474話 本当の気持ち
メアリの噂も落ち着いて、今は穏やかな時間を過ごすことができている。家族や仲間とも、それなりに話をしていたりするな。
やはり、俺にとって大事なものは、大切な人との時間だ。あらためて、実感できる。
そんな中で、誰かとふたりで話すこともある。今はウェスと、世間話をしているところだ。お互いに笑顔になれる、良い時間だと思う。
楽しく話をしていたのだが、ちょっとだけウェスの顔が変わったように見えた。真剣な顔をして、こちらを見ている。何か、悩みごとでもあるのだろうか。少し姿勢を正して、ウェスの話を聞いていく。
「ご主人さまは、こんな噂は知っていますか? 最近潰れた貴族の奴隷が、行き場を無くしているって」
ウェスが話に聞くということは、メイドたちの間で流れている噂なのだろうか。
俺は知らないんだが、情報収集に問題があるのか、あるいは必要ないと報告を受けなかったのか。どちらかによって、今後の対応が変わってくるな。
まあ、遠くの民衆が荒れていることを当主が知るべきかというと、どちらとも言えるラインだとは思う。ブラック家の運営に関わることもあるだろうが、当主が自ら方針を打ち出すべきかは怪しいところ。
一応、他領から難民が流れてくる可能性なんかも否定はできない。ただ、ブラック家の評判を考えたらもっと別の場所を選ぶだろうということも分かる。とりあえず、ジャンとミルラに話を聞いてみるべきかもしれない。
ふたりが知らないのなら、さすがに問題だとは思う。ただ報告していないだけなら、どうすべきか。俺がすべての情報を知るべきだとは思わないから、判断に迷うところだ。
まあ、まずはウェスから詳しく情報を集めていくか。どう話を進めるにしろ、そこからだ。
「ふむ。確かに、あってもおかしくはないか。奴隷を使うにも、人や財産が必要なのだし」
「そうですねっ。最低でも、食事くらいは用意できないといけませんし」
ウェスは少し複雑そうな顔をしているように見える。かつて、ウェスは奴隷だったからな。今は俺のメイドをしているが、昔はひどい重労働をさせられていた。事故にあって、処分されかけたり。結局、俺が助けたのだが。
そう考えると、分かる。ウェスの立場からすると、他人事ではないのだろう。奴隷という立場の人間がどうなっているかに、自分を重ねてしまうのかもしれない。
「ああ。もしかして、ウェスは助けたかったりするのか?」
「今になって、ご主人さまの凄さを感じますねっ。人を助けるのは、簡単じゃないんですっ」
話をそらされたのか、遠回しの肯定なのか。ちょっと悩むところだ。
ただ、人を助けるのは本当に難しい。ウェスの時だって、結局はひとりしか助けられなかったのだし。あの時は、奴隷という仕組みにメスを入れることなんてできなかった。
命をかけて当主に反抗する勇気なんて、俺にはなかったんだよな。ただ、仕方なかった部分もある。
「確かに、そうだな。抱え込んで自分が潰れたら、助けになったとは言えないのだし」
「はいっ。ご主人さまに、わたしの気持ちでご迷惑はかけられませんっ」
微笑みを浮かべながら言っている。それだけで、ウェスの気持ちは分かった。
「ということは、本当は助けてほしいんだな? ……そうだな。即答はできない」
「分かりますっ。どれだけ助けられるか、ちゃんと考えないといけないんですよねっ」
言い訳になることも、否定はできない。ただ、俺は感情だけで動ける立場ではないからな。俺は、仲間の人生を背負っているんだ。だからこそ、安易な判断はできない。悲しいことではあるが。
助けたいという気持ちも、なくはない。ただ、仲間より優先することではないだけで。
なんだかんだで、俺も冷たいのかもな。少し、ウェスの目を見るのが怖かった。ウェスは、今も微笑んだまま。
「ああ、そういうことだ。むやみに手を出して俺たちが潰れれば、最悪の結果になるだろう」
「希望を与えられて、奪われる。それって、とても残酷ですからっ」
「その通りだな。手を出すのなら、相手の人生に責任を持たないと」
俺の言葉は、本心でもある。中途半端が、一番良くない。それだけは、間違いないはずだ。
「わたしも、ジュリアさんたちも、ちゃんと大事にしてくれますからねっ」
「逆に、そうできないのなら、見捨てた方がマシだ。変に希望を与えなくて済む」
「本当に、難しいですねっ。きっと、ご主人さまだって……」
ウェスは、目を伏せている。言いたいこともあるのだろう。悔しさだって抱えているはずだ。それでも、我慢してくれている。
だからこそ、簡単に助けるだなんて言えない。ウェスが大切だからこそ、ブラック家が傾くような判断はできないのだから。そうなってしまえば、ウェスは行き場を無くしてしまうだろう。
「だからといって、俺のやれることには限界があるからな。ウェスには、たまたま手を伸ばせただけだ」
「でも、しっかり考えてくれるんですよねっ。それで、十分です」
優しい笑みを浮かべて、ウェスは頷いた。きっと、本音ではないだろうに。
だが、だからこそやるべきことがある。ウェスの想いを胸に、真剣に検討することだ。無理なら無理で仕方がない。ウェスだって、分かってくれるだろう。
それでも、何もせずに諦めることだけは違う。まずは、何が課題になるのかを考えなくては。
「考えるべきことは、そう多くない。受け入れられる人数、運ぶ手段、相手の選別手段だな」
「お食事や家がなくちゃ、どうにもできませんからねっ」
キャパシティを超えた時点で、計画は破綻する。そうならないように、できる限り検証を進めていくべきだ。
おそらく、全員を受け入れることは不可能だ。ただ、少なくとも数人レベルなら受け入れられるだろう。その間のどこにするか。よく考えなくてはな。
「ああ。それに、ここから遠い場所でもある。行き場を無くした奴隷がブラック家にやってくるのは、難しいだろう」
「わたしだって、ブラック家から逃げ出すなんてできませんでしたからねっ」
おそらく、噂や布告を流したところで、ブラック領にたどり着く前に死んでしまうんだよな。となると、転移で運ぶことになる気がする。
それはそれで、機密を守れるかが怖いんだよな。転移能力なんてものが大きく広がれば、確実に問題になる。今でも気づいている人はいるだろうし、すでに仲間は知っている。だが、より多く広がっていくのなら、より多くの問題が起こるだろう。
とにかく、転移ですべて解決とは言い切れない。これもまた、考えるべきことだ。
「ああ。それに、善良な相手とも限らない。誰も彼もを受け入れることは、したくないな」
「わたしたちのことを、考えてくれているんですよねっ。確かに、大事ですっ。ご主人さまの敵は、いりませんからっ」
「ウェスたちを傷つけようとするようなやつは、さすがに許せないからな」
「やっぱり、ご主人さまは優しいですっ。ずっと、変わらないですねっ」
ウェスは尊敬の目を向けてくれている。優しいかどうかには、議論の余地があるだろう。俺だって、多くの敵を殺している。それだけでも、否定材料と言えるのだから。
とはいえ、ウェスにとって優しい存在でいたいという気持ちはある。仲間を大切にできなくなったら、俺は終わりだろうからな。
「できれば、変わりたくないな。お前たちを大事にできる俺であることだけは」
「きっと、大丈夫ですよっ。ご主人さまは、ずっとわたしのご主人さまですっ」
そう言って、ウェスは最高の笑顔を見せてくれた。
さて、今のブラック家に、どこまでのことができるだろうか。どうであれ、俺は全力を尽くすだけだ。胸に誓いを込めながら、ジャンやミルラに相談する内容を考えていた。




