452話 戦いの熱
メアリを狙った動きがあるとのことで、俺たちは迎撃のために動き出した。ひとまずその集団に警告を出し、それでも進んでくることを確認している。つまり、完全に敵意があるということだ。
ということで、転移を使って待ち伏せをしているところ。目的の集団は、武装してこちらへとやってきていた。
その姿を見ながら、フェリシアが一歩前に出る。楽しそうに笑みを浮かべながら、こちらに振り向く。
「さて、わたくしたちの出番ですわね。ひとまず、レックスさんは見ていてくださいな」
「あたしたちがもっと強くなったってところ、見せますからね」
続いてラナも前に出る。臨戦態勢といったところだな。ここで先制攻撃をした方が、楽に勝てはするだろう。とはいえ、通しておいた方が良い筋というものはある。
「じゃあ、一応警告だけはしておくか。ここから先に武器を持ったまま進もうというのなら、命を捨てる覚悟をしろ!」
相手に向けて、全力で叫ぶ。こちらを見て、そのまま突き進んでくる。さて、警告は通じなかったようだ。なら、終わりだな。
「だんまりですか。これは、黒ですわね。さてと、いきますわよ! 暁炎舞踏!」
フェリシアの姿が消え、真っ赤な炎がきらめいている。それは勢いよく暴れ狂い、敵たちを焦がしていく。
「は? 消え……。ぐああっ!」
あっという間に、敵の半分より少し少ないくらいが黒焦げになっていった。防御を張っても、反撃しても、ただ炎の奔流に飲み込まれていくだけ。
しばらくして、フェリシアは元の姿に戻っていった。優雅に微笑みながら、ラナにちらりと目を向ける。対するラナは、まっすぐに頷いた。
「やっぱり、フェリシア様も同じことをしていましたか。では、あたしも。水流乱舞!」
今度は青く輝く水が広がっていき、敵を溶かし尽くしていく。逃げようとしても水流に巻き込まれ、反撃も防御も何も通じていないようだ。
「こっちまで……。ぎゃあああっ!」
そのままラナの水は一気に敵を飲み込んでいき、残りのほとんどを仕留めていた。とりあえず、敵はもうガタガタだ。
ラナが元の姿に戻った頃には、完全に敵は心が折れている様子だった。まともに武器を構えようとすらしていない。
「お前たちも、魔力と自分の合一に成功していたのか……」
「レックスさんに遅れを取ったままなんて、パートナーとして恥ですもの。さて、残りを焼きましょう。獄炎!」
「あたしも負けていられませんね。穿水!」
フェリシアが天まで届きそうな火柱で敵を燃やしていき、ラナが水の槍を大量にぶつけて敵を貫いていく。そのまま、あっけなく戦いは終わった。
もはや、雑兵がいくら居ようとも関係のないレベルに到達している。単一属性使いの強さだと言っても、なかなか信じられはしないだろうな。まあ、敵が油断してくれる分には、楽でありがたいのだが。
「片付いたか。じゃあ、情報を集められるだけ集めておくか。……あまり、いい情報はないな……」
まあ、フェリシアやラナが敵の原型を残さなかったというのもあるが。一応形が残っている人から情報を引っこ抜いても、ろくなものは出てこない。
やはり、敵はあまり情報を渡していないようだ。俺達の強さすら、よく分かっていなかったようだし。
「所詮は、使い捨てということですわね。やはり、次の動きもありますわよ」
フェリシアの言う通りだろうな。威力偵察だとすると、費用や人員がもったいないとは思うのだが。まあ、黒幕にたどり着けない以上、ある程度後手に回るのは仕方がない。
どういう経路で指示を出しているかを調べようと思ったら、依頼人あたりの脳から情報を抜き取ればいいとは思う。ただ、どうやって見つけるのかという問題と、そこまでして良いのかという問題がある。
やはり、今のところは打てる手は少ないと言わざるを得ないな。
「ブラック家を攻めてくるか、あたしたちの家のどちらかを攻めてくるか。どうでしょうね……」
ラナは深く考え込んでいる。まあ、今のところ想定できるのは、その辺だろうな。俺の知り合いを当たるにしても、近衛騎士とか王族とか、手出ししてしまえばやけどでは済まない相手ばかりだし。
そうなると、俺に近くてまだ影響力の少ないヴァイオレット家やインディゴ家を攻めるのが妥当な判断に思える。まあ、相手の動きがどうなるのかは予想でしか無い。外れる可能性も、想定はしておくべきだな。
「いずれにせよ、しっかりと相手の動きを探らないとな。そうしないと、うまく手を打てない」
「そうですわね。攻め込まれたことには、気づかねばなりませんもの」
「レックス様にも、手伝っていただければと。すでに侵食した場所は、探れるのですよね?」
つまり、ヴァイオレット家やインディゴ家の本家に攻め込まれているようなら、俺が察知できる。以前ふたりのところへ行った時に、転移用のマーカーとして侵食は済ませているからな。
とはいえ、頼りすぎるのも問題だ。常にふたつの家に意識を向けるのは難しいし、単純に後手に回るということもある。
「ああ。とはいえ、かなり攻め込まれてからになるだろう。最後の手段だと思ってくれ」
「ええ。レックスさんの手をわずらわせ続けるようなら、パートナーの名折れですもの」
「フェリシア様には、負けていられませんね……」
フェリシアが微笑みながら頷いて、ラナがそっちをじっと見た。なんとなく、火花が飛んでいるように見える。ヴァイオレット家を訪れたあたりから、ライバル意識が高まっている様子なんだよな。
俺の頬にフェリシアがキスしてきた時のラナの顔は、今でも忘れられない。それに対抗したであろうラナの動きも、かなり強烈だった。俺にすべてを捧げると大勢の前で宣言したのだし。
そういう動きが今の段階で起きると、かなり困ってしまう。少しくらいは、釘を差しておくか。
「妙に競い合って失敗するのはやめてくれよ? それをするようなら、評価を改めざるを得ない」
「分かっていますわよ。ねえ、ラナさん?」
「もちろんです。あたしたちは、レックス様のために力を尽くすんですから。ね、レックス様」
フェリシアがラナをちらりと見て、ラナはこちらに真剣な顔を向けてくる。ひとまず、今は信じていいだろう。
なんというか、胃を痛めそうな局面が多くなってきた。それでも、俺の敵には団結してくれるだけマシではあるが。本音を言えば、頭を抱えたくはある。だが、ひとつひとつしっかりと対応していくしか無い。
「なら、良いが。さて、帰ってみんなに報告しないとな」
「うふふ、次が楽しみですわね。相手は、どんな手を打ってくるでしょう?」
「遠慮しなくて良いと思うと、楽ですね。ただ叩き潰すのは、爽快でもありますし」
本当に楽しそうなフェリシアと、機嫌が良さそうなラナが見える。特にラナは、昔からは想像もできないセリフを言っている。俺が悪の道に落ちないかを見ていると言っていた頃がウソのようだ。
こういうところが、微妙に心配になってくるんだよな。ラナ本人が悪の道に落ちてしまったら、大惨事なのだから。
「あんまり力におぼれるなよ? 俺が言うのもなんだが、その先はろくでもないからな」
「ええ。レックスさんが悲しむようなことは、いたしませんわよ」
「そうですね。あくまで、レックス様のためですから」
ふたりとも、本気の言葉として言っているように聞こえる。今の俺は、問題を先延ばしにしているだけなのかもしれない。
いずれ完全に向き合うべき時が来るにしろ、今はメアリの問題を解決すべきだ。それを意識しながら、ふたりに頷いて返した。




