439話 敗北の一歩
フィリスの準備が整ったということで、俺達はアストラ学園へと転移してきた。今回の模擬戦は、生徒たちも見守ることになるらしい。まあ、必要経費だろう。メアリの手の内を明かすことはあるが、成長できるメリットの方が大きいはずだ。
それに、いずれメアリがアストラ学園に通うのなら、どうせ全力は見せることになる。早いか遅いかの問題だろうな。ということもあって、俺は前向きだ。
メアリは息を強く吐き出しながら、気合いを入れている様子だ。さて、どこまで対抗できるだろう。
楽しみにしつつ、今回の対戦相手であるフィリスに向き合う。少しだけ口元を緩めて、こちらを見ていた。
「……再会。久しぶり、レックス」
「ああ。今回は、よろしく頼む。最高峰の魔法を、見せてくれ」
「もう、お兄様! メアリが勝つんだから、そっちを見てて!」
メアリは頬を膨らませながら、俺をにらんでいる。反抗的な態度ですら可愛いのは、メアリの愛嬌だよな。
とはいえ、勝つのは期待薄だという気持ちは態度に出ているのだろう。そこは反省すべきではある。少なくとも、ある程度の演技はできるべきだろう。
まあ、今はいい。とにかく、しっかり集中して戦いを見ていかないとな。
「……期待。レックスの与えた力を、どう使いこなすか」
「上から見てくるなんて、許さないんだもん! やっつけちゃうんだから!」
フィリスのこともにらみながら、メアリは杖を構える。興奮しているようだし、一応注意だけはしておくか。やりすぎると、お互いに困るだろう。
まあ、贈ったアクセサリーはどちらも着けている。だから、最悪の事態になる可能性は低いだろうが。それでも、あまり過激なことはしてほしくないからな。
「念の為に言っておくが、お互いに怪我しないようにしてくれよ」
「……意識。せっかくの機会、無為にはしない」
「じゃあ、始めるの! 絶対に、負けないんだから!」
メアリの言葉と同時に、ふたりは向かい合う。メアリは強くにらんでいて、フィリスは無表情のまま。戦いの舞台で、今か今かと始まりを待っているようだった。
それに合わせて、俺は審判としての働きをしていく。手を振り上げて、声とともに振り下ろした。
「では、始め!」
「……初手。五曜剣」
「メアリの番! 雷炎岩竜巻!」
フィリスから魔力が押し固められた剣が飛んでいき、メアリは竜巻をぶつけていく。岩や炎雷が荒れ狂うままに進んでいくが、フィリスの剣と当たって動きが止まる。
そしてフィリスの剣が爆発していき、竜巻ごと消し飛ばしていった。とはいえ、爆発はメアリまで届くほどじゃない。お互いに打ち消しあったという感じだろう。
「ふむ。今のところは、拮抗しているな」
「……感心。しっかりと研鑽が見て取れる」
頷きながら、フィリスが言う。それに対して、メアリはムッとしたような顔をした。どう見ても、上から見ているような態度だからな。実力差を考えれば、妥当でしかないのだが。
フィリスは明らかに余裕がある。手加減して、その上でも勝てると判断しているのだろう。俺も同感ではある。ただ、メアリはそれが腹立たしい様子。杖をぎゅっと握りしめて、フィリスに向けた。
「メアリが弱くないって、しっかり教えてあげるんだから! 雷炎岩竜巻!」
「……手札。それが、あなたの課題。雷炎岩竜巻」
メアリとフィリスの竜巻どうしがぶつかり合い、しばらく拮抗する。そして、お互いの技が吹き飛んでいった。
真ん丸に目を見開いたメアリだったが、すぐにフィリスをにらんでいた。
「メアリの技を、マネしたの!? ずるい!」
「……否定。これが、勝負というもの。雷炎岩竜巻」
「同じ魔法なら、絶対に負けないんだから! 雷炎岩竜巻!」
再び同じ流れになる。だが、今度はメアリの魔法が押されていった。苦しそうな顔になったメアリは、杖を突き出しながら魔力を注ぎ込んでいく。
それを見ながら、フィリスは薄く微笑んでいた。
「……認識。もっと先を、あなたに見せる。無謬剣」
フィリスの姿が消えて、魔力の刃がメアリに向けて殺到する。見ていれば分かる。カミラが使った、魔力と自分との合一。それを、フィリスも覚えたということ。
「これは、俺や姉さんの……!」
そして、最大の違いがある。フィリスは五属性すべてを込めた魔法と自分を合一している。ただでさえ、別属性の魔力は近づくと反発する。それを利用した爆発こそが、フィリスの五曜剣。
つまり、同じように見えて数段上の技術が詰め込まれた魔法と言える。やはり、フィリスはとんでもない。俺は身震いを抑えきれそうになかった。
「だからって、負けないんだから! 雷炎岩竜巻!」
メアリはもう一度魔法を打ち込む。今度は、より凝縮された竜巻という感じで。荒れ狂う風や岩の密度が上がり、中に入ってしまえば原型どころか固体が残るのかすら怪しい。
それでも、フィリスの刃はあっけなくメアリの魔法を消し飛ばしていく。そして、フィリスは再び人の形に戻っていった。
「……工夫。魔力の収束、悪くない。でも、終わり」
「魔法、壊されちゃった……。これは、負けなの」
フィリスは淡々と話す。メアリはうつむきながらこぼす。勝者と敗者に、完全に分かれていると言って良いだろう。
ただ、メアリの弱点も見えたし成長も見えた。それだけでも、今回の戦いには価値があったはずだ。その上で、フィリスの新たな境地まで見ることができたんだからな。もう、最高と言っていい。
「残念だったな、メアリ。でも、良い勝負だったよ。流石はフィリスだと、あらためて理解できた」
「……研鑽。レックスが進んでいるのに、私だけ立ち止まっていられない」
「まったく。誰も彼もが、俺を立ち止まらせてくれないな」
「……同意。レックスがどこまで進むのか、私は見たい」
そう言って、フィリスは薄い笑みを浮かべる。とても期待されていて、少しだけ重くはある。だが、その重さこそが俺にとっては大事なもの。胸が温まるような感覚と一緒に、抱えていく。
「お兄様が成長したって、メアリは負けないんだから!」
「ああ、楽しみにしているよ。今回の戦いでも、何かをつかめたみたいだしな」
「雷炎岩竜巻は、もっともっと強くできるの」
「……共感。メアリも、やはり魔法使い。どこまでも、魔法を追求したいもの」
「次は、フィリスさんにだって勝ってみせるんだから!」
メアリは元気いっぱいに宣言する。負けて得るものがあったのなら、良いことだ。
「……期待。もっと先を見せてほしい。あなたなら、強くなれる」
「ああ、そうだな。メアリなら、いつかはフィリスにも勝てるさ」
「……不満。レックスは、私が負けてほしい?」
そう言いながら、目を細めてこちらを見てくるフィリス。俺は慌てて、顔の前で手をパタパタと振っていた。
正直に言えば、フィリスには最強でいてほしい気持ちとメアリに買ってほしいという気持ちの両方がある。とはいえ、どう答えたものか……。
「そういうわけではなくてな……」
「……冗談。レックスなりの応援の形。よく分かっている」
フィリスの薄い笑みを見て、俺は胸をなでおろした。この調子で、切磋琢磨していきたい。俺はもっと強くなってフィリスの期待に応えたい。そんな気持ちが、胸の中で燃え上がっていた。




