459話 ラナの欲望
あたしはレックス様のしもべとして、すべてを捧げると誓いました。大勢の前で、証として。その誓いは、今も壊れていません。
そのために、インディゴ領までレックス様を連れてきたんです。今は、レックス様は情報を集めていますね。あたしは、ひとりで策を練っていました。
大切なことはひとつ。レックス様が求める時には応える。困っているのなら、手を差し出すべきなんです。
メアリ様が狙われている現状、レックス様は心配しているでしょう。その状況で、あたしが何もしないわけがないんです。
フェリシア様とともに、あたしはブラック家への援軍として訪れました。表向きは、自分たちも狙われているという体で。いえ、狙われていることは事実ではあるのですが。
結局のところ、あたしが敵とすべき相手は、レックス様の敵なんです。それ以外のことなんて、どうでもいい。自領だって、民だって。とはいえ、それらは大切に扱うべきですけれど。レックス様に捧げられるべき物なのですから。
つまり、レックス様と協力することは、あらゆる意味で都合が良いんです。レックス様の所有物を、適切に守ることができる。それだけが、あたしの狙いでした。
ただ、焦りが湧いてくることも事実なんです。フェリシア様やメアリ様の動きを見ていると。ふたりとも、レックス様への対応を身に着けている様子でしたから。思わず、歯を食いしばってしまいます。
「あたしも、レックス様の心に残らないといけません」
レックス様に必要とされなくなった時が、あたしの終わり。生きている意味を、すべて失う瞬間なんです。
だから、あたしは手をこまねいてなんていられない。女として負けることなど、許されないんです。
とはいえ、今のままでは難しいでしょう。そんな現実が、見えていました。
「ただ捧げるだけだと、足りなくなってきている気がします」
どうにも、他の人たちの動きが気になります。レックス様のもとに、新しい人材が雇われたり。何か大きな活動をしているようだったり。つまり、誰かが貢献しようとしているんです。
あたしは、働きで劣るわけにはいかない。レックス様の役に立って、あたしの価値を認めてもらわなくてはならないんです。
ただ、どうしても足りない。あたしがすべてを捧げようとするだけでは、道が見えてこないんです。
「あたしの身も心も、財産も、すべて捧げたい。けれど、望まれていませんからね」
少しだけ、震えてしまいます。あたしの最大の壁が、そこにありました。貞操を捧げようとしても、悲しい顔をされるだけでしょう。無理なんてしなくて良いと。
そして、領民や利益をすべて渡すこともできないでしょう。あたしが苦しんでいると思われてしまいます。同時に、領民を軽んじると判断されてしまいます。避けるべきことですね。
あたしは、袋小路にいました。ただ前に進むだけでは、決して願いは叶わない。分かりきっていたんです。
「フェリシア様は、いえ、他の人たちも。自分の手段を見つけています」
フェリシア様は、からかいながらも大事な場面では支えています。メアリ様は、甘えながら真剣さも見せています。転じてあたしは、ただ一面的に捧げようとするだけ。
明確に、あたしは足りていないんです。レックス様の心に残るための戦術を、形にできていないんです。
「あたしも、もっと先へと進まないと」
胸に手を当てて、誓いました。あたしの全身全霊をかけると。レックス様のために、あたしのために。
そう。これまでと同じようにするだけでは、何も変わらないんです。あたしのするべきことは、これまでのあたしを捨てること。新しいあたしを形にすること。
だからといって、レックス様が大事にしてくれる部分は捨ててはいけないんですけれど。本当に、難しいものです。
まずは、現在の状況を整理しましょう。あたしはレックス様の心に残りたい。今はメアリ様が狙われている。だったら、その心配事を消し去るのが、手っ取り早い手段ではあるでしょう。
「メアリ様を支えることが、現状では大事です」
もちろん、今だけはですけれど。レックス様の妹ですから、排除するのは論外です。けれど、事件が終わってしまえば恋敵でもありますから。そこから先は、また別の話。
それでも、今はメアリ様の問題を解決するのが最優先事項です。
「ただ、あたしの価値も示さなくては……」
今ある課題を解決しても、今後には続かないですから。継続的にあたしの価値を示すには、根本的に方針を見直さなければいけません。
そう。あたしだけが持つ何かを手に入れなければ、勝負の土台にすら立てないんですよ。
「貴族としても、魔法使いとしても、あたしは半端者。突き抜けた何かが、必要なんです」
とはいえ、望んで手に入るものではありません。あたし自身の手で、どうにか生み出さなくてはならないのです。他の誰かが持っていない何かを。
少なくとも、あたしは才能を持ち合わせていない。ですから、後天的に手に入れた何かでなくてはならないんです。今あるものは、レックス様への感情だけ。それですら、他の人と比べて飛び抜けているとは言い切れない。
あたしは、愛ですら負けるんでしょうか。そのくらいなら、いっそ。そこまで考えて、あることが思い浮かびました。瞬間、唇が釣り上がるのを感じたんです。
「あたしに必要なのは、覚悟かもしれません。あたしの気持ちを、押し付ける覚悟」
みなさんがレックス様に対して配慮しているからこそ、取れる手段でもあります。もちろん、レックス様があたしを受け入れてくれるだろうからでもありますけれど。
誰も、直接的に好意をぶつけたりしていないんです。結ばれたいと、宣言していないんです。だったら。いっそ押し切るのは悪くない。そう思うんです。
「そうですね。レックス様に、あたしを貰ってもらうんです」
本当に、唇を捧げてしまえば。あたしの覚悟は伝わるでしょう。絶対に引かないという気持ちは。
想像しただけで、頭に甘いしびれが走りました。レックス様に、あたしを捧げる。それが現実になる未来が見えて。
「いっそ、寝所に潜り込んでみましょうか……。いえ、気づかれるでしょうね」
レックス様のことですから、寝ていても気づくと思うんです。それに、他の人だって警戒しているかもしれません。肝心要の本命にたどり着けないのならば、無意味です。
他に、何かあるでしょうか。あたしを強制的に意識させるだけの行動は。
「レックス様の手を取って、大事な場所にでも触ってもらいましょうか」
そうすれば、あたしがどれだけ本気かなんて、絶対に分かります。きっと、とても幸せですよ。レックス様の手が、あたしのいろんな場所に触れる。どんな事をしたって、他では代わりになりません。
レックス様だって、きっと嬉しいんじゃないでしょうか。
「そこまですれば、まず忘れられないと思うんですよね……」
レックス様に、あたしが女だってことを刻みつけられる。それは、とても素晴らしいことです。保護者のような目をしてくる人ですからね。それを変えられるだけで、大きい。
あたしのことを、欲望の対象として見るレックス様。全身が震えてしまったのを、強く感じました。
「いっそ、あたしに欲望を吐き出してくれれば……」
レックス様になら、何をされても良いんですけれどね。我を忘れるほど求められたら、最高じゃないですか。
獣のような目であたしを見るレックス様ですか。良いですね。
「なんて、あり得ないですよね。レックス様は、お優しいですから」
ため息をついてしまいます。せっかくの甘い想像が、吹き飛んでしまいました。残念ではありますが、もう少し手段を変える必要がありそうですね。
「でも、方向性は見えた気がします。レックス様に、必要なものを押し付けることですね」
ブラック家やレックス様本人が求めるものを、強引に。結果として、あたしもレックス様も利益を手に入れるんです。それが、お互いに得をする取引というものですよね。
レックス様のためなら、なんだって捧げられる。あたしは、今でも変わっていないんですよ。
「ふふっ、あたしを奪ってくださいね。そうじゃなきゃ、もっと大変なものを……」
領民を捧げるのも、良いかもしれないですね。あるいは、インディゴ家そのものでしょうか。それらを拒むのなら、代替案が必要ですよね。
だから、レックス様。あたしを、あなたのものにしてくださいね。身も心も、ぜんぶをね。




