487話 今後について
ひとまず、奴隷たちを配置した先においては、今のところ大きな問題は起きていない。とはいえ、それは今後も大丈夫だということを意味しない。
ということで、今のうちに打てる手を打っておきたい。そういう時に相談すべき相手は、もちろんジャンとミルラだ。
話があると呼び出すと、相手からも同じことだろうと返された。やはり、共通する問題意識を抱えていた様子。
そこで、しっかりと話を進めていくことにした。まずは、俺が話題を切り出す。
「さて、今後の方針についてまとめていきたいところだな」
「基本的には、僕たちは方針を提示するだけで良いでしょう」
「そうでございますね。それぞれの現場に、裁量を与えて問題ないと存じます」
ふたりからは、すぐに意見が返ってくる。ある程度、決めていたのだろう。俺としても、同感ではある。社長や幹部が現場に細かい指示を出すべきかというと、違う。
使用人にしろ、学校もどきにしろ、魔道具工場にしろ、ちゃんと優秀な人員は居る。だったら、彼女たちに任せる方が良い。現場を知っているのは、当人たちなのだから。
「少なくとも、今のところは順調みたいだからな。上からあれこれ指示を出すべきでもないか」
「致命的な失敗の気配があれば、介入しますけれど。基本的には、任せておこうかと」
「失敗の経験というのも、成長につながる過程かと存じます」
特にミルラの言葉からは、実感が伝わってくる。実際、かつての人材選定で失敗しているからな。そこからは、アカデミーの件でうまくやっている。確かに、ふたりは成長したはずだ。
まあ、致命的な失敗は話が別だというのも同感だ。ブラック家が傾くような失敗とか、仲間たちに被害が出る失敗とか、そういうのは避けたい。
総合的には、ちょくちょく様子を見ながら任せるという形になる。王道の答えだな。
「まあ、道にある石を全部取り除くような真似はするべきじゃないな」
「そうですね。やる気があるのなら、ある程度はやりたいようにさせるのが良いかと」
「自分で考えるのも、大事な経験でございますれば」
モチベーションという意味でも、経験という意味でも大事だろうな。あれこれ上から細かく指示したら、いろいろなものを奪うことになるはずだ。
そうなってくると、やはり基本的には見守っておきたい。成功したら褒めて報酬を出す。失敗したら、適度に慰める。そんな形で。
まあ、そこまで大きな失敗をするとは思わない。みんな、俺より優秀なんだから。
「そうなると、後は提示する方針の話になるな。といっても、複雑なことは言いたくないが」
「実際、単純な方が良いと思います。裁量を与えるのなら、細ければ制限が増えますし」
「ただ、解釈の幅は少ない方が良いと存じます。同じ方向を見るのは、大事でございますから」
あれこれ細かく指示しないと決めたのだから、それに従うのは当然だ。だから、単純なことでいいというのは同感だ。ああしろこうしろと言うよりも、現場で判断できる形の方が良い。
とはいえ、方針として曖昧すぎることも避けたいというのは分かる。例えば一日一善みたいな標語を出したら、どんな善をするかで大きく変わってくる。方向性も、手間も。そうならないように、ある程度は固まるようにしたい。
やはり、人を運用するということは難しいな。ただ、良い方針はあると思う。
「じゃあ、普段通りで良いかもな。お互いに得のある取引を意識することで」
「僕としては、奴隷の扱い方に関する方針も提示したいところですね」
「ああ、なるほどな。そもそも、奴隷をどうするかという話なんだからな」
「その通りでございます。最低限の方針は、指示すべきと存じます」
そうなると、何を指示すべきか。まあ、人の使い方という方向性になるだろう。さっきの言葉でもある程度は提示できていると思うが、もう少し具体的にすべきということ。
まあ、まずは俺の気持ちを伝えておくか。そこから具体案につながれば早いのだから。
「俺としては、あんまり厳しく当たりたくはないんだよな」
「存じております。レックス様のお気持ちにそった形にさせていただきます」
「とはいえ、許さないという線引きも必要です。僕としては、罰を与える段階を決めるべきかと」
罰は、間違いなく必要だろうな。何でも許すとなると、それこそ無秩序になるだろう。ある程度のルールと、ちゃんと守る理由は欠かせない。
とはいえ、むやみに厳しい罰則を出したいとも思わない。例えば、魔道具をひとつダメにしたくらいで罰則となると、逆効果なんじゃないかと思うし。
もっと言えば、盗みで死刑にしてしまえば、どうせ死刑になるのだからと目撃者を殺すような話になりかねないからな。過度な罰は、そういう意味でも避けたい。やはり、ある程度の寛容さは必要だ。
「基本的には、失敗は許したいと思う。限度はあるにしろ、反省しているのなら」
「その調整は、こちらでやっておきますね。どの損害が許容範囲かの判断は、僕たちの方が得意でしょう」
「お任せいただければ、最善に近い形を実現するつもりでございます」
ふたりはまっすぐに俺のことを見ている。自信も感じるし、任せていいだろう。俺がやるよりも、的確な回答を出してくれるはずだ。
それに、ふたりがやる気なんだからな。さっきの話ともつながってくる。俺がなんでもかんでもやるべきじゃない。ふたりの気持ちに寄り添うことも、大事なこと。
ということで、俺は強く頷いた。
「ああ、任せる。問題は、反省しない場合とか、そもそも悪意があった場合だな」
「反省しないのなら、追放で良いのではないかと。そこまで慈悲を与えても、仕方ないですし」
「悪意があるのなら、処罰が適切だと存じます。必要であれば、刑を制定しますが」
うっかりお皿を落として割ったのと、皿をわざと地面に叩きつけるのは違う。同じ損害だとしても、確実に区別すべきことだ。
同じ失敗を繰り返すのも、問題だろう。能力が足りないのなら、指示を出す側の問題でもあるが。字が下手な人に清書を任せるのは、明らかに人員選択のミスだからな。
まあ、反省しないというのは、悪びれない態度にも出てくる。区別はそこまで難しくないはず。
「そのあたりも、任せるよ。基本的には、ふたりに同意だからな」
「なら、そのように。といっても、罰則の規定くらいで済みそうですね」
「かしこまりました。レックス様のために、さっそく行動させていただきます」
「ああ、頼む。お前たちなら、問題ないと信じているぞ」
ふたりはまっすぐに頷く。このまま順調に進んでくれると良い。そんな期待を込めながら、去っていくふたりを見ていた。




