478話 穏やかな時間
メイドたちに一緒に過ごす時間がほしいと言われたので、頑張って用意した。仕事と仕事の間くらいの時間に、ふたりとお茶会をすることになる。
準備は完全に任せているので、負担ではないかとも思う。ただ、席についているふたりは幸せそうに見える。だから、これで良いんだろうな。
ふたりがメイドとしての仕事を大事に思ってくれていることは伝わるし、肉体的な疲労が問題ないのなら、頼ってしまおう。
ということで、ふたりが用意してくれたお茶菓子をつまみつつ、話し始める。
「こうしてお前たちとゆっくり過ごすのも、久しぶりだな」
「そうですねっ。ご主人さま、ずっと忙しそうでしたからっ」
「レックス様が誰かのために戦っている証ではあるのですが。少しは寂しいですね」
ウェスはちょっと悲しそうに眉を寄せていて、アリアは軽く胸に手を当てている。実際のところ、不安にさせた部分はあるのだろうな。
ふたりが俺のことを大事に思ってくれていることなんて、疑う理由がない。逆の立場だったら、間違いなく心配したと思う。
まあ、だからといって避けられたかと言えば、無理だったことも多い。仕方のないところはある。それでも、言い訳はするべきではない。
俺のやるべきことは、ふたりの気持ちを大事にすることだ。
「俺としても、お前たちと離れる時間は寂しいと思う。情けなくはあるが」
「そんなことないですよっ。大事な人と一緒に居たいのは、当たり前のことですっ」
「ふふっ、そうですね。レックス様が、私たちを大事にしてくれている証です」
ウェスは満面の笑みを浮かべて、アリアは穏やかな笑顔で頷いている。俺の弱さも受け入れてくれる相手というのは、本当にありがたい。
ふたりもそうだが、俺は仲間の前ではあまりカッコつけなくても良いからな。自然体の自分でいられるんだから、最高だよな。
まあ、だからといって配慮を捨てるべきでもないのだが。大事なのは、バランスだ。
「なら、良いのか……? まあ、今は話を楽しむべきか」
「そうですよっ。ご主人さまにも、お休みが必要なんですっ」
「お前たちこそ、ちゃんと休めているのか? 無理はしていないか?」
「問題ありません。自己管理ができなければ、もっと前に死んでいますからね」
「分かりますっ。こっそり休むのは、得意なんですよっ」
笑顔で言っているが、かなり重い。アリアは長年ブラック家に仕えてきたらしいし、闇の部分も長く見ていたのだろう。ウェスなんて、死ぬ直前までいったからな。かつてのブラック家は、あまりにも残酷だった。
俺は、どこまで変えられたのだろうな。結局、敵を殺すことはやめられていない。仲間は守れているはずだが、それで足りているのかどうなのか。
ただ、残酷だと言われようが責められようが、仲間を優先することをやめる気はない。敵を殺せば仲間を守れるのなら、殺すだけ。
みんなに嫌われない限り、変わることはないのだろうな。
「なら、良いんだが。俺のためにふたりが苦しんでいるのなら、何の意味もないからな」
「それこそ、ご主人さまも同じですよっ。わたしたちのために、無理はしないでくださいっ」
「無理をしたらお尻を叩くなんて、どうでしょうか?」
ウェスの目からは本気の心配が見えるが、アリアはちょっと楽しそうだ。からかっている部分はあるのだろうな。親しみの証だし、嬉しくはあるが。
とはいえ、お尻ペンペンは勘弁だ。いくらなんでも、恥ずかしすぎる。
「いや、そこまで子供じゃないぞ……。俺を何だと思っているんだ……」
「ご主人さまは、とっても優しいですからっ。かなり頑張っちゃうんですよね」
「もちろん、信頼する主ですよ。ねえ、ウェスさん」
「はいっ。ご主人さまのメイドであることは、わたしたちの誇りですっ」
ウェスがフォローしてくれたのは、かなり助かる。いや、アリアだって慕ってくれているのだが。信頼は本物だということは、分かりきっている。
実際のところ、ウェスの言葉にも頷いているし。それだけ俺を大切にしてくれているんだよな。
「俺も、お前たちの主であることを誇りに思うよ」
「ありがとうございますっ。ご主人さまは、最高のご主人さまですっ」
「そうですね。これからもずっと、よろしくお願いします」
ふたりは微笑みながら頭を下げる。とても胸が暖かくなる感覚があった。
とはいえ、いま最高だと思われているからといって、それに甘え続けるのもな。ふたりの理想の主で居続けるためにも、不満も聞いておくか。
これで実はメチャクチャな不満を抱えていたら、困ってしまう。とはいえ、たぶん大丈夫だ。
「ああ。せっかくだから聞いておきたいんだが、俺に何か不満があったりしないか?」
「……すぐに女の子と仲良くなること、ですかねっ」
頬を膨らませながら言っているのを見て、ちょっと息が止まりそうになった。まさか、ウェスまでとは。
今まで、ずっとにこやかに仕えてくれていたのだが。なんだかんだで、心の奥に抱えていたのだろうか。
やはり、俺の態度はみんなから問題視されている。しかし、どうしたら良い。
「あらあら。ウェスさんったら。別に、私は構いませんよ。それも、男の甲斐性ですから」
アリアは頬に手を当てながら微笑んでいる。フォローしてくれているのだとは思うが、俺としては追撃に感じる。
「悪かったよ、ウェス。たぶん、これからは増えないとは思うが……」
「レックス様……。それは、信じることは難しいです……」
眉を困らせながら言われてしまった。なんてことだ。当たり前のように女を口説く存在だと思われていたりしないだろうか。
優しくしているというのは、今となっては否定できない。ミュスカまで信じると決めたのは、客観的には愚かだからな。だが、後悔はしていない。またミュスカが危険な目にあったとして、俺は全力で助けるだろう。
とはいえ、浮気者にはなりたくない。なんか外堀が埋まっている雰囲気は感じるが。
「アリア、お前まで……? そんなに軽薄に見えるか……?」
「軽薄というか、どうせ見捨てられないんだろうなとは。目の前で困っている限りは」
「誰かを助けるのは、ご主人さまの良いところですっ。ただ……」
アリアは目をちょっと細めていて、ウェスは目を伏せている。まったく信頼されていない。いや、確かに目の前で誰かが困っていたら、助けるかもしれないが。
実際、困っていたところを助けた結果仲良くなった相手は多いよな。ウェスからして、そういう相手だし。だから、あんまり否定はできない気もする。
とはいえ、助けただけで好かれるものでもないだろう。だから、大丈夫だと思うんだが。
「とはいえ、今回は何もなかったじゃないか。そう簡単に仲良くなれたりしないだろう」
「やっぱり、信じられませんっ」
「レックス様らしいと言えば、らしいのですけれど……」
ウェスはそっぽを向いて、アリアは冷たい目を向けてきた。完全にアウェーになってしまった。
まあ、他の人にも女たらしみたいなことは言われているし、そこはもはや否定できないのだろう。だが、同じことを繰り返さないようにしているつもりなんだが。
「どうしてだ……? ちゃんと、気をつけるぞ……」
その言葉に、返事は帰ってこない。俺は、頭をがっくりと下げていった。
間違いなく楽しい時間ではあったのだが、最後に困ったことになってしまった。だが、またこんな時間を過ごしたいものだ。そのためにも、奴隷の扱いをしっかりとしないとな。




