449話 成長の糧
フェリシアとラナがやってきて、ジャンやミルラと相談しながら次の一手を打っているようだ。俺は基本的に許可を出す係になっている。まあ、それで回っているのなら問題はない。いずれは、ジャンやミルラの代わりや後継みたいな存在を育てたいとは思うが。
とはいえ、今すぐ実行できる問題ではない都合上、俺にできることは他のことになる。ということで、俺はメアリが戦いを我慢しやすくするための状況づくりに動いている。
信じていないのかと言われそうだが、対策というのは信頼関係ではなく仕組みでおこなうものだ。あの人なら大丈夫こそが、事故のもと。そもそも問題が起きにくい状況を作ってこそと言える。
ということで、メアリのやる気を発散させるのが良いのではないかと思う。フィリスとこまめに会えるのなら、それが一番いい。ただ、今は別の形を狙うしかない。つまり、学校もどきの生徒たちというかジュリアだ。
そういうことで、ジュリアにメアリの護衛ついでに付き合うように頼み込んでおいた。そして、4人で行動する機会を増やすようにもした。
メアリは元気いっぱいにジュリアたちと遊んでいるようで、今のところはうまく行っているようだ。定期的に様子を見に行っているが、お互いに楽しそうに見える。
今日も様子を見に行くと、いつもと違う姿が見られた。
「ジュリアちゃん、メアリと戦ってみない? 訓練には、良いと思うの!」
「僕は構わないけれど……。レックス様、どうする?」
メアリの提案は、渡りに船といったところ。ジュリアが大丈夫だというのなら、ぜひとも受けてもらいたい。
こういう形でウズウズを発散できれば、戦いに向けて突き進むことも減ってくるだろう。ということで、俺はジュリアに頭を下げていく。
「良ければ、受けてやってくれないか? もちろん、お互いにちゃんと加減してくれよ」
ジュリアは笑顔で頷いてくれた。ということで、模擬戦になるな。
「大丈夫なの! ジュリアちゃん、結構強いから!」
「私たちも、見学させていただいてよろしいでしょうか?」
「レックス様、抱っこされながら見たい」
「ずるい! 戦うのはメアリなんだから、今回は我慢して!」
なんか、時々自分たちは漫才をやっているのではないかと思う瞬間がある。サラが急に抱っこやなでなでを言い出して、それに突っ込む流れとか。
メアリは頬を膨らませていて、ちょっとは困る。とはいえ、状況を考えれば当たり前というか。何が悲しくて、模擬戦をしている横でいちゃつかれなければいけないのだろうか。ため息が出てきそうだ。
「お恐れながら、勝った方が抱っこというのはどうでしょうか? それまでの間は、私たちが……」
「それなら、別に良いの。勝つのはメアリだもん!」
メアリが納得したことで、俺が抱っことなでなでをすることは確定してしまった。というか、シュテルはこれまでサラをたしなめる側じゃなかったか? シュテルまで味方をするとなると、もう止められる人が居ないんだが。
まあ、嫌かと言われれば役得だとは思う。とはいえ、修羅場のきっかけにもなりかねないからな。怖いところもある。
「結局、美味しいところを持っていってない? 別に、良いけどね」
「シュテルも策を覚えた。これからは、強敵」
「勝った方は独占できるんだから、悪くない条件じゃないかしら?」
俺はいつの間にか景品になっていたようだ。サラたちは、本当に俺を尊敬してくれているんだよな? なんて、流石にそこまで考えるのは失礼か。
とはいえ、明らかに主に対する態度ではない。まあ、友達くらいに思われているのなら、そっちの方が嬉しくはあるが。
「俺の意志はどこに行った……? まあ、問題はないんだが……」
「じゃあ、ジュリアちゃん。始めるの!」
「仕方ないね。じゃあ、やろうか」
俺の嘆きは無視して、メアリたちは戦いに入ろうとする。そして、サラとシュテルは俺の腕の中に入ってきた。
メアリは杖を、ジュリアは剣を構えて、お互いに向かい合う。そして、同時に動き始めた。
「行くよ! 雷炎岩竜巻!」
「ちょっと変わったかな? でも、僕のやることは同じ! 拡散剣!」
メアリは岩や電気、雷が荒れ狂う竜巻を放つ。対するジュリアは、魔力を収束させた剣を相手にぶつける。ジュリアの剣が収束の限界を迎えて爆発し、メアリの竜巻を巻き込んでいく。そして、お互いの魔法は消え去った。
どちらも小手調べという様子で、笑みを浮かべたまま次の攻撃に移っている。
「まだまだ、負けないの! 凝縮岩竜巻!」
メアリの竜巻は、人の大きさくらいにまで小さくなった。その代わり、岩も風も激しく押し込まれたまま荒れ狂っている。まともに直撃すれば、ミキサーよりもひどいことになりそうだ。
「へえ、押し固めたのか! でも、それは僕の得意分野! 収束剣!」
対するジュリアは、爆発しない範囲で魔力を収束させてメアリに対抗する。お互いの魔法はぶつかり合い、同時に打ち消される。完全に互角といった様子だ。
「じゃあ、両方出すだけ! 雷炎岩竜巻! 凝縮岩竜巻!」
「僕の全力! 拡散剣 の本質を、見せてあげるよ!」
メアリは先程までのふたつの魔法を叩きつけ、ジュリアはさっきまでより強く魔力を押し固めていく。そして竜巻の中心に向けて剣を叩きつけ、竜巻ごと剣が吹き飛ぶ。魔力どうしの反発が、メアリの竜巻を飲み込んでいった。
とはいえ、メアリに有効打も入っていない。お互いの魔法が打ち消しあったという程度だ。そんな姿を見て、メアリは頬を膨らませながら杖を下げ、ジュリアも手に持っていた剣を収めた。
「むー、引き分けなの。これ以上は、殺し合いになっちゃうの」
「そうだね。でも、良い手がかりがつかめたんじゃないかな? 僕も、思いついたことがあるよ」
「うん! ジュリアちゃん、ありがとう!」
ふたりとも、晴れやかな顔をしている。成長につながるのなら、一石二鳥と言えるだろうな。ひとまず、今回の戦いでは得るものがあった。それで十分だろう。
「それで、引き分けになったんだけど……。レックス様、どう……?」
ジュリアがこっちをチラチラと見ている。サラとシュテルは、いつの間にか俺から離れていた。まあ、約束は約束だからな。受け入れるしか無い。
「分かった、ふたりとも来てくれ。それが、条件だろ?」
「お兄様、ありがとう! いっぱい、なでてね?」
「たまには、僕にも役得があっても良いよね……」
そんな事を言いながら、ふたりは俺の腕の中にすっぽりと収まってくる。メアリはぎゅっと抱きついてきて、ジュリアはおずおずと抱きついてきた。
「私たちでは、メアリ様には勝てない。この状況が続くと、厳しい」
「いや、模擬戦で奪い合うわけではないんだが……」
「そうよ。レックス様は、ちゃんとみんな愛してくれるわ。ですよね?」
シュテルの態度は、なんかまた変わった気がするな。前よりは過激さが収まったから、俺がちょっと困るだけではある。これも、成長の形だろうか。
せっかく変わろうとしてくれているのだから、受け入れていきたいところではある。ただ、発言内容にちょっと問題がある気もするんだよな。
「うんと言うのは、あまり良くない気がするんだが……」
「もう、今はメアリに集中して! 他のことは、後でいいの!」
「今回ばかりは、メアリ様と同じ気持ちかな……」
そう言いながら、メアリにはにらまれて、ジュリアには悲しそうな顔をされる。俺はふたりをゆっくりとなでていった。
「ああ、すまない……」
満足そうにするふたりを見ながら、みんながもっと成長できればいいなと考えていた。




