440話 経験から得るもの
フィリスとメアリの模擬戦から、メアリは明らかに変わった。魔法を使うことに対する気合いが見える感じというか。
何度も魔法を使って首をひねっていたり、何かを書きながら考え事をしていたり。とにかく、前に進もうとする意志が見える。本当に、模擬戦の成果を感じるというか。
今も魔道具らしきものを持ちながら、いろいろとしている様子だ。
「メアリ、頑張っているみたいだな。訓練は、良い感じか?」
「うん。新しい魔法が、思いついたの。今は、その練習中!」
メアリの持っている魔道具は、筒状のもの。確か、魔力を強く吸収する性質を持った魔道具だ。それでできるのは、魔力を溜め込むこと。ただ、別の運用もある。というか、メアリ的には本命はそちらだろう。
魔力を強く吸収するということは、魔力操作が妨害されるということ。その中で魔力を運用できるのならば、より細かい魔力制御が可能になるはずだ。
つまり、メアリの目指している先の魔法がなんとなく見えてきた気がする。
「なるほどな。その魔道具を使うということは……」
「お兄様にも、内緒なの。使えるようになったら、教えてあげるの」
人差し指を唇に置きながら、片目をつぶっている。それなら、見せてもらう日を待っていればいいか。ここでどんな魔法か推理するのは、無粋だろう。
とはいえ、メアリの成長だけは間違いないと思える。よほどメチャクチャなことをしない限りは、まず怪我なんてしないだろうからな。とりあえず、見守っていればいい。
「なら、楽しみにしておくよ。どんな魔法だろうな」
「すっごいんだから! 絶対、お兄様も驚くと思うの!」
目をキラキラさせながら言っている。かなり明確なビジョンがある様子だな。フィリスとの戦いで、何か工夫していた記憶がある。そこから、発想がつながっていったのだろうな。
まあ、これ以上の推理は楽しみを奪うだけだ。あまり細かいことは考えなくて良い。素直に応援しておこう。
「メアリがもっと成長してくれるのなら、嬉しい限りだ」
「今はまだ、ちょっと弱いの。それは、分かったから」
そう言いながら、メアリは目に炎を燃やしているように見える。自分の弱さを自覚して、より熱が入る。沈んでしまうことも想定していたが、強い子だな。
フィリスというのは、本当に圧倒的な魔法使いだ。それが、俺と出会ってからさらに進化している。下手をしたら、ポッキリ折れてもおかしくはなかった。戦いから遠ざかってくれるのなら、それはそれで悪くないとも思っていたのだが。
ただ、今のメアリは全力で訓練している。俺が同じ立場なら、メアリのようにできたかどうか。可愛い妹ではあるが、尊敬すべき魔法使いでもある。それが分かった。
「まあ、フィリスは相当強いからな。簡単には勝てなくて当然だ」
「うん。お兄様が、メアリは勝てないって思っていたことも、許してあげる」
なんとなく、慈愛の目で見られているような気がした。戦う前には不満そうにしていたし、俺の本音には間違いなく気づかれていた。それでも許してくれるあたり、大人だ。
メアリのことも、もう幼いだけの相手としては見られないな。守るべき存在ではあるが、しっかりと自分を持った存在でもある。大切なことになるな。
「それは助かる。メアリに嫌われたら、悲しいどころじゃないからな」
「お兄様を嫌いになんてならないの。ちょっと怒るくらいなの」
「メアリは、本当に優しいな。そのまま成長してくれると、ありがたい」
「まずは、新しい魔法を覚えるの。それから、もっともっと強くなるの」
杖を握りしめながら、強い目で宣言していた。これまでのように、ただ純粋に夢見ていたわけじゃない。自分の弱さを知りながら、それでも立ち上がってのセリフだ。
メアリは、間違いなく強くなる。それだけは、心から確信できた。
「ああ、頑張ってくれ。何か手伝えることはあるか?」
「大丈夫! メアリだけでも、うまくできるもん!」
「そうか。でも、困ったことがあったら言ってくれよ」
「うん。まだまだ、メアリは強くなるんだから!」
「どこまで強くなれるか、ずっと見ているからな」
「うん! お兄様よりも、強くなるんだから!」
前と同じセリフでも、今は意味が違う。本気で決意が込められているのが見て取れる。幼い願望から、固い誓いに変わったような。
メアリは魔法だけでなく、精神的にも成長できる。それが、やけに嬉しかった。俺の妹はすごいんだと、触れ回ってやりたいくらいかもしれない。なんて、実際にやることはないが。メアリにだって迷惑だろうし。
「そうなったら、メアリに守られることになるかもな。なんて、兄は妹を守るものだよな」
「今度は、メアリがお兄様を守ってみせるの!」
「ありがとう。きっと、メアリは頼りになるよ」
「まずは、この道具で……」
そう言いながら、魔道具に引き寄せられる魔力を制御している。じっと、真剣な目で魔力操作する姿は、とても輝いて見えた。
俺だって、まだまだ先があるはずだ。メアリにだって負けないくらい、訓練しないとな。高い壁でいてやるのが、良い兄というものだろう。それでも、超えられた時は素直に祝いたいものだ。
「マリンたちも、良いものを作ってくれた。やはり、誘って正解だったな」
「うん。これがあれば、メアリはもっと強くなれるの」
そう言いながら、目はずっと魔力を見ている。魔法使いに必要なマルチタスクも、身につけてきているようだ。たった一度の敗北が、メアリを大きく変えた。フィリスには、心から感謝しないとな。
俺にとっては最高の師で、メアリにとっては最大の強敵なのだろう。どちらにせよ、欠かせない存在だ。フィリスを師として誘えたことは、あまりにも大きな財産になった。
メアリは何度も何度も魔道具を使い、ずっと魔力を操作している。しばらくして、少しだけ休んでいく。その顔は、満足感でいっぱいだった。
「魔力の操作技術は、格段に向上できるだろうな」
「うまくなって、もっとすごい魔法にするの。ここから、もっともっと!」
「今の感じでも、前よりうまくなっているのは分かるぞ」
「まだまだ、足りないの。メアリは、最強になるんだから!」
メアリの言う最強に、明らかに色がついているのが分かる。魔力を吸われながら、荒れ狂う奔流のように扱っていた。つまり、相当細かい魔力制御を目指しているということになる。
だからこそ、もっともっと強くなっていくのだろう。最強になれるかは、まだ分からない。それでも、今までよりずっと強くなってくれるはずだ。俺は、笑みを抑えきれそうになかった。
「そうか。良い目標だ。メアリなら、きっとできるさ」
「うかうかしてると、すぐに抜いちゃうんだから!」
「それは怖いな。まだまだ、カッコいい兄で居たいからな」
「お兄様は、十分カッコいいの! でも、可愛いお兄様も悪くないの」
ちょっとだけ色気のある笑みを、メアリは浮かべていた。俺を可愛がる姿を想像しているのかもしれない。
でも、まだまだ早いな。俺は兄として、メアリに立派な姿を見せ続けなければ。尊敬される兄で居たいというのは、当然の気持ちなのだから。俺の中にも、燃え上がるような感情があるのが分かった。
「メアリに負けたら、可愛いってことか。それは、負けていられないな」
「もう、お兄様のいじわる! メアリに可愛がられていればいいの!」
「兄として、カッコつけたいものなんだよ。分かってくれ」
そう言うと、メアリは笑顔で頷いてくれた。新しい魔法がどのようなものになるか、本当に楽しみだ。成功した時には、うんと褒めてあげよう。そんな気持ちで、胸が暖かくなっていた。




