501話 ルースの采配
あたくしは、王家が中心となっておこなう事業に誘われた。ブラック家から一部の技術を提供されて、それを利用して雇用を生むというもの。
とても、良い機会だと思ったわ。ホワイト家の当主として仕事をしている限り、自分の足でレックスさんに会いに行くことは難しい。お互いの領地が離れていることもあるし、もともとは遠い関係だったということもある。
だからこそ、会う機会は慎重に選定する必要があったわ。ただ会いたいからと会えるほど、私たちの関係は単純では居られなかった。
それが、貴族というもの。当主になるということ。家を保つために、自分を殺すべき場面が出てくる宿命にある。
「ミーア殿下には、感謝しなくてはいけないわね」
あたくしは、今回の事業にかこつけて、レックスさんを呼び出したわ。ちょうど良い理由として。ホワイト家の利益を考えても、無視することはできなかった。
ただ奴隷の扱いに関して協力関係を結ぶことも、できた。けれど、そうはしなかった。あたくしの望みを叶えるためには、今回の機会が必要だったから。
おそらく、ミーア殿下は分かっていたのでしょうね。あたくしを誘う理由としては、金属加工だけでは弱いもの。狙いとしては、貸し一つといったところでしょうか。今後、あたくしの協力が必要になる場面が来る。
あたくしとしては、前向きに考えるつもりでいたわ。どの道、王家と敵対する理由はない。それに、あたくしたちが協力する理由はある。
「レックスさんと会える機会を用意してくれたのだもの。相応にね」
ミーア殿下には、裏に隠れた狙いもあるのでしょうけれど。彼女も、レックスさんには強い感情を持っていますから。あたくしには、分かる。
というより、レックスさんの周囲に居る女は、誰もが違う形で執着していると言っていいでしょう。それは、構わないのだけれど。どの道、排除はできないのだもの。
レックスさんは、親しい人の安寧をこそ大切にする人。それくらい、誰でも分かること。だからこそ、安易に排除なんてできない。そんなことをしたら、嫌われるだけ。絶対に避けるべき未来よ。
だからこそ、あたくしたちは手を取り合う必要がある。そうでなくとも、殺し合ってはならない。レックスさんを手に入れるためにも、どうしても必要なこと。
嫉妬の心があるかと言われれば、もちろんあるわ。それでも、いちばん大事な物は決まっている。だから、迷わないというだけ。
あたくしも、ミーア殿下の計画に乗ることにしたわ。どうせ、反対しても無駄だもの。
とはいえ、あたくしだって相応に状況を利用するのだけれど。それは、お互い様よね。
「あたくしには、レックスさんと近づくだけの理由がなかった」
気軽に会いに行くことなんて、とても無理と言っていいほどに。だからこそ、あたくしたちの間にはつながりが必要だった。事業で協力するというのは、その一環。もちろん、奴隷問題を解決してホワイト家の力を高めるという目的もあったけれど。
ブラック家と協力すれば、ホワイト家はさらに発展できるでしょう。それは、あたくしの願いを叶えるためにも必要なこと。
総じて、複数の利益がある。だからこそ、あたくしは動いたのよ。
「今回の人材交流は、良いきっかけになるはずでしてよ」
もちろん、いくつも狙いはあるわ。
ブラック家の情報を手に入れることができるでしょう。レックスさんが隠そうとしているけれど、あたくしにとっては必要なものを。特に、レックスさんが自分を心配させないようにしている何かをね。
そして、単純に事業の発展に大きな効果を得ることができるでしょう。ブラック家は、今回の事業に大きく先んじている。その成果と失敗を参考に、より良い選択を取ることも必要よ。
最後に、あたくしにとって最も大切なことがある。
「呼び出す理由にも、会いに向かう理由にもなるでしょう」
お互い、貴族の当主になった。だからこそ、ただ友人として会うことは難しくなってしまった。どうしても、裏に何か理由がなければいけなかった。
ヴァイオレット家やインディゴ家のように、距離が近ければ話は別なのでしょう。お互いの関係としても、情報交換としても、情勢に関しても、必ず意思疎通は必要になるから。
だからといって、ないものねだりをしても仕方ないわ。あたくしは、立派な当主にならなければいけないの。レックスさんに、勝てるように。少しでも、近づけるように。星々に手を伸ばすより遠いとしても、諦めないわ。
「あたくしを、ただ置いていかせてたまるものですか」
レックスさんに忘れられて、見向きもされない。そんな未来を想像しただけで、あたくしは震えてしまう。膝を折りそうになってしまう。
だって、あたくしを本当の意味で認めてくれたのは、レックスさんだけだったから。あたくしの才能も、努力も、人格も、ただ受け止めてくれたから。そんな相手と出会う未来なんて、想像することすらできないわ。
レックスさんを失うわけにはいかない。だからこそ、少しでも対等に近づけるように、あたくしは自分を高めなければならないの。
「ただでさえ、力で負けているのに。立ち回りでまで負けられなくてよ」
おそらく、闇魔法に勝つ未来は訪れないのでしょう。魔法との合一は、レックスさんに痛手を負わせるほどの力だったようだけれど。二番煎じをしたところで、もう通じなくなっているみたいだもの。
とはいえ、魔力の合一を覚えるための訓練を欠かすつもりはないけれど。当主としての仕事の合間に、魔力を操作したり吐き出したりして、もっともっと強くなってはいる。
だけど、それだけでは足りない。あたくしの求める未来には、届かないの。
魔法は、あたくしの強みではない。少なくとも、レックスさんと比べれば。そして、レックスさんには明確な弱みがある。お人好しで、人を疑えないということ。高度な策略を、周囲に仕掛けられないこと。
なら、あたくしの目指すべき道なんて、決まりきっているわ。
「あたくしの手で、レックスさんを踊らせてこそ。そうよね」
そこまでして、初めてあたくしはレックスさんと対等になれる。あたくしが明確に上回る分野を持っていなければ、話にならない。
だから、あたくしはブラック家に策をぶつけましょう。ホワイト家の、いえ、あたくしの利益を最大化するために。
「損をさせるつもりなんてなくてよ。だから、許しなさいな」
あたくしは、レックスさんと並び立ちたいだけ。そのために引きずり下ろすのは、違うもの。誘惑があったことは、否定しないけれど。
どこまでもブラック家をおとしめて、ホワイト家が接収でもする。考えなかったと言えば、嘘になるわ。実現性もないし、そもそもレックスさんに嫌われたくなかった。だから、計画段階で止めた。
けれど、あたくしの策は成らせてみせる。ブラック家に、あたくしを刻み込むのよ。
「ホワイト家を、あたくしを、切り離せなくするだけ。それだけよ」
今回の人材交流は、その始まり。ホワイト家を、だんだんブラック家の事業において中核に近づくようにするためのもの。
もちろん、そう簡単に実現はできないでしょう。だとしても、やり遂げてみせる。その先の未来を、手に入れるために。
「レックスさんは、あたくしから離れられなくなるわ」
それこそが、あたくしの望み。レックスさんとあたくしが、対等で居るための手段。
全力で策を練っても、ただ力であたくしをねじ伏せられる人。だからこそ、あたくしは止まらないわ。どこまでも、突き進んでみせる。
「ブラック家にも、しっかりと利益を与えましょう。それこそが、あたくしの道」
金属加工の技術を与えるのも、本当よ。できる限り、ブラック家に伝わるように。ホワイト家が積み上げた技術を、使えるように。
そして、金属だって輸出しましょう。ブラック家が持っていないものを、特に。求めるだけ、ね。
「そうよ。どこまでも与えましょう。あたくしの存在が、前提になるほどに」
金属加工が、ブラック家の一大事業になった時。その中心に、ブラック家では採掘できない金属があった時。ブラック家は、ホワイト家に頼るしか無くなる。
それこそが、あたくしの狙い。だから、今は捧げ続けましょう。いつかの未来で、理解する時まで。
「あたくしとのつながりが切れないとなれば、結ばれるしか無いじゃない」
そう。レックスさんは、あたくしの想いを拒絶できなくなる。ブラック家のために。仲間のために。民のために。未来のために。
あたくしは、どこまでも尽くしましょう。レックスさんが、幸せになれるように。だから、裏切りではないのよ。レックスさんとあたくしの、未来のため。それだけなのよ。
「ブラック家の生命線を、あたくしが握る。絶対に、邪魔なんてさせなくてよ」
あたくしの優位性を壊すのならば、滅ぼしても良い。金属産出を代替なんてしようとする存在は、特に。
だって、あたくしの願いを叶えるためには、絶対に成るべき策なのだから。
「それこそが、あたくしとレックスさんがつながる手段。あたくしの、愛よ」
レックスさん、あたくしを求めなさい。どこまでも、あなたに尽くすわ。それだけは、約束してあげるから。
あたくしは、男を立てる女よ。現実がどうであれ、旦那の一歩後ろを歩くのよ。幸せな夫婦とは、そういうものでしょう?
「ねえ、レックスさん。最後に笑うのは、あたくしよ」
だから、待っていて。レックスさんとあたくしが、結ばれる未来まで。どこまでも、あたくしは尽くし続けるわ。




