448話 影響を与えあって
フェリシアやラナがやってきたということで、今後の方針を話し合う必要がある。といっても、ジャンやミルラである程度は決めているらしい。フェリシアたちも、基本的にはジャンたちの考えに納得している様子だ。
その内容は、まあ単純なこと。相手の動きをこちら側で誘導し、俺の転移でフェリシアやラナを送り込むこと。フェリシアのヴァイオレット家やラナのインディゴ家の人材も、こちらに合わせて動かすつもりのようだ。
まあ、いきなりお互いの家の配下どうしが協力できないだろうとのことで、ジャンやミルラが策を練って、その中でフェリシアやラナが自分の手下に指示を出すとのことだ。
大枠ではブラック家に従うふたりみたいになりかねないが、そこは大義名分を偽装することでなんとかするらしい。表向きには、ブラック家が多くを負担するということにするみたいだ。
つまり、今のところは俺やフェリシアたちが直接動くような局面ではない。ということで、旧交を温める機会にすればどうかとミルラたちに提案された。
とのことで、今は俺とメアリ、フェリシアとラナでお茶会のようなことをしている。メアリは笑顔で、ふたりを出迎えていた。
「フェリシアちゃん、ラナちゃん、久しぶり!」
「うふふ、お久しぶりですわね。あなたを手助けしにやってきましたわよ」
「あたしたちも、戦うことになると思います。よろしくお願いしますね、メアリ様」
フェリシアは優雅に微笑んで、ラナはペコリと頭を下げる。フェリシアはともかく、ラナは貴族の当主だとは思えない態度だな。かつて俺の家に売られたみたいな過去があるとはいえ、今後ラナの弱点になったりしないだろうか。
正直に言えば心配なのだが、あまり口出ししすぎてもな。俺の方が上みたいになってしまう。そうなってしまえば、結局は無意味。
まあ、なるようになると思うしかないか。ラナだって、分かった上でやっているのだろうから。というか、俺にすべてを捧げるみたいなことを大勢の前で宣言していたからな。むしろ、望む状況なのかもしれない。
メアリは素直に受け取っている様子だ。明るい笑顔をしている。
「そうなんだ、ありがとう! でも、メアリだけでも大丈夫だけどね!」
「レックス様のパートナーとして、妹は守るべきですもの。どうということはありませんわ」
「あたしも、レックス様のしもべとして頑張らないといけませんね」
「お兄様は、メアリのなんだから! そういう理由なら、帰って!」
頬を膨らませながら、メアリはふたりをにらんでいる。フェリシアは笑みを深くして、ラナは澄んだ笑みを浮かべている。なんというか、冷え冷えとした空気が漂っているな。
こういう空気になることは、悲しいことに珍しくはない。だから、争いを止めるために動く。ただ、いつも通りに。
「ふたりとも、メアリを挑発しないでくれよ……。協力できないと、まずいだろ?」
「レックスさんに免じて、ここは引いて差し上げますわ。ねえ、ラナさん」
「ご迷惑は、おかけできませんからね。すみません、メアリ様」
「むー! お兄様、ずるい! ふたりの味方しちゃって!」
「あらあら。殿方の顔を立ててこそ、立派なレディというものですわよ?」
「レックス様の顔を立てているセリフじゃないんですよね……」
フェリシアはニッコリと笑って、ラナは冷たい目でフェリシアを見ている。メアリはむくれたままだ。お互いが挑発し合っているのは、どうにも胃が痛くなる。本気で悪意があるわけではなさそうなのは、まだ救いがあるが。
なんだかんだで、協力すべき場面では協力してくれるし、俺がいない場面では普通に仲良くしている様子もあるんだよな。だからこそ、心苦しい部分もあるのだが。
俺は全員を見回しながら、止めるための言葉を発していく。
「とりあえず、本題に戻っていいか? メアリ、許してくれると嬉しい」
「仕方ないから、許してあげるの! メアリ、オトナなんだから!」
「ふふっ、メアリさんも女ということですわね。では、そんなオトナに、我慢を覚えていただきますわよ」
「メアリ様が戦うのは、できれば避けたいですからね。あたしたちに任せてもらえると、助かります」
メアリは胸を張って宣言した。子供っぽい仕草だが、オトナの精神は確かにあるように思える。俺のことを許して一歩引くというのが、なかなかに強い。
フェリシアとラナはメアリの言葉に乗っかっているが、俺の方針とも一致する。メアリにあまり戦わせたくないんだよな。個人的な心情を抜きにしても、現状ではデメリットが多く思える。
「噂についての情報を敵に渡さないため、だな。メアリ、分かってくれるか?」
「むー! 子供扱いばっかりするんだから! ちゃんと、我慢できるもん!」
「うふふ、言ったことを守らないようでは、オトナとは言えませんわよ?」
「まあまあ、フェリシア様。メアリ様だって、立派な女なんですよ。あたしたちとおんなじ、ね」
「お兄様、メアリがちゃんとオトナだって、分かってくれるよね?」
目をうるませながら、メアリはこちらを見てくる。きっと、本当に我慢してくれるだろう。そこは信じている。メアリは、ウソを付くような子じゃないからな。
それに何より、ちゃんと自分の状況を理解しているはずだ。なんだかんだで、本気で危険なことは避けているからな。ひとりでこっそり出かけるようなことは、計画すらしていない様子だし。
だから、メアリのことは認めても良いと思う。これからの成長にだって、とても期待している。その気持ちを伝えればいいだろう。
「そうだな。メアリのことは、ちゃんと信じているさ。俺の期待なんて、軽く超えてくれるってな」
「ふふっ、レックスさんらしいセリフですこと。ですが、本当に信じているのでしょうね」
「レックス様は、あたしたちを強く信頼してくれていますから。そこは、間違いありません」
「お兄様を分かったフリしたって、ダメなんだから! もう!」
俺を肯定してくれるのは嬉しいが、ちょっとだけトゲが混ざっているんだよな。言葉にしていない意図を感じるというか。
フェリシアは、なんか甘ちゃんみたいな言い回しをしてくるし、ラナは信頼以外の何かには問題があるかのように言ってくるし。いや、今の状況を考えれば否定はできないのだが。修羅場を回避するために情けない立ち回りをしているのは、まあ事実だからな。
というか、こんな修羅場が起こるような状況にしてしまったのも、俺の責任だからな。フェリシアには女を口説くようなセリフを言っていると何度も指摘されていたが、軽く流してきたせいだ。だから今がある。
そのあたり、分かったフリというよりは本気で理解してくれているのだとも思うが。まあ、俺の理解者という意味では、みんな同じだとも思う。
フェリシアはからかいながらも信じてくれるし、ラナはずっと俺を尊敬してくれている。メアリだって、かなり慕ってくれているからな。
そんな気持ちを素直に言葉にするのが、一番いいんじゃないだろうか。
「フェリシアもラナも、もちろんメアリも、俺のことをよく分かってくれていると思うぞ」
「あらあら、こちらもレックスさんらしいセリフですわね。ねえ、ラナさん?」
「でも、良いんじゃないですか。そういうレックス様だからこそ、あたしたちは信じられるんですから」
そんな言葉に、メアリも頷いていた。俺を大事にしてくれる仲間のためにも、必ず未来をつかんでみせないとな。ちょっとだけ困った感情を抱えつつ、俺はこのメンバーで過ごせる時間の価値を噛み締めていた。




