442話 不穏な影
久しぶりに日常的な生活ができて、心持ち穏やかな気持ちになれている。不安要素もあるにはあるものの、人間関係に関しては歩み寄ろうという意志もある程度は見える。少なくとも、完全に嫌い合っているわけではなさそうだ。
ということで、俺は安心しながら日々を過ごしていた。そんな時に、ジャンとミルラが俺の部屋へとやってきた。明らかに深刻な顔をしていて、頭を抱えたくなった。
さて、今度はどんな問題だろうか。一体いつになったら、俺は平和な日常を楽しめるのだろうか。そんな気持ちを抱えながら、俺はジャンとミルラに向き合った。さっそく、ジャンは本題に入っていく。
「兄さん、報告があります。ちょっと、面倒な噂が広がっているみたいで……」
本当に面倒そうな顔をして言っている。これは相当な難題かもしれない。とにかく、現状を整理しないとな。どんな内容なのかの推測なんて、聞いてからでいい。
「面倒というのは、ブラック家がということか? 事業に影響でも出そうなのか?」
「では、私から。メアリ様が属性を増やすことに成功したとの話が出ている様子でございます」
真面目な顔でミルラは報告してくる。ジャンが面倒だと言う理由が、よく分かってしまった。魔法使いの属性というのは、本来生まれ持った才能であって、増やすことはできない。つまり、そんな噂が流れているということは、かなり厄介だと言える。
実際、俺はメアリの属性を三から五に増やした。カミラの雷と、フェリシアの炎を植え付けることによって。フィリスが考えた手段を、俺が実行した形だ。
このタイミングで噂になっているとなると、つい最近のフィリスとメアリの模擬戦がきっかけだろうな。そこで、元のメアリが三属性だと知っている人が居たのだろう。
とはいえ、模擬戦という形を提案したフィリスのせいとは言い切れない。アストラ学園の教師という立場があって、外部の人間に最大限配慮してくれたのは分かるからな。そして、フィリスが黒という可能性もないだろう。そんな手段を取らずとも、明かすことなんて簡単なのだから。
そうなってくると、怪しい相手を絞り切るのも難しいな。目撃者はいっぱいいたし、もっと言えば目撃者が犯人とも限らない。要するに、目撃者がメアリの五属性に違和感を持っていなかったとしても、そこから話を聞いた相手がたどり着いた可能性もある。
総じて、現状は厄介な状況だな。誰が犯人なのかも、どんな意図を持っているのかも分からない。ただ、メアリが狙われる可能性だけがある。胸に嫌な感覚が走るのが分かった。
「それは……。メアリの身の安全が心配になる話だな……」
「はい。他にも、ブラック家がなにかの秘密を握っていると解釈されかねません」
「そういえば、ジャンはメアリの属性を増やした手段は知っているんだったか?」
「兄さんの闇魔法ですよね。細かい仕組みは知りませんが、そういうものだと理解しています」
まあ、状況証拠から考えれば、ジャンなら確実にたどり着けるだろう。伝えた相手は、相談したフィリス、属性が増えた本人であるメアリとシュテル。属性の大本であるフェリシアとカミラ。そして魔法を使いたいかと聞いたミルラ。そのあたりだったはずだ。
そして、メアリの元々の属性を知っていたのが、ジャンとモニカ、後は父くらい。他には、メアリに教師なんかがいればそいつもか。俺がレックスになったタイミングからして過去だから、分からないんだよな。
まあ、当事者から周囲に漏れたという可能性は低い。やはり、アストラ学園がきっかけだろうな。
「どこまで情報が広がっているかが、気になるところだ。真実はもちろん、相手から見て疑わしいものも」
「現状では、メアリ様の属性についてのみ広まっている様子でございます」
それなら、今のところはメアリ本人が疑われている可能性が高いな。とはいえ、それは良いこととも言えないが。メアリが狙われる可能性が高いということでもある。
だが、どうしたものか。答えを明かしたとして、どのみちメアリは狙われる気がするんだよな。貴重なサンプルになってしまうのだから。
それに、シュテルに的が向かう可能性も浮かび上がってくる。なかなかに難しい。
「なら、シュテルも守らないといけないな。とはいえ、露骨な動きをするわけにもいかない」
「兄さんが属性を増やせるという真実にたどり着かれれば、確実に大ごとになりますからね」
「こちらでも情報操作をおこなう予定ではございますが、すでに流れた噂については……」
ミルラは眉のあたりを押さえている。相当深刻に受け止めているらしい。まあ、大問題ではあるよな。とはいえ、ミルラやジャンを罰してどうにかなる問題ではない。というか、ふたりに罪はないからな。
今からできることは、とにかく噂について何らかの対処をすることだ。さて、どうしたものか。
「まあ、そこは仕方ない。終わったことを気にしすぎてもな。それよりも、今後の対策だ」
「おそらくは、アストラ学園から噂が流れたものかと。つまり、メアリ様の模擬戦を見ていた誰かということと存じます」
「もっと言えば、生徒よりも裏にいる当主や教師が怪しいですね」
ジャンやミルラに伝わるくらい噂が流れているとなると、アストラ学園の校内で収まっている感じではない。つまり、ただ噂話として流れたものではなさそうだ。
俺が思いつく可能性としては、ブラック家の妨害か、あるいは自分の強化を目論んでいるか。そのあたりになる。
確認のためにも、ふたりに質問をしていく。
「個人で流せる範囲を超えているから、か?」
「その通りでございます。何らかの狙いを持って、噂を流しているのだと判断いたします」
「つまり、口の軽いやつがうっかり流したという話ではないと考えるべきなわけだ」
「きっかけはどうあれ、現状ではその通りでございます。きっかけを探ることもできますが……」
「メアリの魔法が三属性だったと知っていた相手か。絞れそうで、絞りきれないな」
「属性に関しては、ある程度は話すものでございますから。王家も、知っていることでございましょう」
まあ、そうなるか。どれだけ属性が使えるかどうかで、大きく将来に影響する。それを考えれば、広めるという考え方をしてもおかしくはない。堂々と宣言せずとも、周囲に伝えるくらいはするか。あの父なのだから、余計にだ。
実際、俺が闇魔法に目覚めたと知った時には、本当にあちこちが知っていたからな。自慢するのも、貴族の仕事というところというか。
「こちらとしては、情報の流れから推測する予定です。ただ、当たりをつけるのが限度なんですよね」
「まあ、まずは調査だろうな。お前たちから見ても、それでいいか?」
俺の言葉に、ふたりは強く頷く。とにかく、黒幕を割り出さないことには根本的な解決はできない。それは、俺とふたりの共通見解だろう。
さて、誰が噂を流したのやら。そして、どんな目的を持っているのやら。どうせ、ろくでもないことなのだろうが。拳を握りしめそうになっている自分に気づいた。
「もちろんでございます。必ずや、レックス様の敵を見つけ出してみせます」
「噂を真に受けて動き出す相手にも、警戒が必要ですね。メアリを狙った動きは、きっとあるでしょう」
「ああ、そうだな。メアリのことは、必ず守り抜いてみせるさ」
メアリの願いを叶えたことが、危険につながっているのかもしれない。そう思えば、余計に気合いが入る。
絶対にメアリを傷つけさせはしない。そう誓いながら、俺は前を見た。




