45話 わずかな迷い
ラナがやって来てから、しばらくして。学校もどきに人が集まり、最低限の形にはなっている。生活をこちらで補助して、授業に専念させる形にまとまった。草案を練ったのはジャンなので、俺の考えは伝わっているのだろう。その点には、安心できる。
よく、父が生活費まで出すことに納得したものだ。正直に言って、集めるだけ集めて、雑な扱いをしてもおかしくないと考えていた。
今のところは、ラナが教師役をしている。本人はそれほど強くないのだが、教え方は評判らしい。水の一属性なのに、尊敬されている様子。レプラコーン王国で、魔法が弱くても慕われるのだから、よほどうまくやっているのだろう。
「思ったより早く、学校もどきが動き始めたものだ。ジャンの動きにも、感謝しないとな」
ということで、学校もどきの様子も、時々見に行っている。ラナは俺と同じ年だし、ちゃんとした教師役も、準備したいところではある。だが、ブラック家の息のかかった人間は、あまり信用できないんだよな。人材の選定が課題になってくる。
「魔法の基本は、魔力を感じて、手足のように動かすことです。あたしに続いてくださいね」
授業の様子を見に行くと、女の子が手を振ってくる。赤い長めな髪を、後ろで編み込んでいる子だ。名前はジュリア。俺によく懐いてくれていて、顔を見せるたびに、何かしら反応を見せてくれている。
それからは、魔力の操作の授業が進んでいた。今のところは、目覚めた人間の方が少ないな。やはり、魔法というのは、案外難しいのかもしれない。
様子を確認できたので、自宅へと戻る。俺だけなら、どこにでも転移できる。それを隠していないので、急に現れた俺にも、誰も驚いていない。
それからは、自室でゆっくりと考え事をしていた。
「ふむ。ラナが教師役に立候補した時は、驚いたものだが。うまくいきそうだな」
おそらくは、俺が変なことをしないかを確認したかったのだろう。監視すると言っていたし。だが、理由は何でも良い。うまく進みそうなら、それで。
それに、俺には考えるべきことが色々とあった。
「ジュリアの赤い髪と目。名前も、原作の主人公に似ているよな。何か、関係があるのだろうか」
インディゴ家は、主人公であるジュリオの故郷。それを考えると、偶然とは思えない。とはいえ、ジュリアなんて名前は、知らないんだよな。
「兄と妹とか、そんなところか? とはいえ、ジュリオって名前を知っているかと問いかけるのもな」
もし仮に兄妹だとして、なぜ知っているのかと聞かれて、ごまかす手段が思いつかない。いくらなんでも、ただひとりの平民に持つ興味のレベルを超えている。
「もどかしくはあるが、仕方ない。急ぎすぎても、良い結果は出ないからな」
考え事に浸っていると、声をかけられる。ジャンの声だ。部屋に招くと、期待に満ちた目で、こちらを見られていた。
「兄さん、僕が集めた子どもたちは、どうですか? うまく働いていますか?」
「悪くないんじゃないか? 何人かは、アストラ学園に生徒を送り込めるかもな」
実際、俺が集めるよりも、うまくできたんじゃないかと思う。とはいえ、自分の弱さを見せて大丈夫か、まだ判断ができない。
俺を尊敬している理由がハッキリしない以上、俺を優れた人間だと思わせるのは、大事な要素のはずだ。
「なら、良かったです。兄さんのお役に立ちたいですからね」
「だからといって、あまり無理はするなよ。個人の能力には、限界があるんだからな」
この言葉にどう反応するのかで、ジャンの心を推し量っていきたい。できることならば、信頼できる味方になってほしい。難しいとは分かっているが。
「分かっています。だから、兄さんも僕を使うんですよね?」
「そういうことだ。人の使い方は、重要だぞ」
「もちろんです。兄さんの期待に応えられるように、頑張りますね」
ジャンの考えからすると、信じて良い気がする。慕ってくれている相手だから、好意的に見てしまっているのだろうか。とはいえ、本音は話せないんだよな。ジャンに問題があるというより、誰にも言えないことだから。少なくとも、父が生きている限りは。
ジャンが去っていって、それからしばらく。授業を終えたラナが、こちらへと向かってきた。割と毎日、俺のところに来るんだよな。人質の割にはと言うべきか、人質だからと言うべきか。
「ラナ、生徒達の様子はどうだ? 俺の役に立ちそうか?」
「問題ありませんよ。あたしの言う事をよく聞いてくれますし、成長もしています」
「なら、良いが。しっかり育ててくれよ。俺の手駒にするんだからな」
「でしたら、レックス様も教師役を務めてみますか? そうすれば、より分かりやすく恩を売れるかと」
その言葉を聞いて、少し驚いた。正義感が強いイメージだったが、恩を売るなんて言うとは。
「俺を監視するんじゃなかったのか? 俺の役に立つ方針に切り替えたのか?」
「レックス様は、少なくとも生徒達には、しっかりした生活を送らせていますから。それに恩を感じないのなら、流石に問題です」
ああ、ラナの正義感は、生徒達の悪事にも向かいそうな感じなんだな。恩知らずは嫌いというのは、イメージにピッタリだ。それなら、おかしくはないか。
それとも、俺の監視を続けているのだろうか。生徒達に、変なことをしないかどうかを。どちらでも構わない。ちゃんと、教師役を務めてくれるのなら。
できれば、仲良くしたいとは思う。だが、初対面から嫌われていたっぽいからな。難しそうではある。
「なるほどな。それで、お前が気になる生徒はいるか?」
「自領の人間を推薦するのは気が引けますが、ジュリアさんは、注目に値するかと」
ここでも、ジュリアの名前が出てくるのか。本当に何かあるのかと思ってしまいそうだな。だが、先入観は危険だ。重要人物だと思いこんでしまえば、良くない。
「他に目をつけている人間は居ないのか?」
「今のところは。これから、気をつけていきますね」
まあ、一日二日で才能が分かれば、苦労はしないよな。一歩一歩進めていくべきなのは、間違いない。
「それで良い。俺も確認するが、複数人の方が才能を見つけやすいだろうからな」
「レックス様、そのお優しさを、どうか失わないでくださいね」
「知ったことか。俺は俺のやりたいようにする」
そう返すと、一礼してラナは去っていく。本音を言えば、ラナの言葉には同意したいところだが。それでも、どこに誰の目があるか分からない以上、うかつな発言はできない。悲しいことだがな。
「ジュリアには、ラナも注目している。本当に、原作主人公と関係があるかもな」
俺はどうしたいのだろうか。ジュリアが主人公と関係があった時に。まだ、考えがまとまらないな。急ぐべきなのだろうか。あるいは、慎重に進むべきなのだろうか。それすらも、ハッキリしない。
難しい問題だからな。主人公をどう扱うかは。味方になってくれるのなら、都合が良い。だが、どこまでうまくいくだろうか。
「今はまだ、何も分からない。今のうちは、懐いてくれる人。そう扱って良いはずだ」
できれば、敵対したくないよな。ジュリアの正体が何であれ。慕ってくれるんだから、大事にしたい。敵は殺すつもりだが、無用な殺しはしたくない。それも本音だからな。
「親しみを覚えてくれている相手を大事にする。それは、間違っていないはずなんだ。このまま、進んでいこう」




