434話 区切りの時
今回の黒幕に関しては、俺は手を出さないことになった。珍しいことではあるが、これも仲間の成長につながる機会かもしれない。今までの事件は、良くも悪くも俺の闇魔法の力でどうにかしてきたからな。
というか、俺自身にとっても大事にすべき機会かもしれない。本当の意味で誰かに仕事を任せる意味でも。口や手を出したくなっても我慢するというのも、人を使う上では大事なはずだ。成長の機会を、奪ってはならない。
だからこそ、俺はただ報告を待つことに決めていた。どこかに歯がゆさはあるものの、必要な過程だと信じていた。
しばらく待ち続けて、マリンたちから報告を受ける段になる。空気感からするに、うまく行った様子だ。俺の手伝いを求めるような深刻さは感じない。
「ひとまず、犯人を追い落とすことには成功したのです。これからは、魔道具の開発に戻るのです」
「レックス様に喜んでもらうために、もっともっと案を出さないとねー」
「そうだね。どれだけ実現できるのかも大事だけど、できそうなことを言うのも大事だと思うかな」
これまでは、特にマリンがアカデミーに対して働きかけていたからな。どうしても、研究に関しては遅れが出ているはずだ。とはいえ、みんなが安全に仕事をするためにも、避けては通れない流れだった。
とりあえずは、クリスたちは前向きに考えられている様子だ。魔道具の開発は、これからも進むだろうな。どんな物ができあがるか、とても楽しみだ。
俺は機械をイメージしているが、全く別のものが生み出される可能性もある。そうなれば、この世界は大きく発展するだろう。まあ、広がるかどうかまでは分からないか。
いずれにせよ、クリスたちの発想はとても大事だ。俺にはない何かを得られる可能性が高い。
「どれを選ぶかは、俺やミルラやジャンである程度決めることになるだろうな」
「言葉は悪いですが、役立つものを作っていただきたいと存じます」
ミルラの言葉は当然ではあるのだが、難しい問題ではある。この手の研究は、予想外のものが役立つことが往々にしてある。
本気で意味の分からない研究なら話は別かもしれないが、クリスたちに限っては無いだろう。だから、あまり制限をかけすぎるのもな。
「まあ、そうなるよな。直接役に立つかどうかが大事とは限らないのだが」
「優れた技術さえあれば、こちらで使い道を探るということでございますね」
例えば、水を含ませた土を出す道具ができたとする。畑に使うとすると、直接水を出した方が便利そうだ。だから俺にはすぐに使い道は思いつかないが、陣地の設営なんかですごく役に立つ可能性がある。建築とか、その辺もかもしれない。
一見役に立たないとしても、見る人が見れば宝だったりする可能性はある。その宝を発見したいんだよな。
「ああ。あくまで、理想ではあるがな。現実的には、課題も多いだろう」
「レックス様は、本当に私たちの理解者なのです」
「分かるかもー。何が役に立つのかって、結果が出ないと分からないからねー」
「うんうん。失敗が、案外後で役に立ったりとかね」
ノーベル賞が生まれるきっかけになったノーベル自身がそうだ。ダイナマイトは、たまたま液状の爆薬を土にこぼした結果、固まった物が便利だったという話だからな。
つまり、研究というのは本当に分からない。素人が口を出しても、結果には繋がらないだろう。目指すものの方向性くらいは、共有したいが。
ロボットの開発をしたいのに、虫の子供ができる仕組みについて研究しているとかだと、流石に頭を抱えてしまうというか。いや、そういうことでも案外意図があるのかもしれないが。まあ、クリスたちなら説明してくれるはずだ。心配はしすぎなくて良い。
「まあ、大怪我をするような失敗をしないのなら、それでいいさ」
「私達のことを第一にしてくださるのが、よく分かるのです」
「レックス様って、評判からは信じられない人だよねー」
「そうだね。サラちゃんの主だって聞いた時には、ちょっと心配したけれど。余計なお世話だったみたい」
みんな穏やかな顔をしている。信頼関係を築けた証だな。実際、最初は警戒されていた。仕方のないことではあるのだが。
ただ、今は信じてくれている。それで良い。クリスたちとの出会いは、間違いなく最高のものだった。
「まあ、サラは純粋な感じだからな。騙されていると思っていても、おかしくはないだろう」
「ふふっ、今は心から信じているよ。ね、クリス」
「信じるというか、別の気持ちだったりしてねー。ねー、ソニア?」
ソニアは優しい目でこちらを見てきて、クリスは流し目で見てくる。まあ、間違いなく冗談だろう。俺に本気で恋している様子ではない。というか、俺はただの子供だからな。ソニアたちみたいな年頃だと、異性とは思えないだろう。大学生が中学生くらいに恋なんてしないだろうし。
まあ、慕ってくれているのは確かだろう。良い主だと思われているというか。それは、素直に嬉しい。
「俺に仕えてくれるのなら、どんな感情でも構わないが。お前たちは、手放したくないからな」
「レックス様は、時々大胆なのです。ビックリしてしまうのです」
「好意や信頼を口にしていただけるのは、ありがたいことでございます」
マリンは少し目を見開いていて、ミルラは真顔で頭を下げる。やはり、ちゃんと言葉にするのが大事だよな。俺はみんなが大切で、信じていて、失いたくない。その気持ちは、しっかりと伝えていかないと。
みんな、俺の言葉に喜んでくれる。だから、余計に言いたくなるんだよな。
「うんうん。全力で大事にしてくれるからね。そんなの、初めてかも……」
「レックス様は、罪な男だよねー。こんなに私たちを可愛がってくれてー」
クリスは本当にからかってくる。その言い回しだと、本当にクリスたちを侍らせているみたいじゃないか。いくらなんでも、そこまで不誠実にはなりたくない。
貴族として生まれた以上、側室を持つ可能性もある。それでも、ポイ捨てみたいなことはあり得ないぞ。
「変な意味に聞こえることを、言わないでもらえるか?」
「レックス様には、私も愛されていると存じております」
まさかと思う相手から、追撃が飛んできた。真顔で言われて、跳ねてしまいそうになったくらいだ。そんなに俺はからかいやすいのだろうか。まあ、親しみやすいと思えば良いか。
とはいえ、どう回答したものか。男女として愛しているわけではないから、そこは否定したい。だが、大切な存在だということだけは伝えたい。
「ミルラまで……。いや、愛……。大事に思っているのは、確かだが……」
「悪い男だー。こうやって、私たちを引っ掛けるんだねー」
「都合の良い女に、なっちゃうかも……」
ソニアは頬に手を当てながら話している。どういう感情だ。仮に男女の関係になったとしたら、できる限り大切にするつもりではあるぞ。少なくとも、遊びで大勢と付き合うことはない。
まあ、引っ掛けたというのは、ある意味では間違いではないが。人生の方向性を縛り付けたという意味では。とはいえ、契約というのはそういうものだ。何もおかしなことはない。
「お前たち……。まあ、別に構わないが……」
「ふふっ、レックス様は愛されているのです。よく分かるのです」
「今後とも、私はレックス様を敬愛し続ける所存でございます」
そう言って、ミルラは深く頭を下げてくる。それに合わせて、マリンは微笑んだ。
「なら、よろしく頼む。お前たちが支えてくれるのなら、百人力だ」
俺の言葉に、みんなは頷いた。新しくできた仲間も、これまでの関係も、しっかりと大事にする。何度目かもわからない決意を、あらためて固めた。




