483話 近さの価値
ひとまず、使用人や学校もどきとして働いている新人は、問題を起こしていない様子。この調子で進んでほしいものだが、警戒も怠るべきではない。
現状としては、まだ魔道具工場の状態を聞いていない。ということで、まずはそこでの様子を聞いてから考えようと思っている。
そこで、マリンやソニア、クリスと面談する機会を作った。こういう時、気軽に話せる関係を作れていることは大きい。
過度に緊張することもないし、俺を意識して問題を隠そうともしないだろう。やはり、親しくなるのは効果的なんだよな。狙っていたわけでは無いにしろ。
ということで、お茶会みたいなものを開きつつ、三人に問いかけていく。
「工場での働きは、どうだ? 新人は、うまくやっているか?」
「問題ないのです。とはいえ、おそらくは私たちの仕事を任せられるようになることは無いでしょうね」
マリンの報告は、まあ妥当なところだ。魔道具の設計や工場の運営なんかには、高度な専門知識が必要になってくる。奴隷たちは大した教育を受けていない都合上、あまり難しい仕事を任せられないはず。
となると、幹部候補は居ないと言って良い。アカデミーの人員も雇っているから、そこが足りなくなる可能性は低いが。
ただ、学閥みたいなものが生まれる心配もある。とはいえ、ある程度は必然ではあるんだよな。
基本的には、アカデミーから引き続き人材を雇う予定だ。だから、集団を作るのは避けられないだろう。
そうなってくると、出身で立場を分けていると問題になるリスクもある。名誉職みたいなものを用意しておくのも、ひとつの選択肢ではあるだろうな。
「でも、意外だったよねー。単純な労働力って、結構大事なんだねー」
「そうだね。ちゃんと知識がある人が、その知識をしっかり使える感じだよね」
クリスとソニアの言うことも、分かる。工場みたいなものを運営するとなると、物を運ぶとか検品するとかの仕事も出てくる。それには、必ずしも専門性は必要ない。もちろん、慣れれば高度な作業がこなせるものではあるが。
ただ、高度な専門知識を持った人間に、誰でもできる仕事を任せるのももったいない。だから、新人の役割も大事になってくるのだろう。
「なるほどな。本来は、こちらで先手を打つべきだったか……。悪いな」
「いえ、気にする必要はないのです。私たちだって思いつかなかったのですから」
「それに、レックス様が全力なのは、分かってるよー」
「うんうん。とっても大事にされているって、よく分かっちゃったね」
3人とも、穏やかな笑顔でこちらを見ている。信頼を感じて、嬉しい限りだ。今のところ、かなり良い関係を築けていると思う。
なんだかんだで、ちょっと軽く見られているくらいがちょうど良い。本気で敬われると、縮こまってしまう時もあるからな。
少なくとも、俺と直接会う間柄である以上、今の関係は保っておきたいところだ。
「なら、良いんだが。部下が働きやすいようにするのも、俺の仕事なのだし」
「私たちが責任者なのです。判断するのですから、責任も負うべきなのです」
マリンは真剣な顔で言っている。当主の俺が最高責任者ではある。とはいえ、マリンの立場も責任者であると言えるだろう。
基本的には、マリンが多くのことを決めている。言わばディレクターみたいな立場だ。そういう意味では、魔道具工場の運営に責任を持つのは妥当だな。プロジェクトの責任者くらいの認識というか。
俺はブラック家の運営そのものに一番の責任を持つ。マリンは魔道具工場の成果にしっかりと責任を持つ。それくらいのバランスが、ちょうど良いのかもしれない。
まあ、辞めろとか腹を切れとか言うことはないだろうが。それをしたって、何にもならない。
失敗したのなら、なんとか挽回するしか無いんだよな。俺たちの立場なら、辞めることは逃げですらある。
「まあ、その辺はお互い様かもな。どの道、辞めて責任を取れるものではないのだから」
「レックス様が居なくなっちゃったら、困るどころじゃないよー」
「私たち、レックス様のおかげで快適に働けているからね。他の人だと、ダメだよ」
クリスは眉をハの字にして、ソニアは口を引き締めている。真剣に、俺を必要としてくれているのだろう。
やはり、辞めるべきでないという考えは正しそうだ。俺が果たすべき責任は、みんなを幸せにするために人生をかけることだけだ。それ以外のことは、極論どうでもいい。
とはいえ、そのためには、俺ひとりじゃなくて、みんなに手助けしてもらうことが大事になる。
「今回みたいに、不足もあるとは思うがな。そこも含めて、支えてくれると助かる」
「もうちょっと仲良くしてくれたら、いろいろと支えられるんだけどなー?」
「ふふっ、私生活まで支えちゃったりして。そういうのは、どうかな?」
クリスはからかうように笑みを浮かべて、ソニアは楽しそうに小首をかしげている。明らかに、俺で遊ぼうとしているだろう。これまでの経験で、分かっている。親しみの証だから、問題だとは思わないが。
とはいえ、対応には困るんだよな。そう簡単に関係を持つことはできない。上司と部下だぞ。変に関係が歪むことなんて、いくらでもある。
一回愛人にでもなって、そこから立場を振りかざしてみろ。クリスもソニアも、絶対に不幸になるはずだ。そういう意味でも、安易に受けることはできない。
「ただでさえ忙しいだろうに、無理はしないでくれよ。お前たちが倒れでもしたら、終わりなんだから」
「あ、逃げたねー。レックス様も、言っている意味くらい分かっているでしょー?」
「レックス様がイヤなら、諦めるけど……。どう、かな?」
「恩を仇で返すつもりはないのです。そこは、みんな同じなのです」
クリスはちょっと目を細めて、ソニアは瞳をうるませて、マリンは真面目な顔をしてこちらを見ている。
また対応に困ることを。とはいえ、本気で拒絶する気もないのは事実だ。みんなを大事に思っていることは事実だし、あまり否定して悲しませたくもない。
ただ、やはり受けるのは難しい。お互い、後で困るんじゃないだろうか。やはり、答えは決まっている。
「イヤと言う気はないが……。だからといって、立場的に問題があるだろう……」
「私たちは、ちゃんと自分の意志で求めているから。心配しなくても、大丈夫だよ」
「いくら恩人だからって、されたくないことはあるからねー」
「立場を笠に着る方ではないと、ちゃんと分かっているのです」
3人とも、また穏やかな笑みを浮かべていた。やはり、俺を信じてくれているのは分かる。
「なら、良いのか……? いや、待て。なんか押し切られていないか?」
「あはは、バレちゃったね。レックス様が受け入れてくれると思ったんだけど……」
「今回がダメでも、次の機会を待つだけだからねー。別に構わないよー」
「レックス様も、いずれは押し切られるのです。その光景が、見えるようなのです」
ソニアははにかむように、クリスは朗らかに、マリンは感慨深そうに笑みを浮かべていた。どう考えても、俺をおもちゃにしようとしている。仮にも上司だと、分かっているのだろうか。いや、立場を振りかざす気はあんまりないが。
まあ、なんだかんだで、ちゃんと尊敬してくれているんだよな。それは分かる。仕事は真面目にこなすし、大事な話ではふざけたりしないし。
だったら、適当にツッコミを入れていくくらいでいいか。それくらいが、ちょうど良いだろう。
「お前たち……。まあ、親愛表現だと思っておくが……」
俺の言葉に、みんなクスクスと笑っていた。まあ、この調子で仲良くやっていければ問題ない。
ひとまず、今のところはどこも順調に進んでいるようだ。なら、次に向けて動いていっても良いだろう。これから、どうしていくべきか。頭を働かせていった。




