505話 セルフィの優しさ
私とミュスカさんは、個人としてレックス君に協力するという意思表示をした。当主でもないただの小娘にできることは、それくらいだったからね。
とはいえ、私はさほど強くもないし、できることも少ないんだけれど。ずっと前から、カミラさんに手も足も出なかったくらいだし。
それでも、私はレックス君を支えたい。その気持ちだけは、間違いなく本物なんだ。
理由なんて単純だよ。そうしたいと思ったから。他に何も、必要ない。私の基準は、この胸にある気持ちだけだから。
「レックス君は、いつも誰かのために動いているようだよ」
終わってから話を聞くことも多かった。知っていて、手出しできないと歯噛みすることもあった。どちらにせよ、意味のある手助けはできなかったと言って良い。
だけど、それじゃダメなんだ。他の誰でもなく、私が納得できない。
レックス君の優しさは、誰よりも知っているつもりだよ。誰かから慕われて頼られることが、どれだけ負担なのか。私は強く理解できるからね。
これまで、私は頼られ続けてきた。そして、問題を解決し続けてきた。対価なんて、ほとんどなかった。感謝の言葉すら、稀だった。
だからこそ、分かるんだ。人に優しくすることに、どれだけ忍耐が必要なのか。報われないかもしれない行動に、耐え続ける覚悟が必要なんだ。
きっと、レックス君は当たり前のように助けてしまうんだろう。
「今回の奴隷たちにしろ、これまでの仲間たちの問題にしろ」
目を伏せてしまう私が、確かに居たよ。仲間たちは、まだレックス君を助けようとしている。感謝だってしている。だけど、奴隷たちは違うだろうね。
もちろん、全員が感謝しないとは言わないよ。レックス君を慕う人も、当然出てくるだろうね。だけど、そんなものじゃ足りないんだよ。行き場を無くした人に仕事と未来を与えるなんてこと、そんなに簡単なことじゃないんだから。
だけど、レックス君は助けてしまった。きっと、投げ出そうとはしない。
「だからこそ、抱え込んでしまう。苦しんでしまう」
どれだけの人が、本当の意味で恩を返せるんだろうか。感謝すらしない人が、どれだけ居るんだろうか。想像しただけで、胸を抑えてしまうよ。レックス君の気持ちを思うと、嘆きたいとすら感じるかな。
けれど、私は弱音なんて言っちゃいけない。本当に苦しいのは、レックス君なんだから。私が弱っていたら、レックス君は私を助けようとするだろうね。自分の負担なんて無視してさ。
歯噛みするほどに、悔しいよ。先輩だ何だって言っても、私は何もできていないんだから。
「私がもっと強ければ、うまく支えられたんだろうけれど」
根本的に、私には足りないものが多すぎたからね。そもそも、レックス君が困っている場に向かうことすらできなかったんだから。
だからこそ、これからは手を貸したい。確かに残る成果を出したいんだ。それが、私の望み。
けれど、超えるべき壁はあまりにも多い。立場も状況も、私に味方していないから。
「とはいえ、ミュスカさんのおかげで大きな問題がひとつ解決した」
転移ができるということは、少なくともレックス君が困っているところに向かうことはできる。私の能力が足りない状況でもない限り、少しは力になれるはずだよ。
レックス君と同じことができる人。それが居るだけでも、意味は大きいよね。転移だけでレックス君の時間が奪われ続けることを避けられるんだから。私の成果ではないのが、悲しいけれど。まあ、構わない。
「ミュスカさんも、レックス君を大事に思っているみたいだからね」
私たちは、同じ気持ちでつながっていたんだ。レックス君が大事だってことも、もちろんある。けれど、根本的に人間が嫌いだってことも同じだった。
どれだけ優しくしても、返してくれる人なんて珍しい。その現実は、ふたりとも分かっていたから。見返りを求めるのが浅ましいだなんて、誰も助けられない人の戯言だよ。何もお礼をもらわずに、その人はどうやって満たされるというのか。ただ奉仕を続けるだけの存在であれとでもいうのか。
結局のところ、人は優しい人を道具としてしか扱わない。自分にとって都合の良い存在じゃない限り、全部を否定するだけなんだ。
だからこそ、レックス君も同じ壁に突き当たるだろう。その時に、私が助けてあげるんだ。誰よりも、レックス君の未来が分かるからこそ。
「ただ、私にできることは少ない。魔法も権力も、大して持っていないから」
単純に力でレックス君の敵を倒すこともできない。周りに根回ししたり圧力をかけたりして、レックス君の居場所を作ることもできない。
そんな私が持っているのは、この身一つだけと言って良いかもしれない。それで、できること。
「抱きしめてあげるだけで、少しでも癒やされてくれるのなら……」
レックス君が満たされるというのなら、どれだけだって抱きしめてあげられる。いくら私に甘えたって、優しく頭をなでてあげられるよ。
それこそ、女の子として男の子を満たしてあげることだって。少しくらいは、怖いけれどね。
でも、それが現実になることはないんだろうね。なんとなく、分かってしまうんだ。
「レックス君は、甘えることを良く思っていないだろう」
根本的に、誰かに頼ることができない人なんだ。なんでもひとりで解決しようとするクセは、だいぶマシになったみたいだけれど。それでも、ひとりじゃ足りないから力を借りるというだけみたいだし。
仮に私が抱きしめてあげたとして、それに甘えることを弱さだと思うんだろう。あるいは、私への負担だと思うんだろう。どちらだって、結果は同じだよ。
レックス君は、いつだって負担を抱え続ける。そんなこと、許せない。
「そうなってくると、私の役割は……」
多くの手段が、潰れている。その状況で、私にできること。何があるだろう。
転移でレックス君を助けに向かうことはできる。けれど、それだけでは足りない。レックス君の苦しみを減らすことこそ、私の願いなんだから。
とはいえ、転移だってそう便利な手段とも言い切れない。普段の生活を捨ててしまえば、結果的にレックス君が苦しむだろう。私に負担をかけてしまったと、嘆くだろう。なら、私のやるべきことは。
「レックス君に見えないところで動くのが、今は良いかもね」
レックス君に敵対しそうな人を、ある程度仕分けておくとか。それとも、何らかの手段で排除するか。いくつか、思いつく手段はある。
「何も問題が起きないように、事前に潰す。それが理想ではあるよ」
ただ、レックス君の敵はひとりやふたりではないからね。そう簡単に、調査も排除もできない。
「私は特別な何かを持っていない。劇的な成果を出すのは、難しいかな」
仕方のない現実ではあるけれど、拳を握ってしまう私がいたよ。私の弱さを、思い知らされるばかりだ。
こんなことなら、もっと努力しておけば良かったかな。なんて、後悔している時間はないか。レックス君のためにも、一歩でも前に進まないといけない。過ぎ去った過去を考えるなんて、無駄なだけだよ。
今は、レックス君を助ける手段を考える。それが、大事だよね。
「いっそ、勝手にレックス君の敵を葬ってくれるような何かがあれば……」
何らかの形で、レックス君の敵を排除する手段。それこそ、天罰か何かみたいに。まるで幼子の妄想みたいだけれど、なんとなくしっくりきたんだ。
とはいえ、具体的な何かが思い浮かんだわけじゃないんだけどね。
「まあ、ゆっくりと考えていこう。急ぎすぎてレックス君に助けられては、本末転倒だ」
私は、レックス君の力になりたいんだ。負担を増やしたいわけじゃない。それだけは、忘れないようにしないとね。
本当に大事なことを見失ってしまったら、他の誰でもない私が後悔する。分かりきった未来は、避けるべきだよ。
「ミュスカさんに相談するのも良いかもね。私ひとりでは、限界があるんだし」
転移という手段を借りられるだけでも、手札は広がっていく。そういう意味でも、知恵を借りるという意味でも、ミュスカさんは大事な仲間になってくれるはずだ。
私とミュスカさんは、手を取り合える。他でもない、レックス君のためなら。
だから、私はひとりで抱え込むべきじゃないんだ。レックス君に、大事なことを伝えるためにも。同じ道を行かさせないためにも。
「待っていてくれよ、レックス君。絶対に、助けてあげるからね」
その未来を思うと、私は心からの笑顔を浮かべられる気がしたんだ。




