489話 変わっていく関係
ひとまず今後の方針を立てて動き出してもらっているが、今の段階でどうしてもやるべきことはない。ということで、家族の時間を作ろうと考えた。
みんなの予定を確認しつつ、空き時間に集まれるように準備した。俺のエゴかもしれないが、できれば家族で仲良く過ごしたい。
カミラは、まだ王都から離れられる状況ではないらしい。ということで、今は4人だけにはなる。俺とジャン、モニカとメアリだな。
今のところは、穏やかな空気が流れているように思える。父が生きていた頃に家族で集まった時には、本当に居心地が悪かった。その時とは、明らかに違う。
おそらく、少しはわだかまりもあるのだろう。だが、俺たちは仲間でもあるんだ。できることならば、少しでも距離を縮めてほしいところ。
まずはモニカが、落ち着いた笑顔で話している。
「レックスもメアリもジャンも、元気そうですわね。良いことですわ」
こうして家族を大事にしている姿が見られるだけでも、ありがたい。昔は、もう少し軽んじているように見えたからな。
なんだかんだで、父には家族への情があったのだろう。だが、処刑をみんなで見るような形で集まったりしていた。あんな形で、どうして仲良くなれるというのか。だからこそ、今の時間が尊く思える。
「今のところ、大きな問題は起きていないからな。のんびりと過ごせるのは、悪くない」
「兄さん、戦いは嫌いですからね。ブラック家のもつ最大戦力ですから、どうしても頼ってしまいますけど」
「だったら、メアリが代わりに戦うの。お兄様の敵を、やっつけてあげる」
ジャンは冷静に語っている。まあ、仕方のないところだ。俺くらいの強さを持っていて戦わないとなると、周囲は不満を持つだろう。みんながそうだと言っているつもりはないが、一般的な感情として。
それに、俺が戦わないと誰かが犠牲になっていた局面もあるように思える。特に、この世界に転生してきたばかりの頃は。カミラとかリーナとか、明らかに命が危なかったからな。
だから、できることはやるしかない。嫌ではあるのだが、もっと嫌なことを避けるために。
メアリは握りこぶしを使ってやる気を出してくれている。ある程度は頼りたいが、結構不安なんだよな。成長のきざしは見えているが、まだ性格的に幼いところがあるし。
「あまり、みんなにも戦ってほしくないんだよな。どうしても、心配になる」
「レックスが戦わなくて済むように、状況を操作してみせますわよ。ね?」
「ゼロにすることはできないでしょうけど、減らす努力はするつもりです」
「メアリより強い人なんて、そんなに居ないんだから。ちゃんと、やっつけちゃうの」
モニカは穏やかに微笑んで、ジャンは淡々と、メアリはまっすぐに宣言する。とはいえ、俺が戦わないという選択肢はない。みんなに頼ることが必要だというのは、いい加減分かっている。それでも、俺という戦力が居るのと居ないのとでは違いすぎる。
純粋に戦力としてもサポートとしても、俺は切り札同然と言って良い。それを使わないのなら、みんなの危険が増えるということ。絶対にダメだ。
「みんなの気持ちは、本当に嬉しい。ありがとう。だが、心配はいらない」
「それこそ、お互い様というものですわよ。わたくしたちも、レックスを大事に思っているのですから」
「兄さんみたいに言うのなら、それぞれの得意分野で協力していきましょう」
「メアリだって、ちゃんと戦えるの。お兄様を、守ってあげるんだから」
俺が無理しているように見えると、みんなだって心配になる。それは、確かに正しいのだろう。だが、心配程度でみんなの安全が守れるのなら、安いものだとも思ってしまう。
だからといって、みんなの気持ちを無視することも論外だ。俺のやるべきことは、やはり必要な局面で頼ることなのだろうな。モニカは貴族の女として、相応の手管を持っているようだ。ジャンの有能さは十分に知っている。メアリだって、相当上位の魔法使いだからな。
それに、誰かの手を借りることは恥ずかしいことじゃない。仲間から力を貸しても良いと思われている証でもあるんだ。ちゃんと、大事にしていくべきことだよな。
「そうだな。頼れるところは、頼らせてもらう。これまでのように」
「いえ、もっと頼ってくださって良いのですわよ。大切な人のためですもの」
「僕の適性を考えると、今の役割が合っていますからね。任せてください」
「もっともっと、強くなってみせるの。誰にも負けないくらい」
みんな、ハッキリと決意を込めた顔をしている。そうだな。これまでよりも頼っても良いのかもしれない。もちろん、相手の負担を考えてではあるが。
なんだかんだで、俺が無理をしすぎて倒れでもしたら終わりだからな。みんなの安全を考えても、適度に頼る方が効率が良いんだ。だから、もっとみんなのことを信じても良いはず。そうだよな。
「ああ、そうだな。これからも、よろしく頼む」
「みんな、レックスが大好きなのですわ。ね、ふたりとも」
「まあ、僕はふたりとは明確に違いますけど。兄さんを尊敬していることは、間違いありません」
「お兄様と一緒なら、どんなことだってへっちゃらだもん」
優しい顔を、みんな見せてくれる。せっかく好意を伝えてくれているのだから、俺も返さないとな。
いま俺が感じている気持ちは、きっとみんなにだって伝わるはず。大切な人に好きと言われることは、胸が満たされるものなんだ。だから、みんなにも分けるべき。
俺はできる限りの笑顔を浮かべて、心からの気持ちを伝えていく。
「俺も、みんなのことが大好きだ。これからも、ずっとな」
「それでこそ、私の愛するレックスですわ。ふふっ、素敵ですわね」
「ふーん。お兄様が良いのなら、別に良いけど……」
なんか、メアリはモニカを冷たい目で見ている。何かしらが、引っかかったのだろう。いくつか仮説はあるが、それの解明をしても仕方がない。
いま大事なのは、ふたりが修羅場になりそうな空気を感じていること。どうにか止めなくては。あるいは、いっそ感情をぶつけさせた方が良いのだろうか。少し悩ましいところ。
「僕には、対応が難しそうです。頑張ってくださいね、兄さん」
「確かに俺の責任ではあるが……。そう簡単に見捨てられると……」
ジャンは笑顔でこちらを見捨ててくる。いや、たぶんジャンが介入しても逆効果だからなのだが。変に第三者が止めようとしても、悪化する未来が見える。
これでジャンとふたりの関係が悪化でもすれば、それが最悪だからな。合理的なジャンだし、考えての行動ではあるはずだ。
「見捨てるなんて、わたくしたちが敵であるような。違いますわよ。ねえ、メアリ?」
「うん。メアリの敵は、お兄様じゃないの」
モニカは流し目でメアリを見て、メアリはモニカを細めた目で見ながら頷いている。
つまり、メアリの敵はモニカということだったりしないだろうか。そうだとすると、ちょっとどころではなく怖い。俺は頭を抱えてしまう。
「勘弁してくれ……。せめて、敵とは思わないでほしいんだが……」
「別に、戦うつもりはないの。お兄様だって、困るから」
「そうですわね。わたくしたちの一番は、レックスなのですから」
そう言いながら、ふたりはお互いを見て笑みを浮かべている。背筋に寒気が走るような感覚があった。
自分で言いたくはないが、どうして俺を取り合って修羅場になってしまうのか。本当に、勘弁してくれ。
「巻き込まれたら、僕は逃げますからね。手の打ちようがありません」
「ジャンの問題ではないから、正しいが……。いや、困ったな……」
うなだれていると、メアリとモニカから笑い声が届いた。ひとまず、ちょっとは空気が緩んだみたいだ。
この調子で、少しでも関係が良くなってくれると嬉しいのだが。ため息をつきたい気分を押さえながら、俺は祈っていた。




