476話 救いの手
あぶれた奴隷たちを集めるための準備は、一通り整った。他領ということで、かなり根回しに手間がかかったのだとか。
後は、食事の用意や奴隷の位置を探ることなんかもあった。もともと俺が潰した領なので、転移の足がかりは残している。そこを中心に調査や魔力の侵食をおこなって、場を用意しておいた。
ということで、転移で食事を運びつつ、ウェスと一緒に炊き出しをすることにした。鍋をかき混ぜるウェスを見ながら、俺は近くにいる人に近寄っていく。
「だ、誰だ……?」
なんとなく、怯えのようなものを感じる。まあ良い。とにかく、やるだけやってみるだけだ。失敗したところで、失うものなんて炊き出しに使った食料くらいだからな。
まあ、雇った奴隷が反乱でも起こせば被害は大きくなるだろうが。その抑止のためにも、魔力の侵食を提案されたのだろうな。
ひとまず、俺は笑顔を向けていく。ウェスが食べ物を入れた容器を差し出していた。
「名乗るほどのものじゃない。まあ、炊き出しというやつだ」
「これ、食べて良いのか……?」
おっかなびっくりという様子で手を伸ばして、容器を持っている。まあ、怖いのだろう。知らない人がやっている炊き出しなんて、怪しいものな。
とはいえ、俺がやるべきことは変わらない。まずは、釣るための餌を差し出していくだけ。
「ああ。腹いっぱい食べると良い。胃がびっくりする感じでもなさそうだしな」
あんまり飢えていると、腹いっぱい食べたら最悪死ぬんだよな。リフィーディング症候群を引き起こして。
とはいえ、そこまで食事を取れていないような雰囲気はない。だから、ひとまずは大丈夫だろう。
「ご主人さまが、用意してくれたんですよっ」
「肉も魚もある……。こんな料理が、食べられるのか……」
そう言って、最初の相手は食べ進めていく。何度も頷きながら食べていて、美味しそうに見える。その姿を見た他の人達が、こちらに集まってくる。
「俺も食わせてくれ! はやく!」
「私も! 無くなったりしないわよね!」
ヘタをしたら押し合いや奪い合いになりかねない雰囲気すら感じた。ということで、多くある分を見せつつ、大丈夫だとアピールしていく。
「急がなくていいぞ。まだまだ用意しているからな」
多くの人たちが炊き出しを食べていき、一息ついていた。お腹いっぱいになるまで食べていた者が多く、動きづらいみたいだな。
ということで、場が整ったと言えるだろう。俺はみんなに向けて、少し大きな声を出した。
「さて、少し話がある。これからも、今みたいな料理が食べたくないか?」
「また、続けてくれるのか?」
「なんでもするから、もっとちょうだい!」
前のめりになっている人も、それなりに見える。よほど満足したのだろう。餌としての役割は、十分に果たしてくれた。
ここからが本番だ。さて、どうなることやら。
「だったら、条件を言おうか。まずは、目隠しと俺の魔力を受け入れること」
「わたしも、ご主人さまの魔力を受け入れたんですよっ」
ウェスは笑顔で俺の隣に立っている。そんな様子を見て、俺とウェスの間で視線を行き来させている人も居る。
「何か、悪いことをするつもりなんだろう! 俺はお断りだ!」
「私はやる。どうせ、死ぬのが遅いか早いかの話だもの」
まず、一人釣れた。悲壮な覚悟がただよっている様子だ。まあ、相手の事情なんて気にしても仕方ない。仲良くなれば変わるかもしれないが、俺のやるべきことには関係ないのだから。
とにかく、転移でブラック領に連れて行く。そして、仕事を回す。それだけをすればいい。
「なら、こっちに来てくれ。ああ、それで良い」
「あったかい……。これなら、私……」
なんか感極まったような顔をしながら魔力を受け入れている。ウェスは笑顔で見ている。そんなに良い気分なのだろうか。
もしかして、麻薬みたいな効果があったりしないだろうな。いや、それならとっくにウェスに被害が出ている。まあ、問題ないはずだ。
「お、俺もやる。後悔なんか、したくないんだ」
「ふむ。残ったやつは、受けるということでいいのか? なら、並んでくれ」
「はい、目隠しを付けていきますねっ。ご主人さま、しばらく待ってください」
ということで、一通りの相手に目隠しと魔力の侵食を終えた。去っていったものもそれなりに居たが、まあ構わない。受け入れる意思がないものを無理に連れて行ったって、お互いに困るだけだからな。
準備は整ったので、転移に移る。ブラック領に連れて行って、後は仕事に割り振るだけだ。
「さて、用意できたようだな。なら、いくぞ」
転移をして、目隠しを外す許可を出す。すると、奴隷たちは周囲をキョロキョロと見回していた。まあ、いきなり別の場所に来たのだから、当然ではある。
とはいえ、ここがどこかを説明する必要はないだろう。ブラック領だと言ったら、警戒が深まるだけ。まずは信頼を稼ぐのが手だ。
「こ、ここは……?」
「お前たちには、仕事をしてもらう。その対価として、先ほどのような食事を与えよう」
「あれだけが条件じゃなかったのか……」
「どんなに厳しい仕事なの……?」
ちょっと絶望したような顔をしている人も居る。やはり、ブラック領だと言わなかったのは正解だったみたいだ。
ひとまず、軽く安心させるようなことを言っておくか。あまり期待を持たせてもあれだから、軽くだけ。
「少なくとも、食事を取れないほど追い詰めるつもりはないさ」
「ご主人さまは、とっても優しいんですよっ」
「さて、まずは軽く試験を受けてもらおうか。それによって、仕事内容が変わるだろう」
「私は、皿洗いなら得意よ。見てもらえれば、きっと……」
そう言って、前に出てくる人も居た。俺に気に入られれば、良い待遇が得られると思っているのだろう。まあ、間違いではない。
とはいえ、露骨にそういう態度を出せば、他の人から恨まれるだけだろう。かわすのが良い手だろうな。
「それもこれも、試験官に伝えると良い。じゃあ、後は任せたぞ」
「はっ、かしこまりました!」
試験官を任せている相手が、敬礼する。ひとまず、兵士たちも集まっている。いざという時のための備えだな。
そして俺たちは去っていき、落ち着いた場所でウェスと話をしていく。
「ひとまず、うまく行ったみたいですねっ」
「不安そうではあったようだが。まあ、仕方ない部分はあるか」
「ご主人さまの事を知っていれば、すぐに信じられたと思うんですけどねっ」
晴れやかな笑顔で、そんな事を語っている。ウェスは出会ったばかりの頃から、ずっと信じてくれている。だが、そう簡単な話ではないと思う。
俺の人となりを知ったからといって、すぐに信頼できるかは別問題だ。仲間たちは信じてくれているが、俺を敵視しているものも多かった。
奴隷たちの方だって、問題を起こす可能性は否定できない。お互い、信じるためには時間が必要だろう。
「いや、名前を明かしたら不安にさせるだろう。ブラック家だぞ?」
「それもそうでしたっ。でも、そのうち分かると思いますよっ」
「どの道、俺がいなくては帰ることも難しいだろうからな。まったく、困ったものだ」
「でも、きっとみんな幸せになれるはずですっ。だって、ご主人さまですからっ」
ウェスからは、本当に強い信頼を感じるところだ。どこまでも期待してくれているのを感じる。だから、その期待を裏切りたくはない。
奴隷たちが問題を起こさない限りは、全力で守っていきたい。それが、俺達の未来のために必要なことだろう。
「なら、良いが。まずは、結果を待つとしようか」
ウェスはとびっきりの笑顔で返してくれた。良い結果が出てほしいものだ。そうしたら、ウェスだって喜んでくれるはずだ。
少し不安を抱えつつ、俺は未来に思いをはせた。




