480話 同じことと違うこと
集めた奴隷たちの働きに関しては、まだ注視が必要な段階だと思う。ということで、引き続き確認を続けていくつもりだ。といっても、直接現場を見に行くことはまだしない予定だが。
抜き打ちチェックを当主がやるのも、確かに効果的ではあると思う。ただ、ある程度の信頼関係かあるいは尊敬を持たれていないと、いたずらに緊張や失敗を招くだけだろう。今は時期尚早だろうな。
ということで、今のところは上役たちに確認を取っていくつもりだ。その一環として、今度は学校もどきの様子をジュリアたちに聞く。
連絡して会いに行ったところ、こころよく迎え入れてくれた。毎回歓迎してくれて、ありがたい限りだ。
「学校もどきの方は、うまく進んでいるか?」
「問題ないよ、レックス様。もともと、似たようなことをしていたんだし」
「孤児たちを運用するのと、大差ありませんからね」
「だから、なでなでしてくれて良い。ご褒美をもらう理由はある」
あぶれた奴隷たちと、学校もどきで集めた孤児たちは根本的に同じような立場だということか。分かる話ではある。
学校もどきは、孤児院のような役割も果たしていたからな。そういう意味では、行き場のない人たちを扱うノウハウはあったというわけか。
無論、年齢や立場なんかの違いはある。だが、基本的に必要な技術は同じだったのだろうな。
なら、ジュリアたちに任せるのが一番だろう。学校もどきの生徒だった経験も、運営に関わった経験もある。どちらの立場からも見られるのだから、ちょうど良い人材のはずだ。
奴隷たちに学校もどきの手伝いをさせるなら、食事作りや掃除なんかが中心になるんじゃないだろうか。教師役は、難しいように思える。
「そうなると、授業を受けさせられないのが痛いな……」
「仕方ないよ。教員の数にも、限度はあるわけだから」
「それに、自分より年下に素直に教われるかというと……」
「結局、労働力として使うのが早い。気に病まなくていい」
3人の言葉は、おそらく正しい。どの面から見ても、合理的な判断と言える。ある程度の年齢になってしまえば、そこから教育というのは難しいんだよな。わざわざ手間を掛けて教えても、子供たちより使える時間が短くなる。
それに、本来は労働力となっている年齢だからな。周囲との関係を考えても、難しい。
前世を考えてみても、よく分かる話だ。小学校レベルの勉強を成人に教えるのには、かなり課題があった。
「理屈としては、納得できるんだよな。感情が、どうにもついてこないが」
「昔の僕たちみたいに見えちゃった? でも、状況が違うからね」
ジュリアたちは、かなり細くて心配になるくらいだったからな。原作キャラだったということを抜きにしても、気になる部分は多かった。
学校もどきの生徒は、今は元気に俺のもとで仕事をしてくれている。ちゃんと、教育の効果があったのだと実感できたからな。同じことができないのは、悲しくはある。だが、仕方ないのだろう。
「そうなんだよな……。全員に教育を施すのは、不可能に近い」
「資料などはそろえていますから、熱意があるのならば自分で勉強するかと」
「そもそも、文字が読めるかどうかが怪しくないか? その壁を、やる気の問題にはできないぞ」
「でも、普通はそういうもの。農家に生まれたら、農家になる。同じこと」
サラの言葉も、ある程度は正しい。少なくとも、この世界では当たり前の考えになるはずだ。そもそも、ちゃんとした教育を受けられる人間は一握り。
だったら、奴隷たちの立場からしても、そう悲観するものではないのかもしれない。前世の経験で、教育は当然の義務だと感じていた。だが、この世界では違う。よく考えたら、教育を求める人は少ないのかもしれない。
「そう考えれば、待遇は悪い方ではないのか。これまで、順調すぎただけかな」
「いま考えると、僕たちって恵まれていたんだねえ。もちろん、ずっと感謝はしていたけれど」
「レックス様のおかげで、私たちは救われたのです。あなた様なら、私たちに何をしても良いのです」
「なでなでも抱っこも、いくらでも良い。むしろ、もっとやるべき」
ジュリアは感慨深そうに、シュテルはまっすぐな目で、サラはなんか無表情で抱きついてきている。
いや、サラの言葉はある程度は正しいのだが。みんなへの感謝を形にするのは、どれだけでもやるべき。ただ、サラは欲望を言葉にしているだけのような気もする。
実際、シュテルはジトッとした目でサラを見ている。いつもの流れではあるが、やっぱりズレているよな。
「サラの望みを、俺が叶えているだけじゃないか……? いや、それで良いんだが」
「だったら、今すぐ抱っこ。レックス様の役割」
言われた通りにサラを抱っこしていく。満足そうに息を吐き出していた。こういうところは、本当に愛嬌だよな。脈絡なく抱っこやなでなでを要求されても、どうにも憎めない。
サラは無表情であることが多いのに、なんか許せてしまう魅力があるんだよな。よく分からないものだ。
「もう、失礼でしょ。レックス様は、もっと偉大な存在なのよ」
「親しみの証だから、別に構わないぞ。シュテルこそ、そこまでへりくだらなくて良いからな」
「昔は、普通に尊敬ってくらいだったのにね。ちょっと、ついていけないよ」
「ジュリア! 私を何だと思っているのよ……」
シュテルは頬を膨らませているが、実のところ俺もついていけないと思う気持ちはある。本当に、昔はまともにジュリアたちをたしなめている側だったのだが。どうしてこうなってしまったんだろう。
もちろん、今でもシュテルは大事に思っているし、迷惑だとは考えていない。それはそれとして、ちょっと頭を抱えたくなるだけだ。
「俺からしても、狂信者に近い何かだとは……。いや、責める気はないが……」
「レックス様……。狂信者では、ダメですか?」
上目づかいで見られている。ちょっと言い過ぎたと思ったくらいだったのだが、むしろもっと言って良かったかもしれない。
狂信者であることそのものを否定する気もないし、俺に嫌われないのなら何も問題ないと思っているように見える。もはや手遅れという言葉が頭に浮かんだ。
シュテルは今でも大事な仲間だが、もう少し落ち着いてほしいのも本音ではある。
「シュテルの心配はズレてる。レックス様は、私たちを大事にしている。でも、おかしいと思う時もあるだけ」
「サラが言うの……? ご恩のある主に信仰を抱くのは、当然じゃない」
「いや、普通におかしいよ……。レックス様は尊敬しているけど、信仰はしていないし」
サラの言うことは当たっている。まあ、主に抱っこやなでなでを脈絡なく求めるのは、一般的には不敬だろうが。俺は気にしていないし、何も問題はない。サラがズレているという話であれば、頷くしか無いが。話の大半が抱っことなでなでって、変わっているどころの話ではない。
それよりも、シュテルがとんでもないことを言っている。俺の狂信者という発言を拾ったのだろうが、だからこそ困るというか。
どうして主君を信仰対象にしてしまうのか。ジュリアの言葉は、当然のものだろう。まったく。
「俺も、ジュリアに同意するところだな……。いや、シュテルを否定する気はないが……」
「そんな! レックス様以外の何を信仰すれば良いというのですか!?」
「信仰しないという選択がないのが、シュテル」
「うん、そうだね……」
シュテルは本当にショックを受けたような顔をしていて、ため息をつきたくなった。俺を神か何かだと思っているのなら、大間違いだ。
とはいえ、こういう会話も楽しいと思ってしまう俺がいた。これからも、みんなと仲良くしていきたいものだ。そう思える瞬間だったな。




