454話 心配してしまうこと
俺たちは、ひとまずブラック家への襲撃を撃退した。とはいえ、相手は使い捨て同然の傭兵たち。今後も敵の活動は続くと見て間違いない。
ということで、定期的に会議を開きつつ情報共有をしている。通話でも伝わるのだが、必ず出られるとも限らないからな。会える機会があるのなら、会っておいた方が良い。
そんな中、フェリシアは楽しそうな顔を浮かべていた。輝く笑顔で、こちらを見ている。弾むような声で話し始めた。
「レックスさん、今度はヴァイオレット家が狙われているようですわ。兆候をつかみましたわよ」
つまり、フェリシアの家が危険だということだ。それなのに、明らかに楽しんでいる。フェリシアのこういうところは、今でも恐ろしいと思ってしまう。
とはいえ、大切な仲間が傷つけられようとしているんだ。見過ごすなんて、ありえないよな。
「それなら、なんとしても対処しないとな。どこが狙われているとか、分かるか?」
「旧シアン領のあたりですわね。エトランゼさんが居ないことで、弱いと判断されたのでしょう」
フェリシアが当主を一騎打ちで破ることで手に入れた領だ。だから、弱体化と言うには違うのだが。
ただ、一般的な立場として、フェリシアは単なる単一属性の魔法使いだ。そのあたりで、卑怯な手を使ったのだと思われているのかもしれない。
まあ、動機は大きな問題ではない。旧シアン領となると、転移の拠点はある。そこを中心に動けば、どうにかなるはずだ。
「その辺なら、転移で向かうこともできるか。なら、後は戦力だけだな」
「あたしとフェリシア様で、またどうにかしようかと。それで良いですよね?」
ラナはフェリシアに目を向ける。フェリシアはニンマリとしながら頷く。危険な時には協力してくれるというのは、本当にありがたい。
ふたりはお互いをライバル視しているというか、恋敵として意識している様子だからな。火花を散らしている姿も見る。
正直、今の会話だけで息をついてしまいそうなくらいだ。さすがに、それを実行する度胸はないが。
「もちろんですわ。インディゴ家が襲われた時にも、手伝って差し上げますわよ」
「ありがとうございます。心強いですね」
なんだかんだで、互いを認めあっているんだよな。だからこそ警戒している部分もあるのだろうが。まあ、変に指摘せず流れに乗るのが一番賢いはずだ。蒸し返すのはどう考えても愚かだろう。
ひとまずは、無難なことを言っておくか。
「フェリシアもラナも強いからな。そう簡単には負けないだろう」
「それに、レックス様も居ることですから。勝つに決まっていますよ」
「油断は禁物ですわよ。レックスさんとて、負けたことはあるのですもの」
ラナはまっすぐな信頼を向けてきて、フェリシアはからかうようにこちらを見てくる。実際、油断はとても危険なんだよな。どこに強者が隠れているか、分かったものじゃないんだから。
原作の敵の中にも、俺に通用しそうな技を持っている存在は居た。だからこそ、絶対に気を抜いてはならない。十中八九、弱い相手だとは思うが。そうだとしても。いや、そうだからこそ。
「カミラにもエリナにも負けたからな。同じ魔法が使えるのなら、ふたりにも負けかねない」
「あらあら、謙遜も過ぎれば嫌味ですわよ? ねえ、ラナさん?」
「レックス様らしいとは思いますけどね。そこまで嫌じゃないです」
フェリシアは挑発的な笑みを浮かべて、ラナはしっとりと頷いている。言っていることは正しいし、嫌だと思っている部分もあるんだろう。
実際、ふたりを軽く見ているような物言いでもある。反省すべきだよな。
「ああ、それは悪いな……。実際のところ、客観的に見ても俺は強いのだろうが」
「客観的な話でしたら、わたくしたちも強くはありますわね。限界はありますけれど」
実際、フェリシアは四属性使いを倒しているし、カミラと同様の技を覚えている。ラナだって似たような強さではあるはずだ。
だから、そこらの魔法使いを置き去りにしているレベルではあるんだよな。フィリスに勝てるかと聞かれたら、かなり怪しいとも思うが。
どうしても、強さという面ではひいき目で見ることができないな。そこを見誤れば危険だから、当然ではある。それでも、少しばかりは罪悪感も湧いてくる。
「レックス様は、自信があるのか無いのか分かりませんよね。自分で解決しようとしますし」
ラナは笑いながら言っているが、実際俺の悪癖なんだよな。何度も何度も俺ひとりで抱え込んで、そのたびに注意されている。
俺の根本にあるのは、みんなに傷ついてほしくないという気持ちだ。だが、それでみんなに心配をかけているし、結果的に迷惑をかけることもある。
だから、ある程度は頼らないといけない。俺がパンクしてしまえば、結局は無意味なのだから。
「お前たちに戦わせたくないという気持ちが大きくてな。申し訳ない限りだ」
「いえ、それもレックス様のお優しさですから。あたしたちの強さとは、関係ないんでしょう」
「ひどい心配性ですものね。レックスさんは、面白いものですわ」
まあ、俺より強いからといって、心配がなくなるかと言われればな。絶対に不安になるだろう。
とはいえ、今のみんなに勝てるからといって、俺が守るべき存在だというものでもない。みんなにも、それぞれに考えがあるのだから。
「まあ、確かに事実だな。お前たちが傷ついたらと思うと、不安で仕方がない」
「大丈夫です。あたしたちは、絶対にレックス様を悲しませません」
「困らせは、しますわよ。けれど、決して泣かせたりしませんわ」
間違いなく、真剣に俺を案じてくれている。その気持ちを大事にするのが、俺のやるべきことだよな。みんなだって強いんだから、過剰な心配は失礼だ。
それでも、完全に心配を捨てることは無いんだろうが。まあ、そこは諦めてもらおう。俺という人間の核なのだから。
「ありがとう。なら、次はできる限り頼らせてもらうよ」
「次も、ですわよ。わたくしたちは、戦えるのですもの」
「レックス様に安心させられるように、もっと強くなりたいものです」
「あら、先ほど強さと関係ないと言ったでしょうに。本心ではなかったので?」
「フェリシアさん、意地悪ですよね……。分かっていて、言うんですから」
「そうですわね。わたくしにも、分かりますわよ。ねえ、レックスさん?」
俺に頼ってほしいし、信じてほしいと思っているのだろう。俺だって、分かっている。だから、ある程度は甘えるべきなはずだ。
それでも、どうしても不安は消えない。戦いなのだから、リスクをゼロになんて絶対にできない。俺が前に出ようとも、同じなのだがな。まったく、難しいものだ。
「お前たちなら勝てる。そう信じているつもりではあるんだがな……」
「でしたら、わたくしたちを見ていなさいな。力をもって、示してみせますわよ」
そう言って柔らかく微笑むフェリシアに、深く頷くラナ。きっと、その強さは本当に示されるのだろう。心のどこかに、期待している俺がいた。




