453話 フェリシアの型
わたくしは、メアリさんが狙われている状況への対処のために、ブラック家を訪れました。ヴァイオレット家が狙われているのは事実ですが、わたくしひとりでも対処できたでしょうね。
それでもブラック家に来た狙いは、いくつかありますわね。ひとつは、レックスさんの様子を直接確認するため。もうひとつは、メアリさんを助けるという意志を示すため。そして、ラナさんに出遅れないためということもありますわ。
とはいえ、どれも本質的には同じこと。レックスさんにわたくしを刻みつける。あくまで、それだけですわよ。
レックスさんと様々なやり取りをしつつ、わたくしは目標を達成していくだけ。単純なこと。
「レックスさんをからかうのは楽しいですが、それだけではいけませんわよね」
わたくしの手で踊るレックスさんは、それはそれは可愛らしいものです。あたふたしたり、焦ったり、困ったり。そんな表情を見せられては、たぎってしまいます。本当に、いけない人ですわ。
だからといって、ただからかうだけでは足りません。レックスさんのパートナーになるためには、惚れさせてこそですもの。とはいえ、レックスさんは強敵。女に興味がないのかと思うほどですわ。
周囲は女に囲まれていますから、嫌悪感のようなものはない。女と付き合うのが恥ずかしいという思考も感じない。わたくしたちのような相手を恋愛対象として見ていないというのが、感覚として正しい気がしますわね。
歯を噛み締めてしまいそうではありますが、現実から目を逸らしてはいけません。何らかの壁が、レックスさんの心にはある。それを壊さない限りは、誰にだって未来はないのですから。
わたくしだけでなく、レックスさんの周囲に居る女は結ばれたがっている。そして、レックスさんは気づいているのですわ。ひどい男と言ってもいいでしょう。それでも見捨てられないあたり、わたくしも重症ですわね。
だからこそ、立ち止まることなどできないのです。なんとしても、レックスさんを魅了しなければなりませんわ。
「力を示すことには成功しましたが、まだカミラさんと同質の技を使えたというだけですもの」
魔力と自己の合一。カミラさんが開発し、レックスさんも覚えた技。聞けば、フィリス・アクエリアスも使えるとのこと。ラナさんも、わたくしと同様に使えておりましたわね。
ですから、一歩抜きん出るというところには到達しておりませんもの。まだ、並んでいるだけ。
レックスさんの闇魔法には、おそらくは届かないのでしょう。そうだとしても、相応の力を持つべきなのですわ。わたくしは、レックスさんとパートナーになる。それはつまり、対等であるということが前提条件ですもの。
まだまだ、足りないものは多い。努力は欠かせませんわよね。
「ラナさんも油断ならないですし、次の手も必要ですわ」
わたくしに対抗して、大勢の前で外堀を埋めようとしていたようですもの。自分のすべてを捧げると宣言するなど、結婚の誓いのようなもの。それをするということは、本気なのでしょうね。
ただ見ているだけでは、誰かに横からかっさらわれてしまうでしょう。側室を許す程度の度量はあるつもりですが、パートナーの座はゆずれませんもの。わたくしこそが、正妻となるべきなのですわ。
レックスさんが他の誰と結ばれようが構わない。それでも、わたくしが一番であるのなら。
分かっておりますもの。レックスさんは甘い。周囲を見捨てられないほどに。切り捨てられないほどに。優柔不断と言っていい程度には。だからこそ、恋敵を排除するのは得策とは言えないのですわ。レックスさんは傷ついて、その結果として私から心が離れるでしょうから。
それでも、わたくしを選んでもらわなければなりませんが。絶対に、負けませんわよ。わたくしは、手のひらを見つめながら誓いました。
「とはいえ、レックスさんの周囲の仲を取り持つのも、パートナーの役割ですわよ」
正妻というものは、側室たちの動きを管理するものでもありますもの。妾とて、必要となるでしょう。だからこそ、わたくしは視野を広く持たなければならないのですわ。
ただレックスさんに近づくだけでも、周囲を遠ざけるだけでもいけません。レックスさんの望みを最大限に叶えつつ、わたくしが美味しいところをいただいていく。それこそが、戦術というものですわよ。
「メアリさんを助けることは、一石二鳥と言っていいでしょう。わたくしの立場も、示せますもの」
レックスさんの大切にするものは、わたくしも大切にする。そう、内外に示す。とても、大切なことですわ。
そして、メアリさん自身との関係も構築する必要がありますわよね。将を居るための馬として、しっかりと利用しなければなりません。
とはいえ、レックスさんを奪い合う間柄ですもの。ある程度の鞘当ては、避けられませんわ。ただし、本気で潰すのは論外なのです。レックスさんにとっては、愛する妹なのですから。軽くトゲを刺すくらいで、収めるべきでしょうね。
「ある程度協調しつつ、最後に出し抜くのが理想ですわね」
レックスさんが女と結ばれる未来を見ていないというのは、おそらく共通の認識にできるでしょう。ですから、手を取り合うこと自体は不可能ではありませんわ。
そこでレックスさんに女を意識させつつ、わたくしが一番になる。それこそが最善の道でしょう。
「であるならば、嫉妬の心を表に出さないのが効果的……」
レックスさんにとって都合の良い女を演じれば、心を奪える可能性は高まる。他が鞘当てをしているのなら、余計に。レックスさんは、わたくしたちが争うことに困っているようですもの。
ただ、そう簡単にはいかないでしょうね。いま検討しただけでも、問題が思いつきましたわ。
「いえ、レックスさんに違和感を持たれるようならば、他の方は気付くでしょう。そう甘くはありませんわ」
これまで釘を差していた人間が、急に相手を支えるようになる。どう考えても、不自然ですもの。そこから真実にたどり着かれれば、不利になるのはわたくし。周囲が都合の悪い形で連帯するだけでしょう。
ですから、別の手を考えなくてはなりませんわね。
「そうですわね。周囲を誘導する形で、嫉妬を利用すれば……」
わたくしには、嫉妬の心も確かにあるのです。それは、否定のできない事実。ただし、感情のぶつけ方そのものは変えられるでしょう。
例えば、嫉妬している心そのものを出しつつも、争うのではなくレックスさんからのご褒美の形に誘導するなどはどうでしょう。サラさんが抱っこを求めているようなものを、応用する形で。
それならば、本気の争いとは思われないでしょう。レックスさんにとっても、都合の良い形になるはずですわ。仲良く競うことそのものは、否定しない方でしょうし。役得でもあるでしょう。
「わたくしの目指すべき道が、より見えてきましたわね」
レックスさんにとって、都合の良い女。それは、なんでも許す女という意味ではありませんわ。むしろ、わたくしにとって理想的な盤面に整えることこそが、わたくしの型となるでしょう。
そう。レックスさんの望むわたくしを見せつつ、願いを叶える。日常ではからかいながら、本質的には支える。それこそが、わたくしの選ぶべき先なのですわよ。
「レックスさんと並ぶ力は、人の支配で得ることにいたしましょう」
そう。わたくしの手のひらで踊らせるのです。レックスさんも、他の女も、有象無象も。その先に、わたくしの願いは叶うのでしょうね。
良いですわ。手応えのようなものがあります。唇が釣り上がるのを感じますわね。
「上から圧をかけるのではなく、命令するのでもなく、自分から選ぶように……」
そう、わたくしは誘導すればよいのです。わたくしにとって都合の良い選択を相手が取る。そのように、手を打ち続けるのですわよ。
レックスさんが、わたくしに安心を覚えるように。他の女が、妥協を認めるように。有象無象が、わたくしたちの関係を後押しするように。
「やがて誰もが、わたくしをレックスさんのパートナーと認める。それが理想ですわ」
そのために打てる手は、見えてきましたもの。後は、現実にするだけ。わたくしなら、実現できますわよ。
「外堀を埋めるというのがどういうことか。あらゆる人達に教えて差し上げましょう」
誰もが祝福しながら、わたくしたちが結ばれることを望む。その未来に向けて、どこまでも突き進むだけ。もう、決まっていますわよ。
レックスさん、見ていなさいな。
「これが、わたくしの愛ですわよ。ねえ、レックスさん」
あなたを、わたくしの手のひらで可愛がって差し上げましょう。安心も信頼も、すべてをわたくしが満たして差し上げましょう。
レックスさんは、わたくしを選ぶ。そうなるように、未来を形作ってみせますわよ。




