495話 ハンナの求め
新しい近衛騎士は、わたくしめにとっては居心地のいい場所でした。知り合いということもありますが、皆が真剣に研鑽していることが大きいです。
かつての近衛騎士は、わたくしめより弱かった。その上、わたくしめを軽んじていた。近衛騎士であることを、恥と感じるほどの集団でした。
今は、まったく違う。わたくしめより強く、それでいて努力を欠かさない人達に囲まれる。どれほど幸福なことか、以前を知らない人には分からないでしょう。
カミラ殿は、一属性使いでありながら、並の四属性を超えるほどの強さを持っています。わたくしめでも、負け越しているほどに。
エリナ殿だって、魔法を使っていないとは信じられないほどの剣技を振るっています。目で追うことすら、難しいほどの。カミラ殿の魔法にすら、対抗できるほどの。
そんな方々に囲まれているのですから、悔しさを感じることもあります。わたくしめが、一番ではないのですから。騎士団長の地位を拝命していても、それにふさわしいとは言い切れない。
とはいえ、良いことでもあります。わたくしめには、慢心する暇すら与えられない。ミーア様やリーナ様をお守りする上で、それ以上のことはないでしょう。
わたくしめの弱さを思い知らされることは、確かに心に突き刺さります。ですが、それこそが求めていたものですから。かつての近衛騎士となど、比べることすらおこがましいのです。
レックス殿との模擬戦で、より強く理解できました。カミラ殿もエリナ殿も進化していて、レックス殿を追い詰めることに成功していましたから。
今のレックス殿は、本当に強い。アストラ学園で競い合っていた頃とは、比較にならないほどに。当時のわたくしめが戦っていたのなら、心が折れていたのかもしれないと思えるほどに。
終わってみれば、わたくしめだけはレックス殿を追い詰めることができませんでしたからね。
「わたくしめには、輝くような才能はない。そう言えば、笑われるのかもしれませんが」
カミラ殿やエリナ殿と比べてしまえば、他者はわたくしめの方が才能を持っていると言うでしょう。わたくしめは四属性の魔法を使えて、カミラ殿は一属性。エリナ殿に至っては、魔法すら使えないのですから。
それでも、わたくしめは才能だと思います。無論、お二方の努力を否定するものではありませんが。一般的な才能と呼ばれる、その先にたどり着く能力と言えばよいのでしょうか。わたくしめに、欠けているものです。
いわば、わたくしめは早々に80点を取る才能に恵まれた。カミラ殿やエリナ殿は、赤点間際で苦しんだのでしょう。ですが、彼女たちには100点に限りなく近づく才能があった。そんなところでしょうか。
魔法との合一や、闇魔法を切り裂く剣こそが証。わたくしめよりも、よほど優れた形の技術にたどり着いたのです。
拍手や関心では、まるで足りないほどの大戦果。だからこそ、差を感じてしまいました。
「おそらくは、カミラ殿のような魔法にも、エリナ殿のような剣技にも届かないのでしょう」
弱音ではありますが、おそらくは事実。そこから目を背けても、正しい道には進めません。
少なくとも、今すぐに習得できるものではない。試してみても、手応えすら感じられませんから。もちろん、カミラ殿やエリナ殿は血のにじむような努力をしたのでしょう。にじむどころか、血を吐くほどかもしれません。
だからといって、わたくしめの努力が足りないということではない。言い訳ではなく、受け入れるべき現実として。
そう。わたくしめでは、たどり着けない領域がある。その前提で進むしかないのです。
「だからといって、諦めはしません。わたくしめの持てる手札を、全力で使います」
魔法との合一ができなくとも、音を超える速さの剣が振れなくても、それは勝てないことを意味しない。妥協と笑う人は居るのでしょう。ですが、笑わせておけば良いのです。
本当に手に入れるべきものは、王女殿下を守るという結果。敵を打ち破る未来。そこを間違えないことが、何よりも大切なことなのですから。
「剣も魔法も中途半端ではあります。ですが、その両者を活用しましょう」
理想としては、魔法で勝てない敵を剣で殺し、剣で勝てない敵を魔法で殺すことでしょうか。当然、難題でしょうが。
とにかく、わたくしめにできることをする。カミラ殿やエリナ殿になろうとしない。わたくしめは、わたくしめなのですから。
「きっと、わたくしめなりの道はあるはずです。そこに向かって、進むのみ」
レックス殿も、理解してくださるでしょう。彼は天才ではありますが、だからといって無才を軽んじることはありません。少なくとも、わたくしめのことは。ですから、それで良いのです。
カミラ殿やエリナ殿も、わたくしめをバカにすることはないでしょうね。むしろ、無理に後追いをすることこそを笑うと思います。
結果よりも誇りを重視するような人々は、カミラ殿もエリナ殿も嫌いでしょう。ならば、何も問題はないでしょう。
「どうにも、わたくしめの周りには天才が多いようです」
レックス殿は言わずもがな、ミーア様やリーナ様も。もちろん、近衛騎士の仲間たちも。他の友人も、皆優れた才を持っています。
本音を言えば、羨ましいと思う瞬間はあります。きっと、わたくしめの弱さなのでしょう。
「だからこそ、さらなる努力を。もっともっと、強くなるために」
わたくしめのすべきことは、単純です。少しでも的確な努力をすること。叶わない夢を追いかけずに、わたくしめが強くなれる道を選ぶこと。
それは、諦めではありません。壊せない壁があるのならば、回り道をする。それこそが、わたくしめが目指す努力というものです。
才能があるのならば、壁を壊す選択肢も取れるのでしょう。ですが、わたくしめは違う。なればこそ、無駄な時間を費やすべきではないのですよ。
「努力ですら負けてしまえば、絶対に届かないのですから」
わたくしめは、皆さんに追いつく。そのために、手段など選んでいられないのです。役に立たない誇りなど、捨ててしまいましょう。
本当に大切なことは、この胸にある。守りたいものを、正しく守ってみせるのです。
「レックス殿と肩を並べて戦う日のためにも、頑張りましょう」
レックス殿は、きっとこれからも戦い続けるのです。わたくしめも、支えてみせましょう。そのために、どこまでも研鑽を。いつか追いつくために。
「大丈夫。わたくしめは、まだ強くなれます」
そう。だから、レックス殿はわたくしめを見捨てたりしない。彼よりも才がなくとも、特別な力を身につけられずとも。
だから、わたくしめは前に進めるのです。ずっと理解してくれる人が、そばにいるのですから。
「四属性を持っていることを、武器としましょう。手札を広げましょう」
純水を生み出して雷を防ぐのはどうでしょうか。魔法というものは、物理法則と別の法則が働いているものではあります。ですが、まったく影響を受けないということでもない。
そう。エリナ殿の足を、土魔法でぬかるませても良い。足の踏ん張りを効かなくすれば、有用な手段となりうるでしょう。
わたくしめは、徹底的に相手の弱点をつくのです。力比べでは、まず勝てないのですから。
「カミラ殿やエリナ殿にはできないことを、わたくしめがやるのです」
四つの属性を持っているのですから、それで何かしらの手段が得られるはずです。いま思いついたものが通用しなくとも、いずれ何らかの形で成果は得られるでしょう。
わたくしめは、そう簡単には折れませんよ。二度目など、不要ですから。もう、間違えません。
「自分の長所を活かしてこそ、ですからね」
カミラ殿やエリナ殿は、良くも悪くも絶対となる手段を持っている。わたくしめは、それを持たなくても良い。代わりに、どんな相手の弱点もつけるようにするだけです。
幸い、わたくしめには手本がいます。レックス殿やフィリス殿、リーナ様のような。ですから、迷う時間は減らせるはず。
「幅の広い手段があれば、いろいろな場面で役立てるでしょう」
そう。どんな敵にも、一定の成果を出す。それこそが、わたくしめの目指すべき道。誰が相手であったとしても、勝つ手段を持ってみせます。
だから、わたくしめはレックス殿に必要としてもらうのです。
「わたくしめの道は、何かを極める道ではない。そうですよね」
カミラ殿やエリナ殿に足りないものを持っていてこそ、近衛騎士としての戦力強化にもなる。連携を取る手段としても、悪くないはずです。
そうですね。カミラ殿やエリナ殿が、自分の技を貫き通しやすい。そんな状況を作れば。
「どんな状況でも、居ると便利な存在。それを目指しましょう」
闇魔法でも、できないことを。とにかく、誰が相手でも的確な連携が取れる存在でありましょう。ふさわしいパートナーとして、選ばれやすいように。
「ですから、レックス殿。気軽に頼ってくださいね」
あなたに求められるのなら、わたくしめは生きていて良いと思えるのです。いいえ、生きる喜びを手に入れられるのです。
だから、レックス殿。あなただけは、わたくしめを必要としてくださいね。




