455話 恐怖の先
ヴァイオレット家への襲撃に対して、俺たちは転移で対応する。相手の動きは探っているので、後は戦うだけだ。
集団がこちらにやってくるのが、見えてくる。今のところは平原なので、周囲の被害は気にしなくて良い。
フェリシアとラナの様子を見ると、かなり落ち着いているようだ。戦場を前にしているとは思えない。
「さて、いきますわよ。わたくしの力を、見せて差し上げますわ」
「あたしも、頑張りますよ。レックス様に、手間はかけさせません」
ふたりとも、真剣な目をしている。気合いが入っているのがよく分かる。とはいえ、空回りしているようにも見えない。良いコンディションだ。
この調子なら、期待しても良いだろう。安心して見守っていられそうだ。まあ、少しくらいは心配もあるが。
「転移に頼っている時点で、今さらではありますわよ。とはいえ、ね?」
「あたしたちにも、もっと頼ってもらいたいですからね。やりましょうか」
そう言って、ふたりは前に進んでいく。堂々とした姿に見えて、風格すら感じた。
「もったいない技ですけれど、存分に味わいなさいな! 暁炎舞踏!」
フェリシアが消えて、あたり一面が燃え盛っていく。敵も炎に飲み込まれて、あっけなく灰になっていった。
とはいえ、まだ残りはいる。即座に逃げ出した相手たちが、フェリシアの炎は受けなかったみたいだ。
「さて、負けていられませんね! 水流乱舞!」
続いて、ラナが残りの敵を洪水のように飲み込んでいく。その水に取り込まれた敵は、一気に溶かされる。ふたりの攻撃で、敵は原型すら残っていない。
消え去った敵の様子を見ながら、ふたりは気を抜いているようだ。
「ずいぶんと、あっけなかったものですわね。これでは、手応えがありませんわよ」
「そうですね。あたしたちの敵ではなかったみたいです」
「スキだらけなんだよ! 油断しやがって!」
そんな言葉とともに、灰の中から敵が飛び出してくる。俺が対応しようかと思っていると、それよりも早くフェリシアが動いた。
「獄炎。見え見え、ですわよ」
火柱の中に、敵は包みこまれていった。そのまま、灰が散っていく。気づいていて、誘い込んでいたようだ。
フェリシアもラナも、完全に気を抜いた表情をしていたように見えたのにな。まったく、女優だことだな。
「そうですね。二段構えでもないようですし。油断していたのは、どちらでしょうね」
敵は罠に引っかかったというわけだ。俺も騙されていたから、このふたりが敵になると恐ろしいな。まあ、あり得ないとは思うが。
しかし、えげつない戦略を取る。普通に叩き潰しても、何も問題はなかったろうに。わざわざ希望を持たせてから叩き折るのだから。
「なるほど、誘ったわけか。ちょっと焦ったぞ」
「敵を騙すには、まず味方から。鉄則ですわよ」
「ふふっ、そうですね。レックス様を騙すのは、得意ですから」
そう言いながら、ふたりとも微笑んでいる。実際、メチャクチャに騙されたことがあるからな。フェリシアにもラナにも、思いっきり人前で外堀を埋められた。
あの時は驚いたし、焦ったし、困ったものだった。悪態をつきそうになったくらいだ。思わず、ため息が出そうになる。
「お前たちが言うと冗談にならないんだよな……」
「うふふ、ずいぶんと簡単に騙せましたものね。甘いですわよ」
「あたし達ふたりとも、レックス様をハメましたからね」
フェリシアは笑みを深めて、ラナはニッコリとしている。笑い話じゃないんだよな。裏切られたと思ったし、大きな影響も出ている。
悪意がないからこそ、まあ許してはいるのだが。というか、悪意があったら俺は死んでいたかもしれない。
「正直、今でも根に持っているんだが。あれは、ない」
「申し訳ないです……。こんなあたしは、レックス様にふさわしくないですよね……」
そう言って、ラナはうつむいて声を震わせていく。本気で沈んでいるように見える。こういう事をされると、弱いんだよな。
「い、いや。そんなことはないぞ?」
「本当に、甘いこと。薄々察しているでしょうに。ねえ?」
「ふふっ、そうですね。レックス様のお優しさですけれど、ね」
ラナは満面の笑みでこちらを見ている。またハメられてしまった。からかっているだけだから、今回は別に良いが。
なんというか、悪女というか。大切な相手と思う前なら、遠ざけていただろうな。確かに、俺は甘いのだろう。
「まったく、お前たちは……。油断もスキもあったものじゃないな……」
「レックスさんは、わたくしを信じてくださらないのですわね……」
そんな事を言ってくる。明らかにからかわれているので、そのつもりで対処していく。
「この流れで乗る俺だと……。いや、泣くのはやめろ! 分かった、分かったから!」
目に涙を溜められて、耐えきれなかった。演技だと分かりきっていても、負けざるを得ない。この調子だと、ハニートラップに気をつける必要がありそうだよな。
実際、ミュスカの悪意を知っていて絆されてしまったのだし。今となっては、心から俺の友達で居てくれるとは思うのだが。ハッキリ言って、愚かな選択だったと言う他ない。
フェリシアは笑いを抑えきれない様子だった。まあ、それは楽しいだろうな。思うがままに俺を操れるのだから。
「うふふ、お優しいこと。これだから、レックスさんは面白いのですわ」
「否定できませんね……。なんというか、母性をくすぐられます」
悪女と言って、差し支えなさそうだ。まあ、悪い気もしないのだが。とはいえ、とんでもない人だとは思っている。
女は女優とは言うが、完璧に当たっているよな。本当に、恐ろしい限りだ。震えてしまいそうなくらいだな。
「こういう時ばかり協力して……。なんてやつらだ……」
「あら、レックスさんを奪い合った方がよろしいですか? それも、面白そうですわね」
「レックス様は、譲れませんけどね。ただ、私たちが本気で争うことを、レックス様は望みませんから」
本気で俺が怒りを抱く一線を知って、その直前で煽り散らかしてきている。あまりにもひどい。的確だからこそ、困ってしまう。
まあ、困るだけでもあるのだが。振り回されているのも、そこまで悪く思っていないというか。
とはいえ、できれば勘弁してほしいものだ。普通に疲れるし、大変だからな。俺は額のあたりを手で抑える。
「理解されているからこそ、厄介だと思うとはな……。知りたくなかった……」
「うふふ、レックスさんは逃れられませんわよ。ねえ、ラナさん?」
「あたしも、離れたくはないですね……」
まさか、戦いよりも日常の方が負担になるなんてな。ふたりには、本当に困ったものだ。
だが、そんな日常こそが俺の守るべきものなんだ。それは、これからも変わらないのだろうな。




