447話 つながっていく流れ
メアリの噂の件について、今のところは有効な対応をできていない。対症療法的に手を打っているだけで、根本的な解決には繋がらないからだ。とはいえ、急ぎ過ぎたら間違うだけだろう。
ということで、今は調査や別の噂を流すことなどの対応をしながら、成果を待っているところだ。メアリと遊んだりしつつ、状況の変化に注視している。
そんな風に過ごす中のある日。メイドであるアリアとウェスから来客があると告げられた。
ふたりに連れられて、客に会いに行く。その先の客間には、俺と同い年くらいの少女ふたりがいた。お嬢様然とした子と、落ち着いた様子の子だ。フェリシアとラナ。ブラック家と同盟を結んでいる貴族の当主であり、クラスメイトでもある。長い間会っていなかったが、元気そうだ。
そのまま、二人はそれぞれに笑みを浮かべる。フェリシアは優雅に、ラナは柔らかく。俺は軽く手を上げ、ふたりに歓迎の意を示した。
「お久しぶりですわね、レックスさん。また新しい女を引っ掛けたと、聞いておりますわよ」
「レックス様、また会えて嬉しいです。あたしは、元気にしていましたよ」
フェリシアはからかうように、ラナは言葉通りに嬉しそうにしている。懐かしさを感じるやり取りではあるな。フェリシアはずっと俺をからかってきていたし、ラナは俺に尽くそうとしていた。今も、大きくは変わっていないみたいだ。
まあ、同盟を結ぶ時には、それぞれにちょっとだけ問題みたいなものもあった。人前で外堀を埋めるような真似をしてきて、困ったんだよな。
とはいえ、ふたりが俺を大事にしてくれているのは間違いない。俺としても、笑顔になれそうなところではある。
ただ、旧交を温めに来たわけではないだろう。さて、どんな要件だろうな。
「フェリシア、ラナ。久しぶりだな。こっちに来て、大丈夫だったのか?」
「メアリさんの噂に関しては、他人事ではありませんわよ。ねえ?」
「あたしとしても、無関係とは言えませんから。対処は必要ですよね」
フェリシアは流し目のようなものを、ラナは真面目な顔を向けてくる。実際、フェリシアはメアリやシュテルが属性を増やすための魔力を提供してくれた。完璧な当事者だ。
ラナだって、シュテルとはかなり関わっていたからな。学校もどきの教師役をしていたのだし、シュテルが属性を増やしたことも知っている。そして、属性を増やすために必要な、強い単一属性使いでもある。
黒幕が真実にたどり着いたのかは分からないが、いずれフェリシアやラナを巻き込む可能性は十分にある。なら、協力するのが妥当か。
「そうか。手を貸してくれるのなら、助かるよ」
「秘密を全部暴露してしまうのも、それはそれで面白そうですけれど。今は、必要ありませんわね」
少しだけ笑いながら、そんな事を言う。実際に暴露されてしまったら、大ごとになる。だから、冗談ではあるのだろうが。ちょっとヒヤリとさせられた。一瞬、息が止まったかもしれない。
俺の驚いた姿を見て、フェリシアは笑みを深めている。こういうところは、ちょっと怖いんだよな。
「からかわないでくれよ……。フェリシアもろとも、本気で大変なことになるぞ……」
「フェリシアさんは、レックス様に反応してもらうのが大好きなんですよ。ねえ?」
「でしたらラナさんは、レックスさんに使われるのが大好きなようですわね?」
お互いに、お互いのことをじっと見ている。ちょっと挑発し合っているようにも見える。実際、言葉にトゲがあるというか。
同盟関係の時も、フェリシアとラナの策は互いに影響を与え合っていたように見えたし、意識はしているのだろうな。まあ、こういう時に一緒に来られるあたり、致命的に関係が悪いわけでもないのだろうが。そこだけは救いだ。
「おいおい、にらみ合うのはやめてくれよ……。まったく、どうしてそう……」
「レックスさんが誰を一番だと思っているのかハッキリさせれば、すべて解決しますわよ」
「それは、確かに……。レックス様、どうですか?」
ふたりの目が、じっとこちらを見てくる。何もされていないのに、潰されそうなくらいの圧力を感じてしまう。
優柔不断みたいに思われそうだが、ここでどちらと答えても後が怖すぎる。第三者を答えるなんて、もっと最悪だ。どの道を選んだとしても、修羅場しか待っていないように思えてくる。
ここは、できる限り俺が悪者になるのが良いのかもしれない。とはいえ、やりすぎれば本気で嫌われるだろう。どうして、こんなに難しい立ち回りを要求されるのだろうか。なんて言ったら、ふたりとも本気で怒りそうだよな。
「俺が悪かったから、やめてくれ……。誰と答えても大変なやつじゃないか……」
「レックスさんでも、現状は理解しているようですわね。ふふっ、楽しいこと」
「あたしは楽しくないですけどね。レックス様が困るのなら、仕方ありません」
フェリシアは目を輝かせているようにすら見える。ラナはため息をつきながら、一歩下がってくれた。
まあ、ここに至っては目をそらすにも限界がある。自分で言うのは恥ずかしいが、俺はモテているのだろう。そして、俺を奪い合っているのだろう。
そこまで惚れられるようなことをした記憶がないのが、困りものなんだよな。確かに困っているところを助けはしたが、それだけだし。命の恩人に惚れるのが当然というわけでもあるまいに。もっと言えば、命の恩人ですらなかったりもする。
とはいえ、せっかくふたりが引いてくれたんだ。ここは乗っかって、大事な話をしておこう。
「じゃあ、本題に戻ろうか。メアリの件についてだが、ふたりはどういう対応をするんだ?」
「ブラック家と親しいということで、こちらにも手を回そうという動きがありますわ」
「ということで、あたしたちで歩調を合わせようという話ですね」
ふたりとも、真面目な顔で話してくれる。安心しそうになるが、こっちも大問題だ。フェリシアとラナも狙われているということになる。
さて、どうするのが正解だろうか。まあ、ここに来た理由を考えれば、協力するのは既定路線だと言えるはずだ。
「つまり、同盟関係を活かして防衛計画を練ろうという話か」
「そういうことですわ。レックスさんの力を、存分にお借りしますわよ」
「もちろん、あたしたちも手を貸します。必要な手札を、できる限り用意しますね」
ふたりが手伝ってくれるのなら、心強い。フェリシアもラナも、間違いなく優秀だからな。俺の外堀を埋めた手管だって、別の形で利用されるのなら助かるだけだ。
そうなってくると、俺も全力で頑張らないとな。転移や通話を、有効活用していきたいところ。
「両家の力を使うという認識で良いのか? それなら、手が増えてありがたいが」
「直接的な武力を、分散することもできますわよ。わたくしたちという駒をね」
「自分で言うのもなんですけれど、あたしたちもそこそこ強いので」
そうなんだよな。俺の分身が実用化できていない現状なら、大駒が増えたという意味は大きい。心強い仲間がいて、本当に助かる。
フェリシアもラナも、かなり試練を乗り越えてきた仲間だからな。適度に頼らせてもらおう。
「分かった。巻き込んだみたいで悪いな。それに、手伝ってくれてありがとう」
「いえ。レックスさんと関わる以上、想定していたことですわよ」
「そうですね。良くも悪くも、レックス様の影響は大きいですから」
「なら、しばらくはここに居るのか? よろしく頼むぞ、ふたりとも」
そう言うと、ふたりは笑顔で返してくれた。きっかけはともかく、ふたりと一緒に過ごせる時間そのものは嬉しい。できるだけ、大事にしていきたいところだ。




