460話 少しでも変わること
インディゴ家での戦いを終えて、俺たちはブラック家に帰ってきた。フェリシアとラナは、それぞれの客間へと向かっていく。
俺とメアリは、ひとまずはリビングに行く。その先には、微笑むモニカがいた。
「おかえりなさい、レックス、メアリ。待っていましたわよ」
穏やかな声で、両手を広げながら言う。本当に、子を迎える母のようだ。なんとなく、愛情のようなものを感じる気がする。
俺だけでなく、メアリの方にも優しい目を向けている。これは、どうなのだろうか。
気になるが、いま指摘してしまっては良くないだろう。とりあえずは、いつも通りの対応をしよう。そう考えて、俺は笑顔を浮かべる。
「ただいま、モニカ。といっても、そう経っていないけどな」
「敵は片付けたの。それで、十分でしょ?」
メアリの声は、いつもより平坦な気がする。まあ、メアリから見てモニカは良い母親ではないだろうからな。仕方ないとは思う。
そもそも、俺がまともに愛されるようになったきっかけですら、美容魔法が使えるからだからな。それほどに美を大事にしていたし、俺たちを軽んじていた。その事実は、否定できない。
実際、俺以外の子供に愛情を注いでいるような姿を見たことがない。つまり、そういうことだろうな。
ただ、モニカは穏やかな笑顔を浮かべ続けたまま。やはり、何かが変わったのかもしれない。
「ふたりとも、心配していましたのよ。可愛い我が子を戦いに送り込むのは、心苦しいですもの」
胸を抑えながら、そう言っている。メアリのことも、可愛い我が子だと言っているように聞こえる。
対するメアリは、ちょっとだけ冷たい目をしている。まあ、当然だよな。急に優しくしてきたところで、そのまま受け入れることはできないだろう。
だからといって、仲良くしろとも言えない。それは、メアリの気持ちを無視するも同然だからだ。嫌いという感情そのものは、絶対に否定してはいけない。それだけのことを、モニカはした。
とはいえ、少し悲しくはある。家族みんなで仲良くできたら、それが最高なのにな。まあ、表に出すわけにもいかない。ひとまずは、会話を続けよう。
「ありがとう。まあ、大丈夫だ。いざとなったら、俺がどうにかする」
「どうせメアリが勝つんだから、別に良いのに」
メアリはモニカの方にあまり目を向けない。それでもモニカは微笑み続けたまま。なんというか、少し気まずい。
しかし、俺が離れてしまえば、もっと険悪になるのが目に見える。少なくとも、今はここに居なければ。
「あらあら、嫌われてしまいましたわね。でも、仕方のないこと。これまでのわたくしは、ダメな親でしたもの」
「そう。やっと、分かったみたいなの」
メアリの言葉は、とても重い。幼いメアリが、ハッキリとダメな親だと言う。それが、どれほどの事実か。
幼い子供というのは、虐待を受けていてすら親から離れようとできない時すらある。その壁を超えるくらいの嫌悪感を植え付けてしまったのだろう。本当に、悲しい話だ。
だから、原作でのメアリは悪役だったのだろうな。歪むだけの理由なんて、いくらでもあったのだろう。
「メアリ……」
「わたくしは、何も見えておりませんでしたわ。許してほしいとは言いません。それでも、愛したいのです」
「別に、好きにすればいいの。邪魔さえしなければ、それでいいの」
モニカの方を向こうともせず、ただ平坦に語っている。不幸中の幸いと言って良いのか分からないが、拒絶するような感情すらないのだろう。
だからこそ、俺はメアリをなだめることなんてできない。今のふたりを比べたら、俺はメアリを選ぶ。お互いのしたことを考えれば、当然の判断だ。
それでも、できるだけまっすぐに向かい合いたい。できることならば、仲良くなってほしい。難しいとは、分かっているが。できる限り言葉を選びつつ、俺はモニカに告げる。
「俺としては、行動で示してくれとしか言えない。母さんには悪いが……」
「分かっていますわ。わたくしの勝手な気持ちですもの。ただ、わたくしは本気ですわ」
「ふーん。ジャンのことは、どう思っているの?」
「大切な息子ですわよ。ブラック家をよく支えてくれる、わたくしの誇りですわ」
メアリの質問に、モニカは返す。ひとまず、本心だと思いたい。そうでなくても、建前を取りつくろうことはしている。大きな一歩だと言えるだろう。
これまでのモニカは、俺以外のことをどうでもいいと思っていたようだし、実際に表に出していた。隠せるようになっただけだとしても、意味はある。
まあ、それでメアリやジャンがどう思うかは別の話ではあるが。その感情に寄り添うのが、俺のやるべきことだろう。とはいえ、モニカの気持ちも褒めておきたい。
「モニカがそう思ってくれるのなら、嬉しいよ」
「お兄様は、メアリにどうしてほしいの?」
こちらを見ながら、メアリは小首をかしげている。さて、どう言ったものか。本音としては、仲良くしてほしい。だが、メアリに我慢しろとも言いたくない。
メアリの目を見ると、ひたすらにまっすぐなように思えた。なら、俺もまっすぐに向き合うべき。そう判断して、俺は返す。
「できることなら、仲良くしてくれると嬉しいが……。メアリが嫌なら、仕方ないな」
「お兄様が仲良くしてほしいなら、少しは頑張るの」
「メアリは優しい子ですわね。誇らしいですわ」
「そう。お母さんって、そう思うんだ」
ひとまず、モニカの目を見ながら言っている。俺の言葉を、受け入れてくれたみたいだ。正直、泣きそうになる。
どれだけ嫌なことがあったのかなんて、想像しかできない。それでも、俺のために頑張ってくれる。うんと褒めてやらないとな。そんな気持ちでいっぱいになった。
「メアリは本当に成長したよ。強さも、心も。とても立派だ」
「お兄様のおかげなの。ずっと、支えてくれたから」
「本来なら、わたくしの仕事でしたのにね。レックスには、負担をかけましたわね」
本当に反省しているように聞こえる。だから、その気持ちは肯定したい。ただ、モニカの言葉には絶対に否定しなければならないことがある。
「メアリが大好きだったからだよ。負担だとか、そんな事を思ったことはない」
「お兄様は、やっぱり優しいの。ね、ぎゅってして?」
メアリはこちらに近づいて、抱きついてくる。その力は、いつもより強い気がした。やっぱり、負担ではあったのだろう。
嫌な気持ちがあったとしても、我慢しながら頑張ってくれる。どれほど良い子か。やっぱり、最高の妹だ。
少し残酷なところはあるにしろ、俺が向き合って支えていけばいい。いつか、きっと分かってくれるはず。そうだよな。
俺は全力で、メアリを優しく抱きしめていく。
「良いぞ。いくらでも、甘えてくれ。いつまでだって、可愛い妹なんだ」
「可愛い妹なだけじゃ、困るけれど……。でも、メアリもお兄様が大好き」
「うふふ、微笑ましいですわね。兄妹が仲良くしているのは、素晴らしいことですわ」
そう言って、モニカは柔らかく笑みを浮かべる。これからは、少しずつでも仲良くなっていけたら。そんな希望が、俺の中に芽生えてきた。
「一応、本気なんだ……。じゃあ、少しくらいは仲良くしてもいいの」
「嬉しいですわ、メアリ。あなたも、可愛い我が子なのですから」
いつくしむような顔で、メアリの方を見ている。その姿からは、本気の愛情が見えるようだった。
これから、ちゃんとメアリやジャンを愛してくれるのなら。俺は、モニカを母としても尊敬できるだろう。
「モニカも、かなり変わったな……。少し、安心できたよ」
「レックスたちが頑張っているのですもの。わたくしだって、変わらなければ」
「そうか……。本当に、嬉しいよ」
モニカはそっと笑った。いつか、俺達が本当の親子のようになれたら。そんな気持ちを抱えながら、俺も笑顔で返した。




