458話 成長の一歩
インディゴ領までやってきて、俺たちは敵を迎え撃つ準備を整えた。魔剣士と呼ばれている傭兵は、二つ名がついているだけあって、噂話をつかみやすかった。
闇魔法での調査も合わせて、ほぼ敵の進路を確定できたと言って良い。そこで、俺たちは待ち構えている。
転移に必要な俺、直接戦うメアリ。そして当事者であるラナと、ついてきたフェリシア。このメンバーだ。
とはいえ、基本的にはメアリだけが戦う予定になっている。いつでも介入できるように、備えはしておくが。
そんなメアリは、元気いっぱいに杖を握りしめている。
「お兄様、見ててね。メアリ、やっちゃうんだから!」
「敵と戦う時は、あんまり大声を出さないようにな。見つかりやすくなる」
「それに、こちらの意図も伝わりやすくなりますからね。指示なら、ちょっと違うんですけど」
気合いを入れるという意味では、技名を叫ぶというのは悪いとも言い切れない。どうせ魔法の名前を言うのなら、全力を注いだ方が良いかもしれない。
とはいえ、あんまり複雑な指摘を一度にしても、困らせるだけだろう。今回は、できるだけ見つからないようにするという考えだけを教えられれば十分だ。
しっかり段階を踏んでいかないと、余計に悪くなるということもある。理論をかじったせいで、ビギナーズラックが消えるみたいな。
「分かったの。じゃあ、行ってくるね」
メアリは真剣な目で頷いて、まっすぐに敵へと向かっていく。強い意志を感じて、これなら行けそうだと思えた。
「戦士の表情ですわね。メアリさんも、立派になって」
フェリシアの言葉は、俺も同意するところだ。
そんな俺をよそに、メアリは傭兵たちの前に出ていく。すると、リーダーらしき男がニヤけながら前に出てきた。
「お嬢ちゃん、どきな。痛い目を見てもいいなら、話は別だがな」
そんな言葉に、はやし立てている声が聞こえる。メアリを甘く見ているみたいだ。正直に言って、質は低いのかもな。魔法使いに、年齢なんて関係ない。それが分からないのだから。
メアリは目を細めて、敵を見ているよう。そのまま、杖を敵に向けた。
「ふーん。メアリに攻撃するつもりなんだ。じゃあ、死んじゃえ。凝縮岩竜巻!」
メアリから、大きな竜巻が飛んでいく。敵は即座に、竜巻に向けて炎を込めた剣で切りかかっていく。あっけなく剣は砕け散り、そのまま突き進んでいく。
「……は? なんだそれ……」
竜巻は、前に出てきた相手だけでなく、敵を一気に飲み込んでいく。誰もが血煙となって、原型すら残さなかった。
おそらく、竜巻を凝縮したまま範囲を拡大して、高い威力と射程を両立させたのだろう。その結果が、鉄すらも砕く竜巻。石や炎、雷が混ざっているとはいえ、とんでもない威力だ。
魔法との合一こそ達成していないものの、並大抵の五属性使いなんて足元にも及ばないんじゃないだろうか。まあ、五属性使いと言うだけで、とんでもない天才なのだが。
「この程度で、終わっちゃうんだ。つまんないの」
平坦な声で、メアリはこぼしていた。こういうところが、どうにも怖い。戦いを楽しむというか、無邪気な残酷さを振り回すというか。
敵を血煙にしておいて、何の感慨も持っていない。俺の価値観では、信じられないことだ。
とはいえ、完全に否定するべきことでもない。命を狙われて、それでも殺すななんて言えないのだから。今は、褒めておこう。いずれ、少しでも理解してくれたら嬉しい。それくらいが、この世界の価値観に合わせた思考になるはずだ。
「お疲れ様、メアリ。魔法の進歩が、よく感じられたよ」
「敵も、弱くはなかったんですけどね。一応、抵抗していましたし」
「二つ名で呼ばれる程度の存在を、しっかりと用意していたということですわね」
俺から見れば単なる弱者ではあるが、ラナとフェリシアから見たら違ったのだろう。となると、敵の考えもある程度想定できるかもしれない。
どうにも、俺は強さに対する感覚が麻痺しているところがあるからな。別の視点は、ありがたい限りだ。
「なら、相応に力を入れていたことになるな。やはり、じれてきたか」
「お兄様、今はメアリのことを褒める時間なの! だから、ぎゅってして?」
そう言って、メアリは俺に飛びついてくる。まあ、今すぐに考えないといけないわけではない。ということで、メアリを抱っこした。
機嫌よく頬をこすりつけてきていて、なんとも可愛らしい。さっきまで人を殺していたとは思えないくらいだ。
「あらあら、メアリさんも女ということですわね。ねえ、レックスさん?」
「俺の妹だと分かっていて、よく言えるな……」
「レックス様の魅力なら、当然だと思いますけれど。まあ、だからこそ……」
「今は、メアリの時間なの。邪魔しないで!」
メアリは頬を膨らませている。たまにワガママを言うくらいなら、むしろ可愛いものだと実感できるな。
とはいえ、俺を異性として見ているのだとすれば、対処が悩ましくもあるが。子供のことだからと油断するのは、なんとなく危険な気がする。
「うふふ。レディの時間は、終わりのようですわね。可愛らしいこと」
「フェリシアちゃんのいじわる! でも、ゆずらないもん!」
フェリシアが笑顔で言い、メアリは俺に抱きつく力を強める。まあ、図星ではあったのだろう。
とはいえ、歳を考えれば仕方のないことではあるんだよな。まだまだ、甘えたい盛りのはずだ。フェリシアにも、困ったものだ。まあ、ライバルに釘を差すのは、ある意味では当然ではあるのだが。
「メアリ様が戦ったんですから、そのご褒美くらい良いじゃないですか。ね、レックス様」
「そうだな。しっかり甘えてくれればいいぞ」
「むー! 子供扱いしないで、お兄様! メアリ、ちゃんとオトナだもん!」
また、頬を膨らませている。まあ、ここで否定すべきではない。本格的に悪いことをするのなら、オトナだと認めた上で誘導するのがいいかもな。悪いやつを倒せればオトナだぞとか言って。実行するやつは、人の心を持っていないが。
とはいえ、オトナだと認めてあげるのは大事なことだ。実際に努力しているのだから、余計に。俺はメアリに笑顔を向けた。
「ああ、そうだな。これまで、ずっと我慢してくれていたもんな」
「ずいぶんと、甘やかすものですわね。妹というのは、そんなに可愛いのですか?」
「当然だ。メアリが居てくれたから、俺はブラック家で安らぎを得られたんだし」
純粋に甘えてくれることが、どれだけ救いだったか。周囲に警戒し続けなければならない日々だったからな。
いま思えば、メアリみたいな子がいてくれたおかげで、俺は立ち上がれたのかもしれない。
「レックスさんは、浮いていましたものね。これは、わたくしの手落ちですわね……」
「だから、今はお兄様を渡さないの! フェリシアちゃんは、後で!」
「あらあら、本当にレディのたしなみを覚えたようですわね。これは、油断できませんわ」
「メアリ様がオトナの魅力を手に入れたら、強敵ですね……」
ちょっと深刻そうな顔で、ふたりはメアリのことを見ている。まあ、他者に譲るということを覚えたのは、本当にレディのたしなみだとは思うが。
ただ、メアリに本気で警戒するのもな。今はご褒美の時間だというのに、余計なことを言うことも。
「まったく、どっちが子供なんだか……」
「言ってくれますこと。ただ、今回ばかりは否定できませんわね」
「お兄様にふさわしいレディに、なってみせるんだから!」
そう、元気よく宣言された。メアリの未来を見守るためにも、さっさと黒幕までたどり着きたいところだ。




