475話 課題に対して
現状、潰れた貴族の領にいた奴隷があぶれているのだという。まだウェスから聞いただけで、事実として確認できたわけではない。
だから、ジャンとミルラに相談して、そんな事実はないと帰ってこれば終わる話だ。とはいえ、ブラック家にまで流れる噂となると、そう軽視はできないんだよな。
純粋にここまで届く噂となると、それだけ多くの人が話して伝えていることになる。何も無いところから湧き上がってくる噂なら、もう少し狭い範囲で収まる気もする。
もう一つの可能性として、何者かが意図を持って流した噂という可能性だ。まあ、他の貴族やら何やらだな。
兎にも角にも、話さなければ始まらない。ということで、当事者であるウェスも連れ立ってふたりのもとに向かった。
「ジャン、ミルラ。ちょっと、相談があってな」
「ウェスさんも連れてきたということは……。ああ、そういうことですか」
ジャンはすぐに頷く。ミルラも落ち着いた顔をしているし、分かっているみたいだ。となると、俺が噂を知らなかったのは、伝えられなかったからだろうな。
まあ、分かる話ではある。他領の奴隷なんて、どうしろという話だ。関係が悪い相手なら、領民を奪ったという話になりかねない。噂を聞く限りでは、持て余しているのだが。それでもだ。
とはいえ、噂が真実だという可能性は上がった。反応からして、確度の高い情報をつかんでいるはずだ。
「お前たちは、噂を知っていたんだな。やはり、優先順位は低かったか?」
「そうでございますね。ただ、レックス様の望みが私の望みでございますれば」
「兄さんがやりたいことをやった方が、人員のやる気も大きいですからね」
ふたりとも、俺のやりたいことを支えてくれる。本当に得難い仲間だよな。他の仲間も同じではあるが。
利益を計算できる相手だからこそ、俺の意志を優先してくれる重みは大きい。多少の損を飲み込んでくれているわけだからな。たぶん、他のみんなもそうだろう。
あらためて、俺がどれだけ周りに助けられているかが分かる。ワガママを言ってばかりだな。
まあ、俺が意見を引っ込めることは、仲間たちは望まないだろう。俺を支えようとしてくれる人ばかりだからな。それに、嫌なら嫌と言うだろうし。俺はみんなの気持ちを大事にしたいし、みんなも理解してくれているはずだ。
それなら、まっすぐに進んでいくべきだよな。変に自分を曲げる方が、みんなを困らせる気がする。
「助かる。それで、どれだけなら受け入れられそうだ?」
「限界までなら、万でも不可能ではないです。ただ、余裕を持たせた方が良いでしょうね」
「同感でございます。不測の事態に備えておくことは、必要ですから」
「そうですねっ。一番ダメなのは、集めてから失敗することですからっ」
まあ、当たり前のことだ。共倒れになってしまっては、結局助けることすらできていないのだから。
理想を言えば、すべてを助けることではあるのだろう。だが、不可能だ。余裕を持たせないということは、一回災害や大きな事件が起きただけで破綻するということだ。
いくら食料の備蓄があろうと、平常時に吐き出し切るべきではない。ジャンやミルラは、誰よりも分かっているのだろう。なら、ここは聞くべき。
まあ、そもそも万を運ぶのは現実的ではない。転移はあくまで俺個人の力なのだから。一万人も運ぶのに、どれだけかかることやら。
「まあ、俺の転移で運ぶことを考えたら、かなり余裕はありそうだな。とはいえ……」
「わたしは、目隠しをすれば良いんじゃないかと思いますっ」
ウェスは俺の心配事を理解してくれたみたいだな。転移という手札は、隠せるだけ隠しておきたい。まあ、前にも言っているからな。分かりやすかったのだろう。
目隠しというのは、悪くないと思う。仮に景色が変わったとしても、適当に馬車っぽい揺れを演出するだけで違うはずだ。転移というのは一般的には絵空事だろうし、そう信じられないものだ。
「ふむ。勘の良いやつは察しそうではある。ただ、かなりの効果はありそうだ」
「口が軽いと、困りますね。兄さんの転移は、隠せるなら隠したいですし」
「転移ができるとなると、暗殺も可能でございますから。いらぬ警戒を招くかと」
冤罪をふっかけられる可能性も、なくはない。俺の転移で殺されたのだという体で、別の誰かが邪魔なやつを消すことだってあり得る。
そうなってくると、やはり表立って言えないレベルの話で抑えておきたくはある。
「そうなんだよな。公然の秘密のような気もするが、ハッキリと表に出すのはな……」
「なら、ご主人さまの魔力を使えばいいと思いますっ。普段は守って、いざという時には……」
最後の方を言うあたりで、とても冷たい目をしていた。つまり、処分することも検討しているのだろう。
あんまり殺しを手段として使いたくはないが、最悪の場合はやるだろう。褒められた考えではないが、一人の犠牲で十人を救えるのならという話だ。
特に、仲間に被害が出そうになったら、俺はためらわないのだろうな。まったく、染まってしまったものだ。ため息が出そうになる。
「ウェスも、そういう提案をするんだな。残酷なことは避けたいのかと」
「ご主人さまの敵は、わたしの敵ですからっ。そこは迷いません」
キッパリとハッキリと、ウェスは宣言した。奴隷を助けたいという気持ちは、本物ではあるはずだ。それでも、俺のことを優先してくれる。
どうしても、嬉しいと思ってしまうな。純粋だったウェスを、俺が変えてしまったというのに。
「ありがとう、ウェス。そうなると、どうやって受け入れさせるかになるが……」
「食べ物を用意するのはどうでしょう。美味なものを食べさせて、それで誘導するのは」
「飢えているのなら、効果的だと存じます。もっと食べたいという欲求を刺激してはいかがでしょう」
ミルラの提案は、納得できるものではある。良い生活ができると思えば、釣られる相手はいるだろう。美味しければ美味しいほど、効果的なはずだ。
あるいは、最後の晩餐だと割り切って受け入れる人も居るかもしれない。いずれにせよ、良い策だと思える。
「とはいえ、あまり豪華なものを出してもな。次が食べられなくては、続かないだろう」
「奴隷なら、普段通りの食事で大丈夫だと思いますっ。わたしも、そうでしたからっ」
ウェスが言うと、重いし説得力がある。かつて奴隷だった経験が、そう言わせているのだろうから。
ただ、俺のために意見を出してくれているんだ。きっと、苦しい気持ちもあるだろうに。だったら、その気持ちを無にするわけにはいかないよな。
「なら、その方向性で行くか。準備が整ったら、俺の転移で運ぼう」
「わたしも、お手伝いしますっ。説得するのなら、ちょうど良いと思いますっ」
「失礼にはなりますが、獣人が大事にされているのは良い証になると存じます」
「大丈夫ですよっ。ご主人さまのためなら、なんだって使いますっ」
ウェスは握りこぶしを作っている。かなり気合いが入っているみたいだな。
ミルラの言うように、説得材料としては悪くないのだろう。この国では、獣人は被差別民族だ。たかが獣人でも立派な服を着られるのなら、自分でも。そう思ってもおかしくはない。ウェスには悪いが、効果的なんだろうな。
「では、こちらで食事や受け入れの準備を進めますね。兄さんも、頑張ってください」
「ああ。手伝ってもらうんだから、できる限りの成果を出さないとな」
ウェスは、俺のことをまっすぐな目で見ていた。その期待に応えられるように、全力を尽くす。それで、良いだろう。
さて、あとは本番を待つだけだな。なんとしても、成功させてみせる。




