451話 確かな成長
メアリが狙われている状況に対処するために、俺たちは情報を集めている。その成果が、ついに出たようだ。
ブラック家に向けて攻撃するために、傭兵やらなんやらを集めている。そんな動きが引っかかった。
そこで、実際に動く俺とフェリシアとラナ、そして当事者であるメアリで話し合いをすることになった。席について、俺は一同を見回す。
まずは、口元を歪めたフェリシアが話を切り出す。
「さて、メアリさんを狙った動きの兆候を、ジャンさんやミルラさんがつかんだようですわよ?」
前提条件の確認ではあるが、大事なことだ。ここから、俺達がどう動くかを決めていくことになる。
とはいえ、事前に練っている部分も多い。まだ、予定調和だと言えるな。
「ああ。予定通り、俺たちで反撃に向かうということで良いんだよな?」
「そうですね。メアリ様には待機してもらうのが良いかと」
ということで、メアリに目を向ける。すると、頬を膨らませていた。戦いに出られないのが、不満なのだろうか。
「メアリ、ちゃんと我慢するもん! お兄様は、疑いすぎなの!」
そう言いながら、キッとにらんでくる。俺に疑われていると思ったのが不満だったのか。目を向けたのは、うかつだったかもな。
実際、ちゃんと我慢する気みたいだ。俺の心配は、完全に余計なお世話。ここは俺が折れるべきところ。しっかりと頭を下げていく。
「そうだな。悪い、メアリ。メアリは立派なオトナだもんな」
「まあ、いずれはメアリさんにも戦ってもらいますわよ。それが有効になる場面はありますもの」
「メアリ様の動きに釣られる相手がいる。それは、分かりきっていますからね」
メアリそのものが目当てだから、情報を隠すというのが現在の意図。だが、だんだんと敵はじれてくるだろう。その段階でメアリが動けば、俺達の都合で敵を振り回せる。状況が逆転するというのが狙いだな。
だからこそ、今は耐えるべき局面でもある。敵の忍耐にどこまで付き合うかが、勝負どころだ。
「だから、メアリが戦う場面はしっかりと選ぶべきだってことだな?」
「その時は、お兄様のためにも頑張ってみせるの! 期待してて!」
メアリは胸を張りながら宣言している。実際、戦力としてはかなり優秀だ。フェリシアやラナより強いと見込んで良いレベルだからな。
我慢を覚えてくれたのなら、もっともっと活躍できるだろう。そういう意味でだけは、今回の事件も有用だと言える。
「ああ、頼らせてもらうよ。メアリなら、最高の活躍をしてくれるはずだ」
「もちろん! メアリ、もっともっと強くなるんだから!」
「そこにたどり着く前に、まずはわたくしたちの番ですわね」
「どうにも、ブラック家に攻め込もうとしているみたいです。どの段階で潰すかが、大事ですね」
完全に攻撃を受けてから反撃する手というのは、避けたい。領民に被害が出るかもしれないし、それに何より魔道具絡みの工場に被害を出したくない。
だから、ある程度先回りして攻撃したいところではある。ただし、大義名分をそろえてから。無抵抗の相手に攻撃したとなれば、悪評がついて回る。オーディエンスを味方につける手管というのも、大事だよな。
「あんまり後手に回ってもな。一度警告を打って、それでも進むようなら戦うか」
「わたくしは、レックスさんに賛成しますわよ。敵に遠慮する意味は、ありませんもの」
「レックス様の望むように。あたしたちは、全力で支えるだけです」
フェリシアは笑みを深めて、ラナはまっすぐに俺を見る。メアリはちょっと退屈そうだ。俺が頷くと、フェリシアはいたずらっぽい顔に表情を変えた。
「ふふっ、レックスさんの生き様を、存分に見せてもらいますわよ」
「良いなー。お兄様のカッコいいところ、メアリも見たいのに……」
メアリは足をブラブラさせている。不満ではあるものの、我慢してくれている。後で暴れまわる時に、十分に発散してもらおう。
あんまり戦いを楽しいと思ってほしくはないが、八つ当たりとして効果的なのも理解できるからな。どうせ必要なら、しっかりと役立てるまで。それでいい。
「いずれ、見る機会はありますわよ。どの道、メアリさんにも戦う機会はあるのですから」
そう言われて、メアリは目を輝かせていた。ちょっとだけ、怖くはある。戦いというのは、基本的には人殺しにつながる。それを楽しむという精神は、あまり褒めたくはない。
だが、必要だということも理解できてしまう。メアリくらいの年で殺しに本気で向き合ってしまえば、楽しむよりも激しく歪むだろう。そんなことになるくらいなら、遊び感覚で殺している方がマシかもしれない。
メアリだって、敵にならないような相手をわざわざ殺そうとはしない。それは、信じている。なら、これで良いはずなんだ。
「メアリが決着をつけなければいけないのなら、俺が手伝うだけだ」
「そういうことですわね。メアリさんにだって、戦う意志はあるのですもの」
「なら、メアリは待つの! 全力で戦って、お兄様に最高のメアリを見せちゃうんだから!」
メアリは、胸の前で拳をぎゅっと握っている。フラストレーションを溜め込んで、それをぶつける。戦いにおける考え方として、かなり有効だ。
なんだかんだで、この世界にふさわしい生き方を体得しているのかもな。なら、あまり口出しするべきでもない。
むしろ、俺の方がこの世界に適応できていない部分もあるのだろうな。だからといって、前世での価値観をすべて失いたくなんてないが。
ただ、俺に強く伝わってくることがある。以前のメアリと今のメアリは、ハッキリと違うということだ。しみじみと、俺は胸に手を当てる。
「本当に、人の成長というのは早いものだな……」
「メアリさんだって、立派なレディですもの。わたくしの強敵足り得る、ね?」
「お兄様のパートナーは、メアリなんだから!」
「あたしは、レックス様の所有物で十分ですね」
フェリシアはメアリにちらりと目を向け、メアリはフェリシアに対抗している。そしてラナは、真顔でとんでもないことを言っていた。
本当に、頭を抱えてしまいそうだ。どうしてこうなったのだろう。俺には、人を所有物扱いして喜ぶ趣味はないぞ。
「仮にも貴族の当主が言っていいセリフか……?」
「いずれ、決着はつけるべきでしょう。ですが、今はまだ、手を取り合えますわ」
そう言って、フェリシアはラナやメアリに微笑みかける。ラナは真剣な目を返し、メアリは弾けるような笑顔をしている。
ときどき修羅場を感じはするが、なんだかんだで手を取り合ってくれるんだよな。本当にありがたいことだ。決着をつける瞬間が、恐ろしくもあるが。俺は少しだけ震えそうになった。
「メアリも、お兄様に迷惑をかけたりしないの!」
「いや、迷惑をかけるのは構わないぞ? それは、家族でも友達でも変わらない」
「そもそも、メアリ様が狙われている時点で迷惑と言えますからね」
「ああ。だから、何も気にしなくて良いんだ。メアリのために、俺は戦うよ」
そんな言葉に、メアリは笑顔で頷いてくれた。期待に応えるためにも、まずは成果を残さないとな。次の戦いに向けて、俺は気合いを入れ直した。




