437話 心配の形
魔道具や魔力バッテリーに関する工業化については、ひとまず落ち着いたというところだろうか。きっと歴史を変えるものではあるが、一朝一夕では変わりはしない。
ということで、今は成果を待っているところだ。少しずつ、広がっている様子ではあるな。
そんなこんなで、次の方針について考えていた。そうしたら、部屋のドアが勢いよく開いた。そちらを見ると、ふくれっ面のメアリがいた。
「お兄様、せっかく帰ってきてもお仕事してばっかり! もっとメアリと遊んで!」
こちらの胸元あたりで、俺を見上げている。可愛らしい限りだ。久しぶりのワガママではあるものの、実際に暇はできている。今すぐにやるべきことは、特に無いんだよな。
察するに、誰かしらに今の俺の状態を聞いて、遊びに来たのだろう。その辺、かなり良い子だからな。
とはいえ、間違いなく本音ではあるはずだ。寂しがらせてしまったことは、反省しないとな。俺は笑顔を向けつつ、メアリに返事をする。
「悪いな、メアリ。今日は大丈夫だから、しっかり遊ぼうか」
「うん! お兄様と遊ぶの、とっても楽しみ!」
ワクワクした様子で、こちらをまっすぐに見ている。両手を広げて、元気いっぱいだ。こうしているメアリは、見ていて幸せになれる。
純粋な子という感じで、子供らしくもある。だからこそ、しっかりと見守っていきたい。大切な妹として、できるだけずっと。
「さて、何をして遊ぶ? 魔法でも使ってみるか?」
「お兄様の魔力、またメアリに送り込んで! それが一番なの!」
ニコニコしてそう言う。メアリは昔から、俺の魔力が大好きだよな。なんとなく、相性がいいのだろう。
せっかく好きでいてくれるのだから、全力で期待に応えよう。そう考えながら、俺は頷いた。
「ああ、分かった。こっちに来てくれ、メアリ」
「抱っこしながら、注ぎ込んでほしいな?」
上目遣いで、こちらを見てくる。それに合わせて、俺は腕を広げた。
「良いぞ。……これでどうだ、メアリ?」
メアリは背中からこちらの胸に寄ってくる。それを抱きしめて、俺はメアリに魔力を送り込んでいく。少しずつ侵食させていって、たくさん感じられるように。
くすぐったそうに震えているが、絶対に離れようとしない。きっと心地いいのだろう。そう思いながら続けていく。
しばらくして、魔力が満ちた感じになった。その段階で、俺は両手を離す。すると、メアリはこちらに振り向いて、弾ける笑顔を見せてくれた。
「やっぱり、お兄様の魔力は最高なの。また、頑張っちゃう!」
「元気になってくれて、良かったよ。メアリが嬉しいと、俺も嬉しいからな」
「ありがとう、お兄様。メアリも、お兄様が嬉しいのは嬉しいの」
当たり前のように言ってくれるセリフが、優しさの証だよな。メアリくらいの年で、相手の喜びを自分のことのように喜ぶなんてこと、そうはできないだろう。
だから、俺はメアリが大好きなんだよな。とても可愛い妹だと思える。
「ははっ、両想いといったところか。兄妹としては、理想的だな」
「うん! だからメアリ、お兄様のことを守ってあげるの!」
両手を握りしめながら、強く宣言していた。戦闘能力自体には、まあ問題はない。とはいえ、戦いなんてしてほしくないとも思う。
まあ、見ているだけというのも苦しいからな。悩みどころではあるんだ。なまじっか戦えるから、余計に歯がゆいのだろうし。
「俺としては、あんまり危ないことはしてほしくないんだが……」
「お兄様は、とっても危ないことをしているのに?」
純粋な目で、こちらに問いかけてくる。実際、俺の言葉に説得力はないんだよな。率先して危ないことをしていると言われれば、否定できない。
とはいえ、俺の気持ちとしては、あまり戦ってほしくないのは事実だ。頼る部分は頼るべきだと、分かってはいるのだが。メアリは幼さを感じさせるから、つい心配してしまう。
「だからこそだよ。楽しくないし、苦しいからな」
「なら、メアリがお兄様を守ってあげなくちゃ! メアリは別に、戦いなんて苦しくないよ?」
無邪気な顔で、首を傾げている。こういうところは、ブラック家らしさを感じさせるな。人を殺すことに抵抗を持たないのは、少し怖い。
とはいえ、本気で苦しまれるよりはマシではあるのだが。メアリなら、やたらめったらと殺さないことは信じられるのだし。
それでも、俺の気持ちだけはしっかりと伝えておこう。変なテクニックを使って誘導なんて、するべきじゃない。
「勝っているうちは、そうかもな。でも、怪我をしたりするかもしれない。メアリには、痛い思いをしてほしくないんだ」
「お兄様がいてくれるのなら、へっちゃら! 痛いのは、慣れてるもん」
「そうか。まあ、戦いは初めてじゃないからな。もしかしたら、お願いするかもしれない」
「メアリに任せて! お兄様の敵なんて、みんなやっつけちゃうんだから!」
握りこぶしを胸の前で示しながら、元気よく宣言する。純粋な優しさと残酷さが混ざり合っている姿は、ほんの少しだけ目を逸らしたくなる姿でもあった。
「そうだな……」
「メアリが心配なの? なら、メアリが強いって証明するの。強い人と戦えば、分かるよね?」
強さを問題としてしまうのは、メアリの幼さゆえなのか。悩ましいところだ。まあ、これ以上の説得は難しいだろう。なら、せめて強くなってもらいたいものだ。
「まあ、それもありかもな。念の為に聞いておくが、殺し合いじゃないよな?」
「知らない強い人と戦っても、意味ないの。だから、ちゃんとやるの」
なら、本気で俺に認められるために、強敵を上回りたいということだろう。もし負けたら、説得を受けてくれるかもしれない。そんな考えも浮かんでくる。
勝つにしろ負けるにしろ、戦いで負ける可能性を知ってもらいたいところだ。その辺が理解できれば、まだ安心して協力してもらえるからな。
ということで、俺はメアリの提案を受けることにした。
「それなら、場を用意しても良いかもな。ちょっと、考えてみるよ」
「誰が相手でも良いよ! メアリ、勝つから!」
「分かった。なら、楽しみにしておいてくれ。良い相手を探してくるよ」
メアリに勝てるかもしれない相手となると、限られてくる。仮にも五属性使いだからな。特別な例外を除けば、最上位の魔法使いだ。
いくつかの候補を頭に思い浮かべながら、メアリと向き合う。すると、メアリは笑顔で頷いていた。
「うん! お兄様の妹として、絶対に負けないんだから!」
「張り切りすぎて、怪我をしないでくれよ? 模擬戦で怪我なんてしたら、もったいない」
「大丈夫! メアリだって、ちゃんと手加減できるの!」
胸を張って、そう言っていた。まあ、なんだかんだで優しい子だからな。本気で相手を傷つけたいとは考えないだろう。自分の強さを証明したいだけなのは、見ていれば分かる。
さて、模擬戦がどんな影響を与えるだろうな。しっかりと考えて、良い方向に進むようにしたいものだ。
「なら、楽しみにしておくよ。メアリの強さを、しっかり見せてくれ」
「もちろん! メアリはいつか、お兄様にも勝つんだから!」
元気いっぱいに宣言するメアリを見ながら、俺は今後について考えていた。
きっと、いつかはメアリも戦いの渦中に巻き込まれるのだろう。その時に、少しでも苦しまなくて良いように。そう祈りながら、模擬戦で戦う相手を頭に思い浮かべた。




