484話 マリンの忠誠
私は、レックス様にアカデミーから引き抜かれたのです。表向きには、アカデミーとブラック家の共同事業という形になっていますが。私は、レックス様個人のために働くつもりですから。
これまでの私は、ただ魔法が使えないというだけで軽んじられてきた。いえ、本当の意味で使えないわけではないのですが。魔法使いとしては凡庸というのが、実際のところ。
ただ、それは私に期待されたものではなかった。というより、レプラコーン王国で求められるものではなかったのです。だからといって、魔法が必要ない国なんて、それこそ獣人の国くらいのものですけれど。
だから、私には行き場がなかった。暗い感情を抱えたまま、アカデミーで研究者として生き続けるはずだった。誰からも、それほど評価されることもなく。
けれど、私の人生は変わった。頼りにされて、評価される。期待を受けて働くことの喜びを、レックス様のおかげで知ったんです。
私の研究成果である、魔道具。それは、歴史を変えるほどのものだと。
口先だけで褒められても、私は喜んでいたのかもしれません。ただ、レックス様は期待を形にしてくださった。私に大きな事業を任せ、予算も人員も配置してくださったのですから。
今の私は、とても充実している。誰が見ても、明らかでしょうね。
「レックス様には、とても感謝しないといけないのです」
彼のおかげで、私は本当に求めていたものを手に入れられたのです。信頼すべき主も、やりがいのある仕事も、私を認めてくれる人も。
だから、私はもっと活躍したいと思えたのです。レックス様に褒められることが、私の新しい望みになっていた。
もっと成果を出すために、新しいことをしたいという欲求もありました。けれど、失敗しては信頼を失ってしまう。難しいものです。
きっと、レックス様は期待していると言ってくれるのでしょう。だとしても、評価が下がることは避けられない。それが分かるだけに、怖くもあった。
大切なものを手に入れたからこそ、恐怖を知る。皮肉なものです。ですが、悪いことばかりではありません。逆に、成果を出せばもっと満たされるのでしょうから。
「もちろん、魔道具をしっかり作ることを優先すべきなのです」
変に色々と手を出そうとすれば、つまずくでしょうね。私は、自分の分をわきまえているつもりです。
だからこそ、手堅く。それでいて、余裕を挑戦に注ぎ込む。さらなる成功のための投資は、捨てるべきではないでしょう。
学者として、分かっているのです。ただ同じことをしているだけでは、同じ成果を得ることすらできない。一歩でも前に進もうとしなければ、後退してしまうだけ。
私は、もっともっと努力を続けるべき。それは、明らかでした。怖くはありますが、腕がなります。私の実力を、最大限に発揮できるでしょうから。
「アカデミーに居たままなら、今ほど充実していなかったでしょうね」
仮に同じ研究をしていても、本気度合いは明らかに違ったはず。レックス様に褒めていただきたいという気持ちが、私を変えた。
当たり前のように、全力を尽くそうと思える。未来に希望を持ちながら動くことができる。それは、アカデミーでは一生手に入れることができなかった気持ちでしょう。
心のどこかにある不安も、レックス様と関わって増した。けれど、総合的には得たものの方が圧倒的に多いのです。
私は、レックス様のために生きる。それだけで、十分なんですから。
「ひとまず、開発を進めていくのです。まだまだ、先はあるはずですから」
小型化も、大型化も、もっと複雑な機構も。まだできたばかりの魔道具ですから、発展の余地なんていくらでもあります。
一歩一歩進めていけば、確実に新しい景色を見ることができるでしょう。開発者である私でも、魔道具の可能性の底にはたどり着いていないのですから。
その分、レックス様に評価される可能性がある。素晴らしいことです。
「レックス様の闇魔法も、研究が進んできたのです」
闇の魔力を、安定して手に入れることができる。それだけで、多くの実験が進みました。レックス様からいただいたアクセサリーに込められた魔法も、理解が深まってきたと言えるでしょう。
今では、闇の魔力を操作するための手段も手に入れました。まだ、誰かが操る魔力にまでは手が届かないのですが。
つまり、レックス様からいただいたアクセサリーには、干渉することができません。そこは、壁であると同時に、あまり触れるべきではない場所かもしれません。
とはいえ、レックス様のためにできることも、増えていることは事実なのです。闇魔法を使える魔道具も、夢物語ではない。それは、とても大きな事実です。
「アクセサリーがあれば、少しは闇魔法を使えるのです」
私でも、使える。魔道具の仕組みを利用して、魔力に干渉することで。そうすれば、できることは増えるのです。
いずれは、レックス様に細かいことでは頼らずに済むようになるでしょう。多少の闇魔法程度なら、私たちが使ってしまえば良いのですから。現場の判断で、多くのことができるようになります。
闇の魔力を操れるということは、別の使い道もあるんですよね。
「つまり、魔力を侵食されていて、アクセサリーを持っていない相手に優位に立てるのです」
どういう相手かというと、元奴隷のような相手でしょうか。アカデミーから来た従業員も、私たちほど手の込んだ物は持っていない。ということは、彼らが持つ魔力に干渉することもできる。大きな意味を持つ事実です。
「最後の手段ではありますが、操ったり攻撃したりもできるはずです」
闇の魔力を通して、レックス様に反抗しようとする相手に。あるいは、アクセサリーから得た闇の魔力を侵食することも可能かもしれません。
それはつまり、レックス様の敵を、彼に実情が届く前に排除することもできるということ。
レックス様は、当たり前に傷つく人です。だからこそ、私達の手で守れるところは守るべき。それは、彼に仕えるものの共通見解ですから。ミルラさんも、ジャンさんも。クリスさんも、ソニアさんも。
ですから、いざという時には手段を選ばない。並大抵の魔法使いであれば、歯牙にもかけずに葬れるでしょうね。
「こうしてみると、闇魔法はとんでもないのです」
本当に、圧倒的な力と言って良い。溺れないレックス様に、尊敬の心が深まるくらいに。本当に、何でもできてしまいそうですから。
今の私でも、その気になれば証拠らしい証拠を残さずに人を殺すことはできるでしょう。それほどの力を持っていながら、レックス様は周囲への配慮を忘れない。やはり、素晴らしい方です。
このまま研究を進めていけば、もっとできることは増えるでしょうね。
「理解が深まれば、レックス様の魔法を再現できるかもしれないのです」
転移や防御魔法、美容魔法などを。使えるようになれば、大きな成果を手に入れられるでしょう。
「ただ、レックス様ほど自在には扱えないでしょうね。良いことです」
研究者としては、悔しがるべきなのかもしれませんが。レックス様の配下としては、正しい道なのです。
魔力操作技術や根本的な魔力量の限界がありますから、どうしてもレックス様ほどの精度は出ない。だからこそ、魔道具ではレックス様の魔法を完全に使いこなすことはできない。私としては、喜ばしい事実ですね。
「私としても、レックス様の特別性を奪いたくはないのです」
レックス様だって、今の立場を得ているのは特別だからですから。それを邪魔するような技術なんて、私には必要ないのです。
ただ、理論上たどり着けそうであるならば、開発者を消すことも検討する必要がありました。そうでないのは、幸いですね。
「とはいえ、レックス様ができないことも、理論上は可能なのです」
それに関しては、レックス様とは方向性が違うので、十分に検討する意味があります。レックス様そのものの価値を損なわない。ですから、止める必要はないでしょう。
道としては、もう見えているのです。レックス様も、おそらくは協力者が居れば可能でしょうね。
「闇魔法と、他の魔法の合成。まだまだ先の話ではありますが」
ただ、いずれはたどり着けるでしょう。その瞬間には、ブラック家の可能性が更に広がっていくはず。
闇の魔力を安定供給されるためには、闇魔法使いが近くにいることが必須に近い。ですから、技術だけでは優位に立てない。それも、研究を進める上では良いことですね。
「実現できれば、ブラック領はさらに発展するでしょう」
土地の開発、人材の活用、武力としての運用。様々な形で使えますから。どの道を選んだとしても、ブラック家が圧倒的に優位を取れる。技術的に先行していることも、闇の魔力が供給されるということもあって。
だから、私は迷わずに進んでいけるのです。研究を進めるほど、レックス様のお役に立てるのですから。
「きっと、もっと褒めていただけるのです」
その瞬間を想像しただけで、笑顔になってしまいそうなほど。私はもう、レックス様以外の誰にも仕えることはできないのでしょうね。もう、心の奥底までつかまれてしまっていますから。
ですが、それこそが心地良い。私は、レックス様のためだけの研究者なのです。
「ミルラさんには、ずいぶんと助けられましたね」
レックス様を紹介していただいたことも、彼の人格を伝えていただいたことも。そのおかげで、嫌われる未来を排除していくことができるのですから。
「さて、この調子で頑張っていくのです」
どこまでも、レックス様のために。私は、突き進んでいきますよ。




