457話 無邪気さの裏に
ひとまず、フェリシアのヴァイオレット家が襲われるという状況には対応できた。今のところは待つという形になっている。
黒幕が分からないことには、俺が実行できることは少ないからな。せいぜい、人の脳から情報を読み取る程度だ。誰彼構わず実行して良いことでもないし、実質的にはなにもない。
ジャンやミルラが調査に動いてくれているようなので、その結果次第で俺の行動が変わるといったところだろう。
そんな中で、また俺とフェリシア、ラナで集まることになった。ただ、今度はメアリも一緒だ。なんとなく、状況が見えてきた気がする。
ラナは落ち着いた表情で、今回の議題について語っている。
「今度は、あたしのインディゴ家が狙われているみたいです」
「なんでも、魔剣士と呼ばれている傭兵がやってくるそうですわよ」
一応、二つ名が付く程度の傭兵を出してきた。原作知識にはないが、相応に本腰を入れてきたと考えてもいいのだろう。
メアリは身を乗り出して、目を輝かせていた。
「それ、メアリがやっつけても良い?」
予想したようなセリフが飛び出る。戦いを楽しむという考えには、ちょっと忌避感はある。とはいえ、自分が狙われているとなれば、心が追い詰められてもおかしくはない。そう考えると、怯えているよりはマシかもしれない。
それに、いよいよ状況を動かすための手が打てるということ。黒幕にたどり着けるなら、反撃に出られる。俺も気分が高まっているのを感じてしまう。
「なるほどな。メアリを動かすことで、相手を振り回したいと」
「そうですわね。インディゴ領を攻めるのなら、敵が混乱している証ですもの。それはそれで面白いですわよ」
「基本的には、ブラック家を狙うんじゃないかと思いますけれどね。転移を知っていようといまいと」
フェリシアの言葉はともかく、よほど不意打ちされない限りはどうとでもなるだろう。まあ、敵の迷走が面白いというのは分からない話ではないが。ただ、ラナが困るんだよな。
まあ、ラナは平気な顔をしているし、俺が口を出すことでもない。そもそも、可能性としてはヴァイオレット家を攻める場合もあるわけで。想定していないとは思えない。
転移を知っていれば、メアリが帰ってくることを見越してブラック家を攻める。知らなければ、相手はブラック家から人質なんかを取ることを狙う。そんな考えだろうか。いずれにせよ、転移という手札があれば、相当有利に対応できる。
「そっちに来ても、メアリがやっつけちゃうの!」
両拳を胸の前で握りながら、元気よく宣言している。とりあえず、最低限の被害で抑えたいものだ。どちらを攻められようと、損害は出したくない。
メアリが狙いということは、そこに集中するとは思う。利用するようで悪いが、手段としては考慮しておこう。危なくなる前に、こちらでも手助けがしたいところではあるが。
「まあ、仕方ないか。頑張ってくれよ、メアリ」
「もちろんなの! 新しい技で、一気に倒しちゃうんだから!」
魔道具を使って、いろいろと練習していたようだからな。ジュリアとの模擬戦でも、何かしら試していた。その技が、本格的に完成したのだろうか。
メアリが強くなってくれるのは、素直に嬉しい。つまらない陰謀なんかが絡んでこなければ、もっと良かったのだがな。
「どんな技を使うのか、楽しみにしているよ。もう使えるってことだよな?」
「今は、半分くらいなの! 魔法と合体するのは、まだなの!」
今のところは、魔力との合一が魔法の最高峰みたいになっている。その先があるのかどうかは、まだ分からない。
とはいえ、単一属性である方が楽に身につけられる技ではある。属性の違う魔力は、反発するものだからな。そこにたどり着くには、並々ならぬ努力と才能が必要だろう。
それでも、メアリならきっと達成できるのだろうな。ひいき目もあるだろうが、それだけの熱意も感じている。
「属性が多いと、かなり難しいみたいだからな。そう簡単には成功しないだろう」
「フィリス先生が使えたんだから、メアリも使うの! そうじゃなきゃ、負けたままなの!」
「良い意気込みですわね。女とは、そうでなくては」
「欲しいものは自分で勝ち取ってこそ、ですからね。あたしも、負けていられません」
少しだけ、ラナはこちらを見る。欲しいものというのは、俺のことなのだろうな。それで修羅場が巻き起こったりしているから、頭が痛い。
まあ、鞘当て程度で済んでいるのなら構わないが。本格的に敵対されると、困るどころの話じゃない。想像しただけで震えてしまいそうなくらいだ。
「だからといって、仲間同士で争うような真似はしないでくれよ。それだけは、頼むぞ」
「レックスさんが答えを出せば、それで終わりですわよ?」
深い笑みを浮かべながら、フェリシアは言ってくる。俺としては、今はそういう事を考えている余裕はないんだよな。
仮に誰かと結ばれたとして、その幸せに浸るだけの時間が得られる気がしない。とにかく、原作を乗り越えないことには。あるいは、その先ですら。
純粋に好みで言えば、なくはないのだが。とはいえ、それを口に出してもな。余計に困るだけだろう。
「お前たちが引き下がるとは思えないんだが、本当に終わりか?」
「あらあら、疑われてしまいましたわね。わたくしたちを、信じてくださらないので?」
「お兄様のことは、絶対に諦めたりしないの! それだけは、決まっているの!」
「あたしも同感ですから、レックス様が正しいですね……。フェリシア様も、そうでしょう?」
「ええ、そうですわね。レックスさんも、分かっていたでしょう?」
フェリシアは瞳をうるませてこちらを見る。どう反応するかに悩んでいると、その前にメアリが答えを出してしまった。ラナもフェリシアに目を向けながら続くし、完全に終わりだ。
楽しげなフェリシアは、目を細めながら俺を見てきた。本当に、俺を困らせたいみたいだ。まったく。
「なら、からかわないでほしいものだな……。俺がどれだけ胃を痛めているか……」
「あらあら。わたくしが、慰めて差し上げましょうか?」
「自分で傷つけて慰めるなんて、とんだ自作自演ですね……」
ラナがじっとりとした目でフェリシアを見ている。どうにも、空気が痛い。もっと仲良くしてくれればとは、口が裂けても言えないが。どう考えても俺のせいだからな。
そんな俺に、メアリは心配そうな目を向けてきた。
「お兄様、痛いの? さすってあげようか?」
純粋に心配される心が、俺を癒やしてくれる気がした。なんだかんだで、とても良い子なんだよな。可愛い妹という感じだ。
俺はできる限りの笑顔をメアリに向けて、頭を撫でていく。気持ちよさそうに、メアリは目を細めていた。
「ありがとう、メアリ。今は大丈夫だから、心配はしないでくれ」
「ふふっ、メアリ様の勝ちみたいですね。まあ、今回ばかりは仕方ないです」
「漁夫の利を、しっかり奪われましたわね。メアリさんも、女ということですか」
計算でさっきの言動をしているとしたら、怖すぎるんだが。メアリはまだ子供だぞ。どれだけだよ。
「おいおい、メアリを悪女みたいに言わないでくれよ……。なあ、メアリ?」
「良い子だから、しっかりぎゅってしてね? ね、お兄様?」
「あらあら。これは、どちらでしょうね。ねえ、レックスさん?」
メアリはじっとこちらを見てきて、フェリシアは楽しそうに微笑んでいた。
いくらなんでも、今は計算ではないと思う。ただ、いずれはそうなるような気もして、背筋に寒気が走ったのを感じた。
メアリには、できるだけまっすぐでいてほしい。そんな祈りを込めつつも、メアリに戦いが待っているという事実にため息をつきたくなった。




