479話 アリアの采配
私の仕事は、レックス様の生活を支えることです。メイドとして、快適な日常を過ごしてもらうことです。あくまで、レックス様が中心なんです。
とはいえ、付随する仕事もありますが。今回のように、使用人としての仕事を教育したり。メイド長のような役割になったので、人員の管理も必要なこと。
新しく入ってきた人員には、ブラック家の使用人がなんたるかを教えていきました。
反発するようでしたら、上下関係を叩き込む必要がありましたが。幸い、必要ありませんでしたね。
「ひとまず、最低限の教育は終わったと言っていいでしょう」
どこに出しても恥ずかしくないとは、とても言えません。ですが、私が手取り足取り教える段階も過ぎました。
後は、部下に任せても運用が成立するでしょう。問題が起きれば、その都度対応すれば十分な段階ですね。
私の本当にこなすべき役割は、レックス様直属のメイドですから。それをおろそかにしてまで、新人の教育に力を入れる理由はありません。
こう言ってはなんですが、下々のことは下々がおこなえば良いのです。本当に大事な仕事こそを優先すべき。当たり前のことですよね。
「レックス様のお世話に集中できるのは、良いことです」
私にとって、本当に満たされる時間です。食事を用意すれば、美味しいと言っていただける。服を用意すれば、素晴らしいと言ってくださる。
レックス様は、私たちの仕事をずっと褒めてくださいます。そして、強く感謝してくださるのです。
良い意味で、壁がありません。私たちを大切な個人と認識しつつ、メイドとしての役割もしっかりと大事にしてくださる。かつての初代様は、今となってはくすんでしまいそうです。
なにせレックス様は、親しい相手としての私も、メイドとしての私も、共に肯定してくれるのですから。初代様は、ただの友人として見ようとするだけでした。
きっと、いま目の前に初代様が現れたとしても、私はレックス様を優先するのでしょうね。それくらい、大切な存在なんです。
「私にとっては、最高の主ですね。きっと、ウェスさんにとっても」
おそらく、未来永劫レックス様を超える主は現れないでしょう。ブラック家に生まれたことが、信じられないほどに。
エルフだろうと獣人だろうと個人として見る。それだけでも、とても素晴らしいこと。
にもかかわらず、圧倒的な力を持ちながら謙虚さを忘れず、弱い存在を軽んじることもしない。でなければ、私やウェスさんは排除されていたでしょうね。あくまで、凡庸な存在でしかありませんから。
レックス様は、私たちのために力を使ってくださいます。安全のためや幸福のため。理由は様々ですが、芯となっているのはひとつ。大切な存在の力になること。私たちや、他の方の。
そう。レックス様は、大事な人のためならどんな事でもできてしまうのです。
「だからこそ、周囲を抑えなければなりません」
あまりレックス様に寄りかかる存在が増えれば、負担も増すでしょうし。少なくとも、レックス様を利用しようとするような存在は、近づけるべきではありません。
それに、レックス様の優しさに触れた結果として、私たちを邪魔に思う存在が現れる可能性もあります。
ですから、そう簡単にレックス様に近づかれてはいけません。使用人だからといって、私たちの主に直接仕える必要はないですから。
「レックス様の直属が増えては、困ってしまいますからね」
私たちの至福の時間。レックス様のお世話をして、彼と過ごす瞬間です。他の人に渡すには、もったいないなんて程度じゃありません。
ウェスさんや私が、どれほど待ち望んだ存在か。それを思えば、譲るなどという考えが浮かぶことすらありませんよ。
レックス様は、私たちのような存在を、大切な日常の証だと思ってくださっているのですから。
まあ、他の多くの人にも好意を向けていることも事実ではあるのですけれどね。悪いことではありません。レックス様の味方が増えるのなら、ブラック家の人間としても、都合が良いのですから。
どの道、貴族としての交流は避けられません。仲間だって必要です。そこを邪魔しようなどと、思いませんよ。レックス様の望みを叶えることも、私の大事な役割なんです。
「それにしても、今回は大丈夫なはず、ですか」
レックス様は、あまり自分が口説き落としたりしていないと考えているようでしたね。本当に、自覚が薄いんですから。そういう欠点も、大切だとは思っていますけれどね。
ただ、いくらなんでも認識が甘いです。これまで何度も修羅場になっていて、どうして楽観的になれるのでしょうか。変わっているというか、なんというか。笑ってしまいそうです。
「私たちが制御しているだけなんですよ、レックス様」
レックス様の魔力をもう一度感じたいと言っている人が居たりして、大変だったんですから。あんまり優しくされると、どうしても輝いて見えることもあるんです。もちろん、感謝しない人だっていますけれど。
ただ、人生を変えるほどの影響を与えておいて、何も感じないことの方が珍しいですよ。ウェスさんが命を救われてどうなったか、知らないはずもないのに。
レックス様は、すぐに人の人生を変えてしまいますからね。力を持っているから、気軽な部分はあるのでしょうが。誰にもできないことをする意味を、軽く見過ぎなんです。
「うっかり大きな施しをすると、胸に刺さる人も居るんですから」
というか、レックス様の周囲はそんな人ばかりですよね。学校もどきの生徒と言い、魔道具工場の人材と言い。とても大きな恩を受けたばかりに、レックス様しか見えなくなった人ばかり。
かくいう私も、長い生でなければ盲目になっていたかもしれません。良くも悪くも、一歩引いた目で見ることが多いですからね。
「惚れているような人も、見当たりますし。困ったものです」
レックス様にどうしたら近づけるか、色々と考えている人もいます。あまり、近づけたくはありませんね。親しい相手が増えるだけなら、困ることはないのですが。
ただ、使用人だと問題です。レックス様に仕えるのは、私とウェスさんの役割ですから。それ以外の人は、必要ありません。
「私の立場が脅かされるようなら、排除すら検討しなければいけません」
あまり打ちたい手ではないのですが、どうしてもとなれば、ためらいません。レックス様の大切な相手になる前ならば、どうとでもできますから。
それこそ、適当な罪をでっち上げれば良いのです。そうすれば、レックス様は自然と遠ざけるでしょうから。
「メイドとしてレックス様に仕えるのは、ふたりで十分なんですからね」
妾を目指すだけならば、そこまで邪魔をする理由はないのですが。レックス様が愛したいのなら、それは構いません。
ただし、譲れないものもある。それだけの話なんです。
「身内と他人は、ハッキリ分けなければ。線を引くことが、大事なんです」
いくらレックス様に感謝していようと、真面目に仕事をこなそうと、関係ありません。レックス様のメイドとしての立場を分け与える理由にはなりません。
ですから、諦めてもらわないと。レックス様の専属メイドは、私とウェスさんだけだと。
「レックス様の面倒を、生涯見続けるためです」
その役割は、誰にも奪わせません。レックス様の食事を作り、寝る場所を整え、生活を支える。それこそが、今の私が生きる理由なんですから。
レックス様の望みを叶えつつ、私たちの願いも通す。それが、お互いが幸せになる道なんですよ。
「もう少し、親密になっても良いかもしれませんね。個人として、もっと」
メイドとして、ある程度立場をわきまえてきたつもりです。主を立て、一歩下がって仕え続けてきましたから。
とはいえ、友人や恋人のような関係に近づいても良いのでしょう。
「レックス様は、立場による距離を求めていないようですから」
親しい相手としての態度を、求められている。それは分かりますからね。あくまで、レックス様にとって私たちは大切な存在。メイドとしての立場は、関係性の名前でしか無いのでしょう。
その価値観は、私にとって都合の良いものでもありますね。
「女として見られることができれば、目標に近づけます」
レックス様の子は、乳母が育てることになるでしょう。貴族という立場上、妻が直接育てることは難しいです。
その際に、私が乳母としての立場を得る。ならば、乳が出ないといけませんから。子を孕むのが、条件になりますから。
「子供を生む相手は、誰でも良いはずありませんからね」
適当な男と寝るなんて、冗談じゃありません。どうせなら、大切な相手と結ばれたい。とても大事な気持ちなんです。
抱かれるのなら、レックス様が良い。今まで出会った男で、一番好きな相手なんですから。
「レックス様の子に、私が乳を与える。その未来だけは、絶対に譲りません」
未来永劫、あなたの血筋を見守ります。ですから、私に子を授けてください。
お願いですからね、レックス様。




