481話 サラの願望
私は、レックス様が新しく配下にした存在を運用する仕事をしていた。学校もどきを運営する上で必要な作業を任せていく形。
基本的には、雑用を任せている。新人であるし、技量もさほどではない。重要な仕事を任せるような段階ではない。
掃除や簡単な調理、荷物運びなどが新人の役割。必要ではあるけれど、優先順位はそれなりに低い仕事。
今のところは、真面目に仕事をしている様子。年下だからと甘く見ていた存在には、力を見せもした。ひとまず、反抗の目は叩き折っている。
「新しい人に対してどう対応するか。とても重要」
あまり暴力的に支配しても、反骨心を拡大させるだけ。だから、いざという時に限定するのが妥当。レックス様の方針としても、厳しいことは避けたい。
とはいえ、私たちを軽く見るのも許さない。指示に従えないような存在は、必要ないのだから。
ひとまずは、奴隷時代とそう変わらない仕事を任せれば良い。ただ、これからどうするかが問題。あまり単純な仕事ばかりを任せ続けられない。
いずれ立場が変わっていくだろうから、その時の準備に動いておく必要がある。
「レックス様に近づけるのは、論外」
私の立場を奪おうとすることは、させない。レックス様の直属は、私たちだけで十分。基本的には、私たちの裁量で運営していることもある。いちいちレックス様に判断を仰いだりしない。
レックス様は、当主としてどうしても必要なことだけをするべき。それは、私たちにとってもレックス様にとっても大事な考えのはず。
だから、こちらで新しい人たちをどうしていくかを考えていくのは妥当なところ。
つまり、新人がレックス様に直談判したりすることは許さなくていい。立場を考えても、能力を考えても。言い方は悪いけれど、ろくな教育も受けていない奴隷には、難しいことなんて分からない。名案だと思って余計なことをされたら困る。
「でも、しっかりと役立てないといけない。私の大事な仕事」
レックス様に迷惑をかけるようなことは、私自身が許せない。いくらレックス様のそばを奪われたくなくても、それでレックス様が苦しむようならば意味がない。
私は、ちゃんとレックス様が好き。もちろん打算もあるけれど、大切な人だと思っている。その気持ちを裏切ってしまえば、私自身に対する裏切りにもなる。
レックス様が幸福になれないのなら、私だって幸せじゃない。だから、仕事に私情を混ぜすぎないことが必要。
「基本的には、普通に仕事を任せるべき」
活躍の場を意図的に奪おうとすれば、レックス様が困る。だから、それはしない。
とはいえ、ちょっと成果を出したくらいでレックス様に報告をすることもしない。わざわざ私の敵を増やすようなことをする意味はない。
大事なのは、程度。全部を否定するのではなく、見るべきところを見るということ。
「レックス様に直接報告できない仕組みにすれば、それで良い」
そんな仕組みになってしまえば、レックス様の負担が増える。会いに行く人も増える。間違いなく、面倒。
レックス様に好かれようと行動する気持ちは、分かる部分もある。それでも、私の都合を優先していいところ。
そもそも、レックス様が認めるだけの成果を出すのは、並大抵の才能じゃ無理。だから、いちいち妨害するまでもないというのも現実ではある。
「当主に末端が会えないのは、当然の話。問題ない」
だから、こちらで処理しておけば良い。大した成果も出していないのにレックス様に面会を求めるようなら、処罰だって手段のひとつ。
いたずらに罰することをレックス様は望まないだろうけれど、必要なことでもある。
今となって分かるけれど、貴族の当主というのは下々が気軽に話していい存在ではない。かつての私とレックス様の関係は、かなり危うかった。
レックス様はとても優しいし、私を大事にしてくれる。それでも、立場という壁は存在するのが現実。
だからこそ、私と同じ立場になれるような人は稀。多くの人には、普通の対処をするだけで十分。
「課題は、頭角を現した人間への対応。排除するのは、ダメ」
レックス様に近寄れるほど才能があるということは、他に逃してはまずい人材だということ。嫉妬なんかで台無しにするわけにはいかない。
クリスさんやソニアさんのような存在が、どれほど大事か。私の感情でレックス様に損失を出させられない。そのためには、適切に評価することも必要。私からレックス様に紹介することも。
本音を言えば、歯噛みしたくなると思う。会わせたくなんかない。それでも、私の欲でレックス様を傷つけることだけは、違うから。
「レックス様のためにも、やるべきことはやるべき」
そう。責任を持って仕事をこなすこと。それこそが、私とレックス様のためにやるべきこと。クリスさんやソニアさんの件に関しても、レックス様は私を褒めてくれた。
だから、良い人材を紹介できれば、私にだって良いことはある。取り分を減らすだけだと恐れることはない。
それに、レックス様が認めるほど優秀な人なんて、滅多なことでは現れないのだから。学校もどきで大勢の生徒を抱えていたけれど、私とシュテル、ジュリアだけがレックス様のそばにいることになった。
アカデミーからの人材だって、もともと居たミルラさんの他には、マリンさんと、私が誘ったふたりだけ。
そして、新人がいきなりレックス様の直属となるのは、新しい事業を起こした時だけ。学校もどきからそんな事業が起こることは、考えづらい。
つまり、学校もどきで働いている限り、私よりレックス様に近づくことは不可能に近い。
「おそらく、私の下が限界ではある。だから、過剰な対策は逆効果」
あまりレックス様から遠ざけようとすると、そこが私のスキになる。だから、違和感のない程度に収めるべき。
やはり、もともと考えていたことを実行するのが適切に思える。
「シュテルみたいになると、行き過ぎ。でも、近い感情を植え付けるのは悪くない」
レックス様に対する忠誠心を持たせるのは、とても大事。ブラック家に仕える人間としても、仕事を効率的に進める上でも。
だから、レックス様を慕わせることそのものは問題ない。気軽に話せる相手ではないと思わせれば、もっと良い。
「レックス様と仲良くすることを、恐れ多くさせれば」
そのためには、レックス様の魅力を吹き込むのも良いはず。現実味が無くなる範囲で強さを教えても良いかもしれない。恐れられたら本末転倒だから、慎重に動くべきだけれど。
とはいえ、レックス様が万能であると刻み込むのは、いろいろな利益が見えてくる。
「やはり、レックス様を天上の存在にする方針は間違っていない」
神に話しかけるなんてこと、そうはできない。なら、レックス様も同じになってくれたら。仮に奴隷たちが遠ざかったところで、私たちが癒やせば良い。
そう。ブラック家のために、レックス様のために働かせるのは正しい。仲良くさせる必要はないというだけ。
「さしずめ、私は巫女か何か。レックス様のしもべ」
神の言葉を託宣として伝える。そんな立場を目指せば良いはず。レックス様の愛を受ける、ただの人。うん。
レックス様と近づいても違和感がないし、凡人をレックス様から遠ざける理由にもなる。一石二鳥と言ってもいい。
「悪くない。どうせ妾を目指すのだから、対等でなくて良い」
レックス様のしもべであることは、きっと変わらない。本人にとってどうであれ。だから、何も問題はない。
大切な存在だと思ってくれることは間違いない。私の幸福を願って、そのために行動してくれることも。それだけで、十分。
「レックス様は、きっと私を大事にしてくれる。道具だとしても、同じこと。それで良い」
私が道具だったとして、レックス様はとても丁寧に扱うはず。だから、私の未来は明るい。ただレックス様の栄達のために仕事をするだけで、良い方向に進んでいく。
貴族になりたいとか、妻になりたいとか、大金や権力がほしいとか、そんな欲望はない。当たり前の幸せを、当たり前に抱える。それだけで構わない。
「成り上がることは、幸福とは限らない。下僕には下僕の幸せがある」
レックス様と同じ立場になったからといって、同じ幸せは手に入らない。だから、私はただ仕え続けるだけ。
きっと、私に優しくし続けてくれる。それは、疑っていないから。
「なでなでと抱っこを味わえるのなら、立場なんて気にしない」
私にとって必要な幸せは、レックス様と穏やかな日常を過ごすこと。彼と同じ。だから、迷わない。
そう。私はレックス様の奴隷になっても良い。私を大切にして、求めてくれるのなら。
「私は、レックス様のもの。それで十分。ちゃんと満たされる」
だから私は、レックス様の魅力を広める。どこまでも、深く深く。
その先で、レックス様は誰にも汚せない存在になる。
でも、レックス様。あなたには、私を汚す権利がある。だから、好きに使って。




