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物語の途中で殺される悪役貴族に転生したけど、善行に走ったら裏切り者として処刑されそう  作者: maricaみかん
14章 抱え込むもの

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494話 エリナの興奮

 レックスに剣を教えるためには、もはや今までの私では足りない。それは、以前から明らかだったこと。


 だからこそ、私は自分の剣技をさらに先へと進めていく決意ができた。レックスの闇魔法を切り裂く剣も、そのひとつ。


 とはいえ、ひとつだけでは不十分だ。レックスの才能を考えれば、どれだけでも不足を感じるほどなのだから。


 私は、まずは自分を見つめ直すことに決めた。私自身の剣技に足りないものは何か、ずっと向き合い続けることで。


 音無し(サイレントキル)。私の代名詞でもある、奥義そのもの。レックスに、最初に教えた剣技。それは、音すらも置き去りにする剣技ではあった。だが、その速度は一撃にだけ込められるもの。だから、もっと先があるということ。


 カミラは魔法を込めた速さを常に保つことができる。レックスも、魔法によって加速できる。それに追いつくためにも、もっと速く、もっと鋭くする必要があった。


 これまでは、相手の剣技を先読みすることで、先回りして剣を置くことで対抗してきた。だが、いずれ対応されることだ。そもそも、カミラもレックスも、もっと早くなるだろう。


 ならば、私自身が速くなくてはならない。その道筋は、ひとつ。音無し(サイレントキル)を、連撃で使えるようにすること。すなわち、奥義でなくすことだ。ありふれた一撃として、使いこなさなければならない。


 実現するために、私は自分の型から見直した。音無し(サイレントキル)は、足や尻尾の動きを剣にすべて込めることで速さを出す剣技。それを変えるということは、腕の振り方も足の使い方も尻尾の動きも、全部見つめ直すことが前提になったということ。


 最初は、満足に剣も振れなくなった。どうやって剣を振っていたのか、分からなくなる瞬間もあった。カミラは、怪訝そうに私を見ていた。ハンナは、心配そうにしていた。弱くなったのだから、当然だろう。


 それでも、任務で不覚を取ることはなかったが。自分を見失った私でも、そこらの雑魚よりは強かったようだ。


 ただ、しばらくは同僚たちに迷惑をかけることもあった。頭を下げて、食事をおごったものだ。


 結果として、私は音無し(サイレントキル)を通常攻撃に落とし込むことができた。コツは単純で、足を極限まで浮かせないこと。すべての力を、地面に叩きつけることだった。


 その成果を手に、私はレックスと模擬戦をおこなった。敗北したとはいえ、レックスに新しい道を伝えることができた。それだけでも、師としては十分だろう。


 実際、私と同様に音無し(サイレントキル)を使い続けようとしていたからな。まだ未熟ではあったものの、ある程度は形になっていた。本当に、恐るべき才能そのもの。


「レックスは、そろそろ明確に自分の型を見出してきたようだ」


 私の剣技を取り入れつつも、自分なりに改変している。魔法と合わせた剣技ということもあり、当然の判断だ。


 そもそも、私は獣人でレックスは人間。どうあがいても、身体構造の違いという点からは逃れられない。レックスは尻尾を生み出す魔法を作ってこそいるものの、それ以外にも差異はあるのだから。


 ならば、レックス自身の型を見出したほうが、より強くなれるのは必然だろう。


「本来なら、喜ばしいことのはずなのだがな……」


 どうしても、拳を握りしめてしまう。レックスの剣技を私の色に染め上げることが、できないということに。


 理屈では、分かっている。今の形が正しいと。それでも、感情は着いてきてくれない。


 その理由は、明らかだ。レックスの剣技に、カミラやハンナの影響も感じ取れてしまうから。切磋琢磨し合う関係なのだから、当然ではあるのだが。


「私の色から遠ざかっているという事実が、否定できない」


 歯噛みをしてしまうほどの悔しさが、私の中にある。もはや、レックスの剣技を私で染め上げることは不可能だろう。


 ならば、私の影響する割合を高めることが、今できること。つい、そう考えてしまう。


「レックスにも、自分に合った型というものはあるのだが」


 身長も体格も、何もかもが違う。闇魔法という存在もある。だから、私に染め上げることは正しくない。分かっている。分かっているんだ。


 それでも、どうしても望んでしまう。レックスの魂まで染まるほどに、私の剣技を刻みつけたいと。


 本来、音無し(サイレントキル)というものは、剣だけで発動できるものではない。レックスが、見せた技のようにはいかない。魔力で操作しているのは、分かっているが。


 つまり、私の剣技を大幅に改造したということ。それも、私の形とは程遠く。何を意味するのかは、明らかだ。


「他の誰かが影響を与えた証でもあるということ、だものな」


 つい、黒い感情が胸の中で暴れまわってしまう。言葉として、あるいは動作として吐き出したくなるほどに。


 いっそ叫びだせたら、どれほど楽なことか。レックスに感情をぶつけられればとすら、思ってしまう。


「良くない感情だとは、分かっているのだが……」


 どう考えても、私の抱えているものは嫉妬でしかない。ヘドロのような黒い感情が、へばりつくようだ。


「まったく、女々しいものだ。いつから、私はここまで弱くなった?」


 レックスと出会う前の私は、どうやって強くなるかを考えていた。それと、どうやって成り上がるか。他のことなど何も見ずに、ただまっすぐだった。


 転じて、今の私はどうだ。すぐに感情を乱して、レックスのことばかり考えてしまう。まったく、困ったものだ。


「いや、違うのかもな。私は、ただ捨て続けてきただけ。それだけだったんだ」


 私には、大切なものなど無かった。それが、客観的に見た事実だろう。守りたいものも、守るべきものも無かった。


 それこそが強さだという考えも、確かにある。捨てることが容易いならば、簡単に逃げられる。命を拾う上では、どう考えても効率的だ。


 根無し草であった私にとっては、正しい答えだった。今は、間違いなく選べない道だ。レックスを捨てることなど、あり得ないのだから。


「どうしても捨てたくないものを手に入れたら、これか……」


 私は、まったくもって変わってしまった。レックスを染め上げるどころか、私が染められていたのかもな。


 だが、悪くない。今の私は、案外嫌いじゃないんだ。レックスに、似ているからかもしれないな。


「レックスは、抱えることで強くなっている。ならば、私もそうあるべきなんだ」


 レックスと出会ったから弱くなったなんて、恥だろう。師としてふさわしくない。弟子を得て強くなるならともかく、弱くなるなど。


 だったら、私は強くなるだけだ。単純な話でしかない。


「私は、レックスの師。それに恥じない自分を、見せ続けなくては」


 さらなる高みを、目指し続ける。そうしなければ、置いていかれるだけだろう。レックスにも、カミラやハンナにさえも。


 ならば、立ち止まっている時間などない。もっともっと、鍛錬を続けなくては。


「近い内に、レックスも常に音無し(サイレントキル)を使えるようになるはずだ」


 一度見せただけだが、おそらくそれで十分だろう。レックスは、圧倒的な才能を持っているのだから。音無し(サイレントキル)そのものを容易に覚えたくらいだ。造作もないんじゃないだろうか。


 まあ、習得できないというのならば、それはそれで悪くない。一度、手取り足取り教えてやれば良い。


 ただ、きっと次に会う時には極めてすらいるだろう。そんな予感があった。


「だからこそ、私はその先にたどり着かなければ。新たな技が、必要だな」


 音無し(サイレントキル)に足りないものは、単純な威力。速さこそあるし、切れ味も悪くない。だが、硬いものを叩き切るほどの技ではない。


 レックスの魔力に剣を潜り込ませることも、悪くはなかった。だが、もっと別の手段を持っておくのも大切なことだ。防御を貫くほどの威力が、理想だろう。


 道筋は、見えている。速さを威力に転化すれば良い。そのために鍵となるのは、腕の使い方だろうな。


 すぐにでも、完成させたいところだ。そうでなくては、レックスに新しい道は示せない。


「それすらも、レックスは超えるのだろう。おそらくは、容易に」


 ただの剣士としてすら、圧倒的な才能がある。にもかかわらず、レックスの最も優れた部分は魔法なのだから。


 私など、簡単に破ることができるはずだ。魔法との合一も、更に進化させるのだろう。


「もしかしたら、私に消えない傷を刻み込むのかもな……」


 そんな想像をして、私は舌なめずりをしていた。どんな感情を抱いているのか、誰の目にも明らかになるだろう。おそらく、顔も歪んでいるのだろうな。


「くっ、はしたないぞ。そう興奮するようなことではないのに……」


 そう自分に言い聞かせても、息が荒くなるのを感じる。私の中で、何かが爆発しそうになっていた。


 レックスに組み伏せられたいとは、以前から考えていた。だが、それだけでは足りなくなってきたのだろう。私は、所詮はただのメスだということだったのかもな。


「レックス……。お前のせいで、私はおかしくなってしまったんだ……」


 おかしな妄想をして、興奮して息を荒らげる。私は、そんな存在ではなかった。


 だから、責任を取ってくれ。そうだろ、レックス?

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