435話 ミルラの利益
私はレックス様の秘書として、アカデミーから誘われました。それが、今の私を作っていると言っても過言ではないどころか、ほぼ全てだと言っていいでしょう。
秘書としての仕事をしているからこそ、分かりました。レックス様は、アカデミーで研究していたような内容を求めているのだと。
とはいえ、一朝一夕で雇えるというものではありません。強引な引き抜きをしてしまえば、禍根を残してしまいますから。だからこそ、準備の時間が必要だったのです。
その準備は、大きく進みました。レックス様の友人たちが増えたことで、周囲からも手を回せるようになったのです。それぞれが当主などの立場を持ったことも大きいですね。
「アカデミーからの人員を利用できれば、レックス様の活動が拡大できるでしょう」
私のように事務を任せることも、研究の成果を利用することも良い。少なくとも能力に関しては、ただ市井から集めるよりは保証されていると言えます。
それに、ツテから当人の評判などを知ることもできますからね。使える人員を集めるという意味では、かなり良い場所と判断できます。
とはいえ、それだけでは物足りません。レックス様のしもべたる私が、ただ凡庸な成果を出すだけで良いのでしょうか。答えなど、言うまでもありません。
「私のツテを使って、最終的にはアカデミーを実質的に支配する。それを目標といたしましょう」
ブラック家のために、アカデミーの成果を使う。それが目指すべきところになるでしょう。教員からも生徒からも、そして外部からも影響を深めていく。ブラック家で人員も研究も活用する形に近づくように、手を回す。
無論、ブラック家だけが行き着く先となれば、長期的には先細りするでしょう。その天秤を測ることは、とても大事になってきますね。
大きな目標を抱いてアカデミーに入学させ、適度にブラック家が裏から手を回す。そのようなところでしょうか。
「レックス様のために、使えるものはすべて使うべきでございます」
私自身のツテも、レックス様の交友関係も。アカデミーも、私の友人も。無論、レックス様の大切な人が傷つかないようにではありますが。そこを無視してしまえば、レックス様の望みは叶いませんからね。
最も大切なことは、私が活躍することそのものではありません。それだけは、心に刻み込んでおくべきでしょう。レックス様の栄達と幸福こそが、私の目指すべきものです。
とはいえ、レックス様が知らないところで知らない人が傷つくことは、許容しますが。仮にアカデミーの人材に損害が出たところで、レックス様が傷つかなければ問題ないのですから。
かつて集めた雑多な存在も、利用できるかもしれません。現在は、鉱山の開発に利用していますが。また別の形に運用できる可能性はあります。
とにかく、柔軟な考えが重要になります。誰と手を組み、誰を利用するか。その境界すらも、あいまいなものになるでしょう。
「ミーア様とも、協力いたしましょう。こちらから利益を差し出しつつ、手を借りましょうか」
王家の力があることが、どれほど大きな意味を持つか。とはいえ、一方的に利用するなど論外です。仮にも王家にそれを実行すれば、ブラック家は敵を増やしますから。同時に、ミーア様はレックス様のご友人ですからね。
だからこそ、手を借りるうえでは便利な存在ではあります。お互いがレックス様のために行動する中で、それぞれに必要な利益を手に入れる。私はレックス様のさらなる信頼を、ミーア様はレックス様の名声を求めているのです。
そして、ミーア様はブラック家の外部で、私はブラック家の内部で行動する。そうすることで、お互いが噛み合って大きな影響を与えていくのです。
「さて、周辺から圧力をかけることも大事になってくるでしょうね」
王家、近衛騎士、ホワイト家には、ミーア様から手を回していただいた方が早いでしょう。ヴァイオレット家、インディゴ家には私から働きかけるべきでしょう。
レックス様の友人たちも、それぞれに立場を持っています。お互いに利用し合い、利益をもたらし合う。そのような関係になるでしょうね。
「まずは、マリンさんからでしょうか。きっと、レックス様も気に入ってくださります」
私の友人であるマリンさん。その発明は、きっと便利に使っていただけるでしょう。レックス様の発想ならば、私より良い使い道を思いつくかもしれません。
マリンさんは、魔力を溜め込む道具を作っている。その事実が、大きな価値を持つでしょう。私でも、いくらかの用途は思いついているのですから。それだけでも、十分に役割は果たしてくれるでしょう。
ただ、きっとレックス様はマリンさんの発明が持つ本当の価値に気付く。マリンさん自身が気づいておらず、私もまだ見出せていない。そんな価値に。
「認められるという事実は、時に劇薬となるのですよ。ねえ、マリンさん」
私が、心からレックス様に忠誠を誓うきっかけになったように。同じ気持ちを、マリンさんも経験するのでしょうね。
純粋な気持ちで褒められて認められる。その幸福は、奪われたくない。きっと、マリンさんも思うことでしょう。いわば、レックス様に落とされるようなもの。
きっと、レックス様のお役に立ってくれるでしょう。そのために、私はマリンさんを紹介するのです。
「私のため、レックス様のため、その力を発揮してくださいね」
私は、マリンさんという相手を紹介したことで評価を上げる。レックス様は、マリンさんの発明を利用できる。それこそが、私の狙いなのですから。
とはいえ、善意でもあるのですよ。私たちのようにくすぶっている存在は、レックス様のような太陽に照らされて輝くのです。その快感は、他の何にも代えられませんから。
「きっと、マリンさんの幸福にもつながるでしょう。同じ悩みを、私たちは抱えていたのですから」
ですから、騙すわけではありませんよ。マリンさんだって、ちゃんと欲しいものを手に入れられるんです。私も、欲しいものを手に入れられる。
私だけが一方的に搾取する関係ではありません。マリンさんは、喜びますよ。
「これが、レックス様の語る、お互いに利益のある取引というものでしょうね」
私もレックス様もマリンさんも得をする。素晴らしい関係でしょう。友人として、マリンさんのことは認めているのです。だから、相応に良い思いをさせてあげましょう。
そして、私やレックス様はさらなる利益を手にするのです。
「マリンさんはレックス様に認められる。レックス様は、マリンさんの技術を使える」
そして私も、レックス様の感謝と信頼を得られるのです。三方良しとは、まさにこのこと。優秀な友人を持てて、私は幸せですよ。
「ふふっ、良い友人を持ったものです。レックス様に捧げるには、最高でしょう」
これで、レックス様は喜んでくださるはずです。その瞬間を思い描くだけで、私には法悦が走るようでした。顔がゆがむのを、抑えきれそうにありません。
私は、レックス様のためにすべてを捧げるのです。そして、何よりも大切なものを手に入れるのです。
「マリンさんも、私に感謝するでしょうね。それで、良いのです」
私だからこそ、マリンさんの気持ちは分かりますよ。どれほど努力をしても、成果を出しても、ただ魔法が使えないというだけで軽んじられる。そんなこと、許せるはずがないでしょう。
だから、私はレックス様が全てになったんです。私の存在を、ただ肯定してくれる方ですから。
「友情よりも主ではあります。それでも、良い思いくらいはさせてみせますよ」
ですから、レックス様。私のことを、これからも必要としてください。それだけで、私はなんでもできるんです。




