456話 狙われること
ヴァイオレット家を襲撃してきた敵に関しては、撃退できた。そこで、敵から闇魔法で情報を引き抜いていく。
分かったこととしては、メアリを狙っていたというより、フェリシア本人を的にしていたということ。
「フェリシアの魔法には秘密がある、と。メアリの件を考えれば、完全に間違いとも言えないが」
フェリシアというか、単一属性の強い魔法使いが属性を増やすための材料なんだよな。闇魔法を使って、メアリやシュテルの属性を増やした。
ということで、メアリの属性を増やした秘密という意味では、一部は当たっている。ただ、強くなるためにフェリシアを探るのは、まあ無意味だと言っていいが。
フェリシアもラナも、つまらなそうに話を聞いている。単一属性がどれほど不利かは、メアリやフィリス、リーナの強さを考えればよく分かる。
だからこそ、属性の壁を超えるほどの努力を重ねたふたりにとっては、くだらない欲望なのだろう。
「まったく、不愉快極まりないですわね。わたくしの研鑽を軽んじるなど」
「そういうものではありますよ。自分より優れた相手に、卑怯な手段を使ったと語ることは珍しくありません」
実際、前世でもよく聞いた話ではある。勉強でも運動でも、成果を出した相手が隠している秘密があると語ることは。
実際のところ、地道な努力と才能と、後は適切な環境を作れる予算。それ以上の回答なんて、どこにもない。学問に王道なしとはよく言ったもので、奇をてらった手段はむしろ効率が悪いからな。
とはいえ、その事実を認めると自分を否定された気になるような人も居るのだろう。そういうやつらが、フェリシアを狙ったと。腹立たしい限りだ。
「だからこそ、信じるやつも居たと。どこまでが黒幕の計画だろうな……」
「正体さえ明かせば、後は食い破るだけですわね。だからこそ、敵は慎重に動くのですわ」
完全に偶然の可能性も、まあなくはない。そうだとしても、こちらの戦力で打ち破れる範囲なら、倒し続ければ良い。変に焦って成果を出そうとした方が、失敗につながるリスクは高いだろうな。
相手が慎重に動いているからこそ、あまり安易な手段は取れない。スキを見せれば、危険だ。
「徹底的に、自分に繋がる情報は隠している様子だな。さて、どう出るか」
「現状のままでも、相手の手を潰すことはできています。ですから、待ちも強いですね」
「ええ。手段が潰れれば潰れるほど、じれるでしょう。その瞬間こそ、狙い目ですわ」
完全に諦めるのなら、それはそれで良しだな。裏に隠れて気をうかがわれるのが、一番怖い。ただ、そういう相手が取る手段ではないんだよな。
正直に言って、メアリと真っ当に仲良くする手段が一番怖い。そこから情報を引き出して、メアリの思想も誘導するみたいなやつが。直接的な手段に出る相手だからこそ、安心感もある。
「メアリの動きも合わせて、相手の失敗を誘発させたいと」
「失敗して手を引くような判断ができるのなら、もう終わっているんですよ」
冷たい目で、ラナは言う。そうだな。初手で失敗した時点で、動きを変えるのが普通だろう。損害を連続で出して、それでも突き進んでいるように思える。
俺が気をつけるべきは、相手のやけっぱちかもしれないな。とはいえ、全軍突撃みたいなことをしようとすれば、絶対に兆候はつかめる。それこそ、俺の転移みたいな手札がない限りは。
そして、転移なんて手札があれば、メアリをさらう方が早いからな。相手の持っている手札にはない。それは明らかだ。
「確かにな。ここまでの被害からして、ただの魔法に出せる額とは思えない」
「うふふ。成功すれば、一発逆転。いい選択肢ですわよね」
それはマンガでも現実でも破滅一直線の思考な気がする。よほど運が良くて当たったなら、話は別だが。
かけたお金や手間を惜しんだ結果、余計に引けなくなる。そういう思考なんだろう。
「博打打ちになれない性格だな。引き際こそが、博打の本題だと言うし」
「普通は、そう簡単には引けないんですよ。手をかければかけるほど」
「まあ、そうだな。引き際の判断がうまいやつは、それだけで優秀だ」
口にするほど簡単なら、誰もが苦労しない。直接的な損までいかずとも、勝負事で負ける原因になったことは誰にだってあるはず。
「レックスさんは、どちらなのでしょうね。なんて、分かりきっていますわよ」
「あたしたちが関わってしまえば、引くって選択肢は消えそうですよね」
フェリシアは薄く微笑んで、ラナはニッコリとしている。その顔だけで、悪く言われているわけではないのは分かる。
実際、俺には仲間を切り捨てるという判断はできないだろう。たとえ負けるとしても、最後まであがき続けると思う。正直に言って、愚かでもある。
ただ、俺は仲間を見捨ててしまえば、きっと二度と笑えない。それだけは、分かってしまう。難しいものだ。
「否定はできないな……。俺にとって、仲間より優先すべきことはない」
「そんなレックス様だからこそ、あたしは慕っているんですけどね」
「分かった。そんな俺だからこそ、みんなに頼るべきなんだよな」
「うふふ、よくお分かりで。レックスさんも、成長いたしましたわね」
みんなを見捨てられないのなら、一緒に生き延びるしかない。そのための手段を、みんなで探るのが良いのだろう。俺ひとりでは勝てないとしても、みんなとなら勝てる可能性もあるのだから。
直接戦わずとも、ジャンやミルラのように策で支えてくれたり、マリンやクリス、ソニアのように別の技術で助けてくれることもあるだろう。
根本的に、なるべく戦いを避けるという手もある。それなんて、余計に周囲の協力が必要だろうからな。
とはいえ、俺は何度も自分ひとりで解決しようとしてきた。今回で最後だとは、言い切れない。
「どうだろうな……。また、同じ間違いをする気もしてしまう」
「何度でも引き戻して差し上げますから、何度でも間違えて良いんですよ」
「レックスさんの行く先であれば、地獄まで付き合いますわよ」
ラナはじっとこちらを見てきて、フェリシアは深く頷いている。こうして支えてくれる仲間がいることが、どれだけありがたいか。だからこそ、その気持ちを裏切るべきではない。
俺は素直に頭を下げる。ふたりの心に、強い感謝を込めて。
「ありがとう。本音を言えば地獄になんて付き合ってほしくないが、受けるべきなんだろうな」
「ええ。女心を、少しは分かってきたようですわね」
「あたしにとって、レックス様は生きる意味そのものなんですから」
何度も引っ張ってもらわなければいけない男を支えようなんて、ダメ男を好きになっているやつなんじゃないだろうか。いや、ありがたいとは思うが。
ちょっとだけ、呆れたような気持ちもある。俺は絶対、ろくでもない男だからな。だが、そんな俺でも、みんなが慕ってくれる存在なんだ。忘れてはいけないことだよな。
「まったく、いい趣味だことだ。だが、嬉しいよ」
「レックスさんと同じですわよ。わたくしたちを求めるような趣味なのですから」
「そうですね。あたしたちだって、真っ当とは思っていません」
まあ、客観的に見て真っ当かと言えば、俺をハメたりしている時点でな。ふたりとも、両親から投手を奪った立場でもあるのだし。
となると、類は友を呼ぶといったところか。否定はできないが、嬉しくも思ってしまう。まったく、俺も重症だな。
「なら、ある意味ではお似合いというわけか。まあ、今後とも、よろしくな」
そんな言葉に、ふたりとも笑顔で返してくれた。その気持ちに応えることが、俺のやるべきことなのだろう。少し重さを感じながら、俺は大切さを確かめていた。




