496話 大切な時間
近衛騎士たちとの戦いも終わって、解散する流れになっている。まあ、お互い疲れているからな。しっかり休むのも、大事なことだろう。
ということで、そろそろ帰る準備をするかと考えていた。といっても、転移するだけなのだが。
その前に、通話が飛んでくる。開くと、元気いっぱいな声が聞こえてきた。
「レックス君、今こっちに来ているんでしょう? 私たちにも、会いに来てくれないかしら!」
ミーアは、俺が近衛騎士に会いに来たことを知っているみたいだ。それで、ついでに話をしたいと考えたのかもしれない。
まあ、今すぐ帰らなくてはならない用件はない。雇った奴隷たちの運用も、落ち着いている様子だからな。俺が必ずやるべきことは、そう多くない状況だ。
なら、前向きに考えても良いだろう。察するに、根回ししていそうな雰囲気もあるし。前もそうだったからな。
「ハンナたちから、聞いていたのか?」
「近衛騎士の主は、私よ? どういう予定があるかくらい、分かるもの」
楽しそうに言っている。理屈で考えれば、当たり前の話だ。近衛騎士は、王族の護衛でもあるのだから。よく考えたら、むしろどうやって予定を開けたのかが気になってくる。
ミーアにも、隠れた手札があったりするのだろうか。いくらなんでも、護衛を完全に居なくするような形だと、何かあった時に後悔じゃ済まない。みんなと会わなければとかいう後悔は、したくないな。
まあ、ミーアが本気で無防備になるとは思っていない。言いたくなったら、教えてくれるだろう。それでいい。
「そうか。今から向かえば良いのか?」
「ええ! リーナちゃんと一緒に、出迎えるわね!」
ということで、王女姉妹のもとに転移していく。すると、ミーアは弾けるような笑顔で、リーナは薄く微笑みながら迎え入れてくれた。
歓迎の意志が明確に伝わって、ありがたい。なんだかんだで、俺だけが大事に思っているわけじゃないと分かる。まあ、元から疑っては居なかったが。
俺は軽く手を上げて、挨拶をしていく。
「久しぶり、でもないか。まあ、元気そうで良かった」
「今回は、事件が関わっていないもの。それって、とっても大事なことよ」
「普通に楽しく話をする時間では、ありませんでしたからね……。まったく、面倒なものです」
ミーアは穏やかに、リーナは冷たく言う。
まあ、楽しくないと言えばウソにはなる。それでも、考えるべきことが多かったのが事実だ。主に事件を解決するための手段として、協力を要請していたわけだからな。
それを思えば、いま俺達が何も考えずに友達としての時間を過ごせることは、とても素晴らしい。
せっかくの機会だ。全力で楽しんでいかないとな。俺達で過ごす、穏やかな時間を。
「お互い、いろいろと立場があるからな。そう気軽に会えないのが、寂しいところだ」
「だからこそ、今をしっかりと楽しみましょう! ね、レックス君」
「姉さんは気楽なものですね……。とはいえ、悪くありません」
「もう、素直じゃないんだから! レックス君と会えて嬉しいのは、リーナちゃんも同じなのにね」
ミーアやリーナも、俺と似たような気持ちみたいだ。多くはないチャンスだからこそ、大事にしていきたい。
原作の事件をすべて乗り越えられれば、あるいは何も気にせずに会えるのかもしれないが。いや、そうでもないか。相手は王族なのだから、ただの友人としてだけ会うこともできない。
だったら、言えることを今のうちに。それが、お互いにとって良い時間にする秘訣だろう。
「俺も、お前たちと会えて嬉しいよ。こうして話をする機会が、増えると良いな」
「そう遠くないうちに、実現してみせるわ! 友達だもの。もっと話したいのは、当然よね!」
「まあ、それで良いですけど。姉さんも、面倒な性格をしていますね」
「ひどいわ、リーナちゃん! お姉ちゃんのこと、嫌いなの?」
「そういうところも、面倒ですね……。まあ、嫌いではないですけど……」
眉を下げながら言うミーアに、リーナは額に手を当てながらため息と一緒に返していた。仲が良いというか、漫才みたいというか。
ほんと、気心知れた関係って感じだ。なんだかんだ言いながら、お互いにしっかりと信頼関係を築けているのが見て取れる。
こんなふたりが、原作では殺し合うことになっていたんだからな。避けられたことは、俺の誇りと言って良い。
「お前たちが仲良くしているのは、良いことだ。壁も多かったからな」
「それこそ、レックス君のおかげよね。ありがとう。私たちを繋いでくれて」
「私も、感謝しているんですよ。レックスさんには、手間をかけましたからね」
ふたりとも、落ち着いた顔でお互いを見ている。それから、こちらに軽く頭を下げてくる。
実際、とても感謝してくれているのは伝わる。大げさなお礼は、俺が好まないと分かっているのだろう。俺としては、感謝されたくてしたことではないからな。まあ、ふたりの力を求めてのことでもあったのだが。
結局、俺だって何度も助けられているからな。ことさらに俺に恩を感じるべきとも思わない。
しいて言うのなら、俺と仲良くしてくれるだけで、十分に恩返しになっているんだ。
「それで今みたいな時間が手に入ったんだから、安いものさ」
「まったく、カッコつけたがりですね。まあ、良いですけど」
「レックス君にとっては、本音なのよね。だから、大好きなのよ」
リーナの言葉通り、ちょっとキザっぽかったかもな。でも、本心ではある。こうして楽しい時間を過ごせる相手がいることが、何よりの報酬だ。
王女姉妹との時間は、最高と言っていいからな。たとえ力を借りられないとしても、確かに満たされている。
まあ、きっと俺を助けようとしてくれるのだろうが。その気持ちを大事にすることも、必要だよな。俺だって、ふたりが困っていたら手を貸したい。それと同じことだ。
「俺も、お前たちが大好きだ。これからも、仲良くしていきたいものだな」
「本当に、レックスさんって人は……。受け入れている私も私ですけどね」
「ずっと、困っている人たちを助けてきたものね。今回も、そうなんでしょ?」
確信を秘めたような目で、ミーアは俺のことを見ている。何かしら、知っているのかもしれない。あるいは、俺がそういう人間だと確信しているか。
どちらにせよ、隠すようなことではない。どの道、関係する貴族には根回ししているのだから。王女姉妹が知ったくらいならというか、知っているのが正しいというか。
「ああ、知っていたのか。まあ、あぶれた奴隷の居場所をな」
「その話についても、しておきたいわね。王家としても、見過ごせないもの」
「衣食に困る人が多いようなら、治安の心配もありますからね」
そうなんだよな。とにかく、飢えが治安の一番大きい敵だ。食うに困った人に法律の話をしても、道徳の話をしても、それでお腹が満たされるわけではないのだから。
もちろん、根っからの悪人はどこにでも居る。ただ、飢えは本来善人となれる人でも罪に手を染めるきっかけにしてしまう。だからこそ、何としても対策を打つべきこと。
俺はふたりの言葉に、強く頷いた。
「結局、仕事の話になっちゃうのね。ちょっと、困ったものよ」
「仕方ありませんよ。私たちには、課題が多いですから」
「さて、何から話していこうか」
おそらくは、王家でも何かしらの手を打つのだろう。その際に、ブラック家とも協力して動くことになる。
どんな形が最適か、しっかりと話していかないとな。




