441話 関係性の中に
メアリが魔法の訓練を頑張っていることもあり、俺も気合いが入るところだ。構想にある、俺の分身を生み出す魔法。それをどうか実現できないかと試している。
とはいえ、まだ先は長そうだ。分身を作るところまでは、まあ不可能ではない。ウェスの右腕を生み出した魔法やアクセサリーに魔法を込める仕組みなんかを応用すれば、ある程度は形になる。
ただ、そこから先が問題だ。どうやって操るかということだな。人間2人分を動かすとなれば、どうしてもマルチタスクが必要になってくる。ただ分身を遠くに送り込むだけなら、直接転移するのと大差ないからな。まあ、危険な地帯に威力偵察としては使えるだろうが。
ということで、今は行き詰まっている。まあ、これまでが順調すぎただけではあるのだが。本来、新しい魔法の開発というのは数年単位で時間がかかるものだろうし。
息抜きも兼ねて、俺は家の中を見回っていた。魔道具の運用は順調に進んでいるようで、何よりではある。
そんな中で、メアリとモニカが話している姿を見かけた。メアリは魔道具を使っていて、モニカはメアリに笑顔で話しかけている。
「あら、メアリ。今日も魔法の練習ですの?」
「そうだよ、お母さん。メアリ、もっと強くなるから」
メアリの態度は、俺に対するものとは明らかに違う。いつもの元気いっぱいな感じではなく、淡々と返事をしている。
なんというか、あまり関係が良くないのが見えてくるというか。いや、悲観的になるべきではない。特別俺が好かれているだけの可能性もある。まだ、諦めるには早いよな。
そう考えつつ、メアリたちを見守る。どんな関係かで、今後の対応を変えるために。モニカは、頬に手を当てて笑顔で返していた。
「あらあら、女の子ねえ。その気持ち、捨てちゃダメですわよ」
「お母さんは、捨てた方が嬉しいでしょ?」
若干冷たい声で、メアリは返す。少しだけ、居心地が悪いな。覗き見みたいなことをしているのは俺なのだが、どうにも困ってしまう。
家族として、俺はメアリもモニカも大事に思っている。だからこそ、できれば仲良くしてほしいのだが。まあ、強制しようとすれば、余計に関係が悪くなるだけだ。あんまり手出しすべきでないというのが実情だろうな。
ひとつ救いなのは、モニカは穏やかに受け止めていることだ。内心はどうあれ、大人の対応ができている。それだけでも、致命的に関係が崩壊する可能性は低そうだと思える。
「いいえ。わたくしが本当に求めるものは、その先には無いのですから」
「ふーん。あっ、お兄様!」
興味なさげに横を見たメアリは、こちらに気付く。そして、勢いよく駆け寄ってきて、胸に飛び込んできた。受け止めると、胸のあたりに頬ずりをしてくる。
とても幸せそうに見えて、微笑ましくなる。さっきとの落差で、怖くもあるが。そんな気持ちを隠しつつ、俺は笑顔でメアリの方を見ていた。
「元気にしてたか、メアリ。モニカも調子は良さそうだな」
「良い感じ! もうすぐ、新しい魔法を見せられるの!」
「レックスも、元気そうで何よりですわ。あなたの幸せが、大事なんですもの」
「ふーん、レックスって呼ぶんだ……。ねえ、お兄様、もっと、ぎゅってして?」
乾いた声で小さくこぼし、抱きつく力を強めながらおねだりしてくる。対抗心が目に見えるようで、ため息をつきたい気分だ。
とはいえ、今は受け入れるしか無い。変に仲裁しようとすれば、余計にこじれるのは分かりきっている。俺との関係で、モニカに思うところがあるのだろうから。だからこそ、努めて笑顔でメアリに接していく。
「もちろんだ、メアリ。今日はよく甘えてくるな」
「甘えたい盛りなんですわよ。わたくしにも、そういう時期がありましたわ」
「お兄様、今日は何をするの? 久しぶりに、遊んでほしいの!」
メアリは全力で俺に抱きつきながら、遊びの誘いをしてくる。とりあえず受けたいが、モニカはどうするか。そちらを軽く見ると、笑顔で頷かれた。
ということで、今はメアリに全力で集中することにする。モニカは、今のところは大丈夫そうだ。
「せっかくだから、またなにか魔道具を使ってみるか。あれの検証もついでにできるし」
「もう、お兄様ってば! お仕事のことばっかり! メアリのことだけ考えていればいいの!」
「あらあら。男の仕事に理解を示すのも、良い女というものですわよ。ねえ、メアリ」
頬をふくらませるメアリに、モニカは笑顔で告げる。大丈夫そうだと思ったのは、気のせいだっただろうか。
いや、良い方向に取ればたしなめてくれているのだが。なんとなく、笑みを深めているように見える。女の駆け引きというのは、恐ろしいものだ。
「モニカ、挑発するようなことを言わないでもらえるか……?」
「お兄様は、メアリのお兄様なんだから! 良い女とか、知らないもん!」
メアリはモニカからそっぽを向いてしまった。完全に、ご機嫌斜めだな。
「ああ、やっぱり……。メアリ、とにかく一緒に遊ぼう」
「分かったの。じゃあ、これで遊んでくれる?」
ムチの先みたいなものを魔力で作って、それをウニョウニョと動かしていく感じの道具だ。たぶん、物をつかむ道具の試作品かなにかなのだろう。
ということで使ってみるが、あまりスムーズには動かせない。最低限、形になっているという程度だ。
「ふむ……。こんな感じか? ちょっと、動かすのが難しいな」
「お兄様、へたっぴー! メアリの動き、見てて!」
メアリは複数本のムチの先みたいなものを出して、流れるように操作していた。なんとなく、千手観音みたいなイメージを思い浮かべてしまう。
明らかに俺よりうまいのだが、自慢げな笑顔も可愛らしい。やっぱり、元気いっぱいな子供という感じだ。
「ふふっ、良い笑顔ですわね。レックスの魅力が、よく出ていますわ」
「モニカも遊んでみるか……? 手持ち無沙汰じゃないか?」
「いえ、問題ありませんわ。レックスが笑顔でいるだけで、わたくしは満たされますもの」
モニカは落ち着いた笑顔でこちらを見ている。実際、確かに満たされていそうには見える。まあ、悪く思っていないのならそれでいい。
できれば、メアリとモニカには仲良くなってもらいたい。とはいえ、急ぎすぎては失敗するだろうからな。ひとまずは、メアリと遊ぶことを優先するのが良いだろう。自分を大事にされていると信じられれば、心の余裕も出てくるはずだ。
「じゃあ、メアリとお兄様で遊ぶから。お兄様、次はこれ!」
そう言って、次の魔道具を勢いよく突き出される。手に持って使うと、万華鏡のような光景が空間に広がっていった。魔力を操作することで、光景が変わっていく。
「ああ、分かった。これは、派手だな。見ていて楽しくなりそうだ」
「メアリは、こんなにすっごくできるんだから! お兄様、やってみて!」
メアリは何度も何度も光景を移り変わらせていて、それが本当に万華鏡らしさを増していた。色や配置が置き換わっていき、明るい輝きが部屋を満たしていく。
俺も使ってみるが、どうにもメアリほどはきれいにならない。なんというか、雑に宝石をばらまいたみたいな光景になってしまった。
「なるほど……。案外、難しいものだな。一個一個、的確に制御しないといけない」
「ねえ、レックス。いくつかの流れを作ってみてはどうですの?」
「試してみるか。なるほど、これも悪くないな……」
モニカのアドバイスを受けて、色ごとにまとまりを作ってみた。つまり、各属性ごとにという感じ。そうしてみると、良い感じの見た目のものができた。ステンドグラスみたいというのが、イメージに近いか。
そうしたら、メアリは笑顔で俺から魔道具を持っていった。そして、色とりどりのプラネタリウムみたいな光景を出していく。一個一個、細かく魔力を操作できている証だろう。
「メアリなら、こんなこともできるんだから! お兄様もやって!」
「ああ、分かった。……こんな感じか?」
そうして、俺はメアリに付き合っていく。メアリほどはうまくいかなかったが、良い訓練にもなると思えた。
「ふふっ、楽しそうで何よりですわ。ねえ、レックス」
そんな事を言いながら、モニカは優しい笑顔を浮かべている。この調子で、いつか仲良くなってくれたら。そんな願いが、俺の中にあった。




