477話 大切な時間
ひとまず、奴隷を集めることには成功した。ここから拡大していくかどうかは、第一陣がうまくいくか次第だな。
今の段階で問題が起こるようなら、止めておくべきだし。大成功になるのなら、事業を拡大するのも悪くない。
いくつかの部門に分けて人員を配置しており、使用人や学校もどきの職員、魔道具工場の従業員なんかに回している。
適性を測ることは試験官に任せている。魔道具工場の運営にも携わっている、ジェルドという男だ。ミーアからの紹介で雇うことになってから、ジャンやミルラの下で働いているな。
そんなわけで、今は試用段階と言える。それぞれの職場で問題が起きなければ良いのだが。
ということで、まずはメイドたちに様子を確認していく。とにかく、現場の声を聞くのが一番だろう。いつも通りに世話を焼いてくれるふたりに、話題を切り出す。
「ウェス、アリア。どうだ? 新しい人員は、問題を起こしたりしていないか?」
「心配してくれて、ありがとうございますっ。今は、大丈夫ですよっ」
「そうですね。非常に従順で、助かります。レックス様に心酔している方もいますよ」
まあ、ちゃんと待遇は保証しているからな。そこまで逆らう理由はないはずだ。とはいえ、不安もある。優しくした結果としてつけあがられたりとか、メイドたちを軽んじたりとかしないかと。
ウェスもアリアも落ち着いた顔をしているので、おそらくは今の段階では大丈夫なのだろう。困ったというほどのことは起きていないはずだ。
従順だというのなら、ありがたいな。あんまり逆らわれると、いろいろと面倒だ。
「心酔は、ちょっと困るが……。まあ、ふたりが大丈夫そうなら、それでいいか」
「はいっ。いざということがあっても、ご主人さまが守ってくれますからっ」
「実際、あの方たちが私たちに攻撃したところで、無意味ですからね」
笑顔でそう言っていた。ウェスもアリアも、俺の贈ったアクセサリーを身に着けている。闇魔法をいくつか込めていて、その中に防御魔法もある。だから、並大抵の攻撃なら通じない。毒にも対応できる。
だから、ふたりも安心している部分があるのだろう。実際に問題が起きないとしても、精神面で支えになっているだけで十分だ。
「それなら、お前たちにアクセサリーを贈った価値があるな」
「ご主人さまのおかげで、かなり安全なんですよっ。黒曜も、ありますからっ」
「ということですから、私たちはレックス様のお世話に集中できるんです」
ウェスは俺の魔力を打ち出す銃も持っているからな。いざという時には、攻撃もできる。それだけで、余裕ができるのかもしれない。
俺の世話に集中できるということは、奴隷たちはある程度の仕事を覚えて安定しているはずだ。奴隷という立場だったから、掃除なんかには慣れていたのだろうか。
まあ、原因は俺の考えることじゃない。大事なのは、状況に余裕があって、ふたりも俺との時間をあまり減らさずに済むことだ。それで良いんだよな。
「やはり、お前たちの世話が一番快適だよ。よそに出ていっても、恋しくなる時もあるくらいだ」
「わたしたちだって、ご主人さまと離れたら寂しいですっ。おそろいですねっ」
「レックス様が心安らかに過ごせるように、力を尽くしていますからね」
ウェスはそっとこちらに手を伸ばして、アリアはスカートの裾をつまんで微笑む。なんとなく、茶目っ気のようなものを感じる気がする。
こうして俺のことを大切にしてくれる相手がメイドであることが、どれほどありがたいか。アリアの言うように心安らかに過ごせる瞬間は、とても多い。
やはり、ふたりは最高のメイドだ。少なくとも、俺にとっては。なら、その気持ちを伝えないとな。
「あらためて、いつもありがとう。お前たちは、かけがえのない存在だよ」
「わたしだって、同じですっ。ご主人さまが、わたしの全部なんですからっ」
「新しい人たちには、この立場は譲れませんね。ね、ウェスさん」
「もちろんですっ。ご主人さまのメイドは、わたしたちなんですからっ」
アリアとウェスは、お互いの顔を見て笑い合っている。まあ、今さら他の人に任せたいとも思わない。ふたりが望んでくれるのなら、いつまでも世話をしてもらおう。
ほんと、良いメイドたちだ。ふたりといると、とても幸せな気分になれる。
「なら、これからもよろしく頼む。ずっと、頼らせてもらうよ」
「新人の教育も落ち着きましたし、私たちはレックス様に専念できますね」
「はいっ。お食事もお風呂も寝る時も、全部任せてくださいっ」
まさに朝から晩までという感じだ。食事を作って、お風呂を沸かして、ベッドメイクもする。もちろん、掃除だってあるだろう。
大変ではあると思うが、それでもふたりにとって大事な仕事だ。変に自分でこなそうとしないのが、貴族として必要なことだよな。雇用の創出という点から見ても。
「ああ。メイドの仕事は、メイドに任せないとな」
「そうですよっ。わたしの楽しみを奪ったら、ご主人さまでも許さないんですからねっ」
「私たちにとっては、あなたに仕えることこそが喜びなんですから」
ウェスはちょっとだけ俺をじっと見ていた。仕事が楽しみだというのなら、何よりだな。どうせしなくちゃいけないことなら、楽しい方が良いに決まっている。
アリアとしても、仕事は生きがいみたいなものなのだろうな。なら、そういう意味でもメイドの役割をしっかり任せておかないとな。
とはいえ、負担が大きすぎるとなれば話は別だが。過労やら何やらでふたりが倒れるなんて、冗談じゃない。
「何か困ったことがあったら、いつでも言ってくれよ。お前たちが穏やかに過ごせることも、大事なんだからな」
「必要になったら、お任せしますっ。でも、大丈夫ですよっ」
「そうですね。私たちも、ブラック家で生き抜いてきたので。そう簡単に、折れたりしません」
ふたりとも、強い意志を感じる目をしてきた。確かに、かつてのブラック家は地獄みたいな環境だったはずだ。特に、奴隷だったウェスにとっては。実際、右腕を失うような事件があったわけだし。俺が居なければ、どうなっていたことやら。
アリアにしたって、原作ではモニカに殺されていたっぽいからな。美容のために、血を求められて。そんな環境で生きてきたのだから、並大抵のことなら耐えられるのだろう。
とはいえ、無理はしないでほしいものだ。大切な人が不幸になるなんて、耐えられたものじゃない。
「むしろ、一番困るのはご主人さまとの時間が減ることですっ。ね、ご主人さま?」
「ふふっ、そうですね。できれば、時間を作っていただければと。いつでも構いませんよ」
それはおそらく、メイドとしてじゃなくて、ふたりとただ穏やかな時間を過ごすことなんだろうな。俺としても、叶えたい願いだ。
とはいえ、いつでも良いと来たか。
「それで俺が夜中とか言ったらどうするつもりなんだ……」
「ご主人さま、もしかして一緒に寝たいんですか?」
「それは良いことを聞きました。3人で同じベッドに入ってみますか?」
からかうような笑顔で、そんな事を言われる。一緒に寝るって、どこまでの意味だ? いや、変に追求したら墓穴を掘る気しかしない。
なら、素直にからかいに負けておくのが手だな。
「勘弁してくれ……。恥ずかしいったら、ありゃしない……」
そんな事を言うと、笑い声が聞こえてきた。やはり、ふたりと過ごすのは楽しい。
なら、しっかりと時間を作るのも大切なことだろう。いつが良いか、頭を働かせ始めた。




