488話 ミルラの慈悲
私はレックス様の秘書として、彼の道を作ることが役割です。ですから、レックス様が行動したい時に行動できるように状況を整えていくのです。
今回は、ウェスさんの頼みによって奴隷を雇い入れると決めたとのこと。レックス様は、相変わらずお優しい。
私とジャン様は、どのような形で具体的な形を作るかを任されました。そのために、手を打つ段階です。
「レックス様のためにも、奴隷の運用について考えるべきでございますね」
レックス様は、お互いに得のある取引を意識するようにとおっしゃいました。ただし、それは一定の知性と倫理を持ち合わせた人間だけが実現できることなのです。ただ欲望にまみれただけの人間には、思いつきすらしないこと。
ですから、すべてを叶えることは不可能なのです。本人には、言いませんでしたが。レックス様は、まだ他者に期待をしている様子。ですが私は、現実的な判断をいたしましょう。
「どのように利用するかが、重要となってくるでしょう」
自分の意志を持つべきではない存在というのは、確かにいるのです。才もなく、努力もせず、ただ不満をこぼすような愚か者。それらにまで、配慮する意味はありませんから。
もちろん、今回やってきた奴隷がすべてゴミ同然の存在だとは思いません。それでも、ゴミの山だという前提で動くべきでしょう。口を開けて餌を待つだけの雛鳥など、ブラック家に仕えるに値しないのですから。
私にとって大切なことは、レックス様の安寧。そのためならば、何だっていたしましょう。
「無意味に傷つけることは、いたしません」
ただいたずらに暴力を振るっても、効率が悪いものですから。レックス様に正しく忠誠を持つものとて、反発するでしょう。ですから、ことさらに傷つけようとは思いません。
そもそも、今回集めた奴隷ほどの人数を生かさず殺さず管理するのは、手間が勝りますから。その意味でも、無駄な虐待は邪魔となるでしょうね。
結局のところ、単に暴力に頼るだけの支配は、非効率と言わざるを得ません。
「ですが、資源として必要な運用をいたしましょう」
いくらでも替えが効く存在なら、相応に雑に扱っても構わないでしょう。ただ、価値ある存在は大切に使うべきなのです。
レックス様は、かつて語っていたようです。相手を人として見るから、いたずらに虐待などするのだと。本当に道具として見ているのならば、適切に使うのだと。
おそらく、当時のブラック家の状況を鑑みて演技していた側面はあるのでしょう。今のレックス様が主張することと、差異がありますから。今はもっと、ご慈悲を全面に出していますからね。
ただ、レックス様の言葉は正しい。人を道具として見れば、より効率的に組織を運営することができるのです。
使い捨てすべき道具と、きちんと手入れして使うべき道具がある。それを理解していれば、迷いません。
「おそらく、レックス様の目に入りさえしなければ問題ないはずです」
いくらでも替えが効く存在だろうと、レックス様は慈悲を向けてしまうでしょう。目の前で苦しんでいる限り、見捨てられない。そういう方ですから。
だからこそ、見えないところで適切に処分すべきなのです。ゴミをゴミとして処理することは、どうしても必要となってきます。
その事実を、レックス様には知らせない。私が取るべき対応は、決まっているのです。
「レックス様のお優しさに触れる価値のある存在は、限られているのですから」
奴隷たちには、確かにレックス様へのご恩があります。それを軽んじるような存在など、捨ててしまえば良い。
もちろん、正しく恩返しするために生きる存在も居るでしょう。その人たちにだけ、優しさを届ければ良いのです。
適切に目を張り巡らせることができれば、必要な判断の材料は揃う。つまり、レックス様にとって必要な存在の仕分けは可能ということですから。
「ただの有象無象にまで、そのご慈悲で照らす必要はないのです」
むしろ、ご慈悲を当然のものだと考える愚か者など、早々に切り捨てるべきなのです。レックス様に正しく感謝できないものなど、邪魔なだけなのですから。
あくまで捨てられた奴隷である以上、能力に期待することは難しい。ですから、捨てることを惜しむ必要はありません。
「レックス様のご意思には反するでしょうが、必要なことでございます」
誰しもが幸福な世界など、あり得ない。ならば、レックス様に最大の幸福が訪れるようにするべき。それが、私の忠義です。
レックス様の理想は、確かに尊いものでしょう。だからといって、それが全てではないのです。私にとって重んじるべきものは、レックス様の幸福。表面的な意見ではないのですから。
「もちろん、レックス様の大切な存在に、被害など出しません。出させません」
そこを見誤ってしまえば、レックス様の幸福は失われてしまいます。彼にとって大切なものは、大切な存在と過ごすことなのですから。
だからこそ、その輪の外にいるものは切り捨てるまで。楽園というものは、たどり着けない大多数がいて初めて成立するものです。それを成立させる大多数に何を選ぶべきか。決まりきっています。
レックス様のためにこそ、優しいだけではダメなのです。どうしても、ゴミのような存在は居るのですから。
「以前のような失敗など、するわけにはいきません。レックス様のためにも」
かつて私が選んだ人材は、自らの欲望を満たすためにレックス様を裏切った。そのようなことを、二度と許すわけにはいかないのです。
本当の意味で、レックス様に忠誠を誓える存在。それだけが、大事にする価値のあるものなのですから。
人間というものは、どれだけでも堕落できる。レックス様が見るに値しない存在など、いくらでも居るのです。
「だからこそ、適切に管理するべきでございます。縛り付けるべきでございます」
自由など与えては、ただ裏切るだけでしょう。そのような存在は、檻の中こそがふさわしい。
そうですね。自由意志で判断しているつもりで、レックス様のために使い潰されていただきましょう。自らの欲に従った結果、レックス様の道具として一生を終える。くだらない存在にふさわしい末路というものです。
「幸い、闇魔法を運用する目処は立ちました。マリンさんとも協力すれば、十分な体制を作れるでしょう」
レックス様にいただいたアクセサリーと、マリンさんの作った魔道具。それらを運用する人員。きちんと組織だった行動をできれば、誰の反逆も許さずに済むでしょう。
頭の中を覗いても良い。行動を物理的に制限しても良い。遠くから処分したって良いのです。
「ジャン様とも連携して、監視と処罰の仕組みを作らなければなりませんね」
とにかく、ゴミに時間を使うことほど無益なことはありません。仕組みの側で、ある程度は自然に邪魔者を排除できる形にするべきでしょう。
レックス様への忠誠心が高いものを選定して、内部監視の手を作ることも選択肢ですね。私たちのような管理者がそう簡単に動かずに済む仕組みを、しっかりと作りましょう。
「レックス様に損害を出すものに、一片の慈悲も必要ないのですから」
ゴミにどんな末路が待っていようと、知ったことではありません。むごたらしく死んだところで、何の痛みも感じないでしょう。
ですから、レックス様の敵となるのなら、ただ終わらせるだけです。
「正しくレックス様に仕えるのなら、それは尊重いたしましょう」
それならば、私の同志となれるかもしれません。レックス様のために人生を捧げる覚悟があるのならば、尊敬すべき存在ですから。
できれば、そんな仲間が多くあってほしいものです。人的資材の消耗は、補充も面倒ですからね。
「私は、慈悲など持ちません。それは、レックス様だけが持っていれば良いのです」
ですから、私はどれほどでも残酷になりましょう。レックス様のお優しさを、これからも守り抜くために。
ただ、願うことならば。私に向けてくださった慈悲を、これからも賜りたいのです。




