432話 覚悟の形
ジャンから、工場で暴動が起きる兆候があったとのことだ。一応代替要員に入れ替えているとはいえ、被害は抑えたい。ということで、転移で俺が向かう。
現場にたどり着くと、多くの人がそれぞれに武器を持って工場を囲んでいた。明らかに、攻撃の意思ありだな。
正直に言って、もう言い訳できる段階ではないと思う。それでも、最後通告をしておく。
「お前たち、ここがどこか分かっているのか?」
「坊主。誰だか知らねえが、そこをどかなきゃ痛い目を見るぜ」
「俺たちの仕事を奪うってんなら、消えちまえば良いんだよ!」
そう言って、こちらをにらんでくる。一歩一歩進んできたので、完全に警告を聞く気はないようだ。子供だから舐められているのかもしれないが、どちらにせよ同じことだ。
むしろ、ただの子供だと思っているのなら余計に罪が重い。子供に暴力を振るうことを良しとしているのだから。
そんな気持ちを込めて、俺は言葉を紡いでいく。裏で、魔力を練りながら。
「そうか。それが、お前たちの答えだというわけだな」
「何を偉そうなことを……! やるぞ、お前ら!」
その言葉と同時に、相手はこちらに武器を向けてくる。脅しだとしても、擁護はできないな。人に武器を向けるということが、どういうことか。分かっていないとは言わせない。
殺すという意思を相手に示すということは、相手が殺しにかかってきても良いということだ。意識していようがいなかろうが、もはや関係ない。
自分だけが人に攻撃できると思っているのなら、痛みを持って思い知ってもらおう。
「武器を向けたな? 本当に、残念だ。闇の刃!」
俺は真っ先に、魔力の刃を敵に向けて放つ。号令を出したものを切り裂いていき、そして爆発する。大勢が吹き飛んでいき、何割かは死んだだろう。
やりすぎだという人も、まあいるかもしれない。ただ、俺としては妥当だと思う。人を殺そうとするのなら、負ければ死ぬのは当然のことだ。覚悟があろうがなかろうが、それは問題ではない。
「なんだこれ! ぎゃああああっ!」
「おい、魔法だぞ! まさか、こいつ……」
「ブラック家の人間なら、俺たちの敵だ!」
「どうやって勝てっていうんだよ! 聞いてねえぞ!」
敵は倒れたり、逃げようとしたり、こちらに突撃しようとしたりしている。倒れた敵は無視し、逃げようとする敵は魔力で拘束し、残りに対して俺は宣告していく。
「今のうちに武器を捨てて降伏するのなら、法の下にさばきを下してやろう」
「このっ、バカにしやがって! ガキが!」
そのまま、多くの敵はこちらに攻撃を仕掛けてきた。ここまで言ったのだから、もう死んで良いということだろう。
勝てるつもりでいるのなら、身の程をわきまえていない。許されるつもりでいるのなら、状況を理解していない。どちらにせよ、もはや見逃す理由はない。
「……はあ。本当に、嫌になるものだな。闇の刃!」
「あっ、ぐっ……」
抵抗しなかった相手は、とりあえず拘束だけで済ませておく。残りは、すべて殺した。それこそが、後の平和を買うことにつながると信じて。
殺すことが、俺の日常に近づいているのを感じる。だが、仲間を守るのは俺に課せられた義務だ。殺すのが嫌だというくらいで、投げ出すわけにはいかない。殺すことで守れるのなら、殺すだけだ。そうだよな。
とりあえず、連絡をしてきたジャンと、計画に関わっているミルラに通話をしていく。
「ジャン、ミルラ。別の場所に、動きはあるか?」
「いいえ、問題ありません。そこにいる分で終わりみたいです」
「お疲れ様でございます、レックス様」
ねぎらいの言葉を受けつつも、俺の心は晴れない。いつになっても、殺しというのは嫌な気分になるものだ。
とはいえ、やらずに済ませるということはあり得なかった。ここで殺さずに済ませてしまえば、ブラック家の施設を襲ってもいいと思われてしまう。それだけは、絶対に避けなくてはならない。まあ、仕方ない。
「俺の手で仲間を守ると示せた。それだけは、悪くないか」
「はい。マリンさんやクリスさんたちには音声を届けています」
「感謝するのです、レックス様。そこまでしてくださって」
マリンから、通話が届いた。贈ったアクセサリーを、もう使いこなしているみたいだ。優しい声色だし、本当に感謝してくれているのだろう。
実際、俺の目的はマリンたちを守ることではあった。だから、感謝の言葉が嬉しいのは確かだ。
「まったく、今の会話を聞いていて感謝で済ませるとはな」
「みんな分かってるよー。レックス様が、私たちを大事にしてくれていることは」
「そうだね。レックス様を怖がるってことは、ないかな」
穏やかな声で、クリスもソニアも俺に話しかけてくる。俺が何を考えているか、分かっているかのように。いや、確かに伝わっていたのだろうな。弱音と言えば弱音のようなものだったのだし。
「お前たち……」
「これも、レックス様の人徳でございます。誇っていただければと存じます」
ミルラからも慰められる。俺はよほど沈んでいたように見えていたのだろう。まあ、胸にもやもやするものがあったのは事実だ。何度殺しても、慣れはしない。情けない気もするが、忘れてはいけない感情だとも思う。
少なくとも、俺は喜び勇んで人を殺すべきではない。それだけは、守らなければ。
「人を殺しておいて誇れと言われてもな……」
「レックス様は、優しすぎるくらいなのです。別に、珍しいことでもないのです」
「うんうん。馬車が盗賊に襲われたとか、私も経験があるからね」
「というか、貴族はある程度の年になったらやるよねー」
ソニアやクリスですら、人死にに関わったことはあるらしい。なら、普通のことなのだろうか。ブラック家は特殊な環境過ぎて、常識を測る上では何の役にも立たないからな。
まあ、分からなくもない。貴族は魔法を持っているもので、魔法の役割は武力だ。そうなれば、むしろ当然のことではあるのだろうな。実際、俺の知り合いに殺しに抵抗があった人は少ないのだし。経験あってのものだということなんだな。
「そういうものか……。まあ、感謝する」
「こちらのセリフなのです。嫌なことを、私たちのためにやってくれたのですから」
「そうだね。少なくとも、私たちはレックス様を嫌いになったりしない。約束するよ」
「今さら、離れられないよねー。こんな良い仕事場を用意されてー」
その言葉に、ほっと息をつきそうになった。聞こえているのは分かっているから、我慢したが。大事に思われるというのは、本当に嬉しいことだ。これも、何度経験しても慣れないものだな。
マリンにしろソニアたちにしろ、よく俺と出会ってくれたものだ。その偶然に、あらためて感謝したい。
「そういうことです、兄さん。裏を調べるのは、こちらでやっておきますね」
「モニカ様にも手伝っていただいて、当たりをつけているところでございます」
「今回の計画も、母さんのおかげで分かったんですよ」
モニカも、俺のために頑張ってくれている。なら、ここで立ち止まることなんてあり得ない。俺の仲間たちのために、手を汚すだけだ。
結局のところ、俺は誰かのためだと思うとなんでもできるのだろうな。良いことかは、分からないが。
「分かった。なら、任せる。これ以上、面倒が起きなければいいが」
ため息をつきそうになって、こらえた。本当に、問題なく状況が進んでほしいものだ。俺はそう祈っていた。




