうと、俺は関知しない」
「かしこまりました。では、そのようにいたします」
「せっかくですから、民衆の不満をぶつけてもらいましょうか」
なるほど。ガス抜きの対象として使うのか。今回のような不満を抱えている民に、八つ当たり先を用意すると。
残酷だとは思うが、それで総合的な被害が減るのなら問題ない。どうせ、人に武器を向けようとした連中だ。
「石でも投げさせるのか? やりすぎないようにな」
「もちろんです。ただ、たまにある分には悪くないでしょう。珍しい娯楽ですからね」
「民衆にとっても、八つ当たりができる相手は必要でございましょう」
中世とかだと、処刑が娯楽だった時代もあるようだからな。そういう意味では、おかしくない判断なのだろう。
とはいえ、やり過ぎにだけは注意したいところだ。ある程度の残酷さは仕方なくとも、ことさらに残酷にすることは避けたいという程度に。
「そのために罪人を作らないというのなら、否定はしない。ほどほどにな」
「もちろんでございます。民衆の暴走を招いては、本末転倒でございますから」
石を投げることで、暴力が日常化するような状況は避けたいからな。ミルラは分かっているようだし、ちゃんと対処してくれるだろう。
なら、ジャンとミルラの提案を採用して問題ない。
「分かっているのなら良いが。それにしても、困ったやつも居たものだ」
「自分が得られるはずだったものを、奪われたと思い込んでいるのでしょう」
「レックス様のご慈悲をたまわる価値もない人々でございます。お気になさらず」
まあ、聞く話ではあるよな。自分より格下だと思っている相手が出世した時に、何が何でも足を引っ張るような人とか。そういう類の存在だったのだろう。
ハッキリ言って、嫌悪感しか持てない相手ではある。とはいえ、ミルラとジャンが妥当と思うラインで収めるべきでもあるな。必要以上に痛めつけたりする趣味はない。どうせ殺すのなら、ちゃんと使い潰そうという程度。
そういう意味では、ジャンとミルラの発想は悪くない。殺す相手に、死ぬ瞬間までしっかりと役割を持たせているからな。
俺の本心としては、他人の足を引っ張ることしかできない人には死んでほしいという気持ちもある。ただ、感情に引きずられるべきでもない。効率を優先する方が正しいはず。
「正直、愚かな存在だとは思っているんだよな。とはいえ、対策も必要か」
「逆恨みとはいえ、不満を抱えている民は居るようですから」
「利益に見える何かを、渡しておく必要がございますね」
同じような暴動が起きれば、面倒だからな。そうならないためにも、ガス抜きの手段は考えておくべきだろう。パンとサーカスというが、そういう手段が必要になってくる。
「その辺の手段は、お前たちに任せる。その方が、うまくいくだろう」
「かしこまりました。では、私たちはこれで」
そう言って、ミルラとジャンは頭を下げて去っていく。今回ばかりは、人の愚かさを感じてしまったな。
だが、そういう人ばかりでもない。真っ当に生きる領民だけは、ちゃんと幸せになってほしいものだ。




