438話 期待を込めて
メアリが模擬戦をするということで、相手を用意しないといけない。とはいえ、メアリに優位に立てる相手は、そう多くない。五属性使いというのは、飛び抜けて強いものだからな。
同等以上の才能を持つものとなると、同様に五属性のリーナとフィリス。闇魔法を使える俺とミュスカ。そして光属性使いのミーアと無属性使いのジュリアといったところか。案外多いが、そもそも三属性使いの時点で稀だということを忘れそうになってしまうな。
属性の壁を超える存在なら、カミラやフェリシア、ラナなんかもいる。とはいえ、実際に勝っているところを見たのは四属性使いまでだ。勝てるかどうかで言えば、怪しいだろう。
となると、候補は最初の6人になる。誰が良い感じに高い壁となってくれそうかというと、フィリスだろうな。長命のエルフとしての絶大な経験と実力が、存分に発揮されるはずだ。単なる才能で負けるより、よほど良い経験になってくれるだろう。
相手は決まったので、後は許可を得る必要がある。ということで、早速通話をする。すぐに反応があった。
「フィリス、いま大丈夫か? 少し、話があってな」
「……歓迎。レックスなら、いつでも話をしてきて良い」
淡々と話しているのに、本当にいつでも良いと思ってくれているのが伝わってくる。いつもの無表情な顔が思い浮かんでくるようだ。時々、薄く微笑む時もある。きっと今もそうなのだろう。
俺の思い込みという可能性は、かなり低いだろうな。フィリスが俺を大切にしてくれているのは、何よりも行動で教えられているのだから。
「ありがとう。会話に花を咲かせたいところではあるが、まずは本題に行こうか」
「……同意。レックスが求めることを、知りたい」
「実は、メアリと模擬戦をしてほしいと思っていてな。構わないか?」
「……許容。察するに、五属性の運用を見せたい?」
メアリとフィリスは同じ五属性使いだ。正確には、フィリスは天然物で、メアリは後から俺が魔力を植え付けたのだが。
とはいえ、意図としては似たようなものだ。フィリスという高い壁にぶち当たってほしい。それこそが、メアリの成長につながるはずだ。
「正確には、もっと強い相手を知ってもらいたくてな。良い頃じゃないか?」
「……理解。なら、学園でおこなう。そうすれば、通しやすい」
「五属性の力を知るみたいな建前を用意するわけだな」
「……肯定。どうせなら、レックスも見に来て」
誘われたのなら、行くしかない。実際、久しぶりに顔を見たいからな。通話や転移もあるが、いくらなんでもいつでもどこでもとはいかない。だからこそ、良い機会に胸が踊るのを感じる。
フィリスは今でもずっと、俺の最も尊敬する魔法使いだ。それはきっと、これからも変わらないのだろうな。
「ああ、そうさせてもらう。フィリスの魔法なんて、いくら見てもいいからな」
「……歓喜。レックスに認められることは、とてもありがたい」
少しだけ、声が高くなったのを感じる。フィリスはいつでも冷静だが、こうして感情が見えるのが良い。そうじゃなかったら、きっともっと冷たい印象を抱いていただろうな。
「尊敬する師匠なんだから、当然だ。じゃあ、また」
「……期待。レックスに会える時を、楽しみにしている」
そうして通話を終えて、さっそくメアリを探す。しばらく歩き回っていると、魔道具で遊んでいる姿を見かけた。こちらを見て、笑顔で駆け寄ってきた。
「メアリ、模擬戦の相手が決まったぞ」
「誰なの? 強い相手だと良いな!」
張り切った様子で、笑顔を見せている。自信満々という感じだから、負けるとは思っていないのだろう。だからこそ、ここで鼻っ柱を折るのは大事なことのはず。
メアリがただの子供なら、ただ応援するだけでいられた。だが、戦いに関わるというのなら、絶対に必要なことだ。恨んでくれて良い。それでも、俺はお前が大事なんだ。
「フィリスだ。会ったこともあるし、知っているよな?」
「すごい魔法使いだって、聞いたことある!」
「ああ。頑張って、良い勝負をしてくれ」
「良い勝負なんて、ひどい! メアリ、勝つもん!」
頬を膨らませながら、俺に抗議してくる。可愛らしいものではあるが、だからこそ、この顔を歪めなくてはならない。
メアリは自信を通り越して油断を抱えている。それが命取りになるくらいならば、傷つけてでも止めよう。それが、本当に大事にするということのはず。そうだよな。
「悪かったよ、メアリ。勝てるように、応援している」
「お兄様のバカ! メアリ、そんなに弱くないもん!」
「なら、強いところを見せてくれ。とはいえ、やりすぎないでくれよ」
「当たり前なの! メアリの強さ、ちゃんと教えてあげるんだから!」
胸を張りながら、笑顔で言っている。実際に模擬戦をおこなえば、この顔は曇るのだろう。少しだけ、背中を引かれるような感覚がある。だが、ここで立ち止まるのは論外だ。そんな気持ちを抱えながら、俺はメアリに目線を合わせた。
「ああ。しっかりと教えてくれ。楽しみにしているよ」
「お兄様は、メアリを子供扱いしすぎ! メアリは大人なんだから!」
「ふくれっ面をしているようなら、まだまだ早いかもな」
「もう、知らない! お兄様、いじわるなんだから!」
そう言って、足音を立てながら去っていく。俺は手を伸ばすが、追いかけはしなかった。
「待ってくれ、メアリ!」
声をかけて、見送っていく。そうしていると、近くに気配を感じた。そちらを見ると、微笑んだモニカがいた。
「あらあら、レックス。嫌われてしまいましたわね」
レックスちゃんではなく、レックスときたか。本気で、俺を男として見ている様子だ。軽く寒さを感じる部分はあるが、俺の責任でもある。
結局のところ、受け入れるしか無い。それが、モニカを壊してしまった俺のやるべきことなのだろう。だから俺は、笑顔で返した。
「見ていたのか、モニカ。ちょっと、失敗したかな」
「そんなものではありませんの? メアリは、まだまだ子供ですもの」
「とはいえ、もう少し寄り添ってあげても良かったかもしれない」
「レックスは、メアリを危ない目に合わせたくないのでしょう? いつか、伝わりますわ」
穏やかに微笑みながら、そう言っている。今のメアリには、難しいのかもしれない。だが、理解して欲しい。きっと、もっと成長につながるはずだから。
俺に必要なのは、メアリを甘やかすことじゃない。むしろ、厳しく当たる必要のある局面だ。メアリの命だけは、失わせるわけにはいかない。
ため息をつきたい気分ではあるが、抑える。モニカの前では、変なことはできないからな。
「メアリのやりたいことを、全部させられはしないからな」
「ええ。親も兄も、似たようなものですもの。それに、メアリはレックスが大好きですもの。すぐに仲直りできますわよ」
「なら、良いが。メアリが頑張るところ、しっかりと見てやらないとな」
そう言うと、モニカは頷いて返してきた。今回の模擬戦が、メアリが新しい一歩を踏み出すきっかけになってくれたら。そんな願いを込めながら、メアリの去った方を見返していた。




