430話 予兆
ひとまず、魔道具の生産に向けて動いている中で、後は状況の変化を待つだけになった。良い意味でも悪い意味でも、今すぐにできることはないと言って良い。
ということで、俺は新しい魔法の研究を進めながら待っていた。分身を作るというアイデアだが、なかなか難しい。魔法を遠隔で放つくらいなら、可能ではあるのだが。その気になれば、この場に居ながら王宮に魔法を叩きつけることもできる。
ただ、魔法そのものを長期間維持することや、俺の分身として納得できるだけの性能という面で課題になってくる。遠隔で魔法を使えるという点も、結局は俺の認識できる範囲が狭いことが限界につながってくる。
例えば、王宮とホワイト家を同時に認識することは、かなり難しい。マルチタスクができないというか。3ヶ所や4ヶ所になれば、もっとだ。
そんなこんなで足踏みしていると、ジャンが俺の部屋にやってきた。どうにも、報告があるらしい。
まっすぐにこちらを見ながら、少しだけ眉を困らせている。さて、何があったのやら。
「兄さん、例の施設を新しく建設しているのですが、ゴミをばらまいてくる人が居たみたいで」
ふむ。どういう理由なのかが気になる。素直に考えれば、いま流れている噂に関連した話になるだろうが。ただ不法投棄したとか、そういう可能性も一応はある。
まあ、頭で考えても仕方ない部分ではある。どうやって捕まえるかとか、特定するかとか、そういうことを考えるべきだろう。
その前に、まずは状況の確認だ。俺はジャンに問いかけていく。
「犯人は見つかったのか? そして、見つかったのならどう対処した?」
「今のところは、探している段階です。兄さんに、どこまでやるべきかを聞きたかったんですよね」
殺すのは、まあ論外ではあるだろう。だが、無罪もまた問題だ。明確にブラック家にケンカを売っているのだから、なあなあで済ませるわけにはいかない。
メンツの何が大事なのかは、この世界に転生して分かったことのひとつだ。舐められたら、もっと過激な行動をしてくる。結果的に、余計な敵や被害が増えることになってしまう。
だからこそ、適度に痛めつけるというバランスが大事なんだ。難しいことではあるがな。
「わざとやっているのなら、無罪とはいかないだろう。とはいえ、あまり重い罪もな」
「そうですね。殺すほどの罪ではないと思います。今のところは、ではありますが」
「従業員に攻撃するようなら、ある程度の過激な罰は必要になるだろうな」
「はい。僕たちは、仲間を守るという姿勢を示さなければなりません」
その一線に関しては、譲るつもりはない。たとえ殺すことになったとしても、俺は仲間を守る。そこだけは、ハッキリしている。
俺が仲間たちを大事に思っているということも、もちろんある。だがそれ以上に、俺を信じて着いてきた相手を突き放すなんてことをしてしまえば、確実に信頼を失うのだから。
情の面でも実利の面でも、一線を越えた相手は許さないという姿勢を見せる。大事なことだ。
「ジャンは引き続き捜査にあたってくれ。俺の魔法が必要なら、言ってくれると助かる」
「分かりました。ですが、今のままでも大丈夫ですよ。アクセサリーに込められた魔法で、十分に対処できます」
そうなれば、ミルラでも問題ないだろう。最悪、相手が魔法を使えたとしても大丈夫なはずだ。ナイフを持ち出してきたくらいなら、まあどうとでもなる。エリナくらいの達人なら、話は別だが。まあ、居るわけ無いからな。
「なら、任せる。お前の判断を、信じるよ」
「ありがとうございます、兄さん。ミルラさんにも伝えておきますね」
「ミルラは調査にあたっているという認識で良いのか?」
「そうですね。報告と対応で分かれる形になりました。こちらで、また兄さんの言葉を伝えておきます」「分かった。必要なら、いつでも通話してくれ」
それから、数日ほど。今度はミルラから通話があった。察するに、事件に進展があったのだろう。ということで、言葉を受け取っていく。
「レックス様、現行犯でゴミをまいている相手を確保いたしました。どのようにいたしましょう?」
「動機や被害規模の確認はできているのか? まずは、それを聞いてみてからだな」
「被害としては、重要な施設に関しては問題ございません。多少の掃除が必要な程度でございます」
その程度なら、まあ殺すのはありえないな。というか、罰金刑か独房送りくらいが限度じゃないだろうか。ただ、どれくらいが適正かというのが大事なところ。
まあ、必ずしも俺が決める必要はない。というかむしろ、事件の一件一件を領主が裁定するのはやりすぎなくらいだ。
「なるほどな。罰を恐れたのか、能力の限界だったのか。どっちに見える?」
「彼が言うには、自分たちの生活を乱すものなど、壊して当然だとのこと」
悪意は明確にあると。それなら、罰金刑は避けた方が良いかもな。100万円相当くらいを払わせるのなら、話は別だが。まあ、そこまでの貯金があるはずもないのだし。実質的には不可能だろう。
となると、答えは決まったようなものだな。とはいえ、一応最後の確認だけはしておくか。
「つまり、破壊工作を意図して、能力が足りなかったということで良いんだな?」
「その通りでございます。さて、いかがなさいますか?」
「ひとまず、独房に閉じ込めておけ。同様の相手が出れば、同様の処置で良い」
「かしこまりました。では、そのように。今後については、お任せいただいても?」
まあ、基本的には任せて良いと思う。俺の示した方針通りに動いてくれるはずだ。とはいえ、忠告だけはしておこう。ミルラもジャンも、倫理観は薄い。必ずしも悪いことではないのだが、過激なことに走り過ぎたら困る。
だが、倫理的に問題だと言っても説得は不可能だろう。なら、ミルラやジャンに伝わりやすい言い方にするまで。
「あまり残酷なことはしないようにな。盗みで死罪になるのなら、見つかる可能性を少なくするために殺すことが効果的になってしまう」
「その通りでございますね。では、適切に処置いたします」
ひとまず、理解してくれたみたいだ。とりあえず殺すのが効率的になる量刑は、本当に好ましくない。倫理観としても、罰の効果としても。
残酷な刑は犯罪を抑止するみたいな考えがあるのは分かるが、結局はバランスなんだよな。
「ああ、頼んだぞ。ブラック家の未来が、かかっている。それを忘れないでくれ」
「承知いたしました。今後とも、レックス様とブラック家のために粉骨砕身の意気で参ります」
声だけでも気合いが入っていると伝わってきた。この調子で、すぐに解決してほしいものだ。そう願いながら、一筋縄ではいかないだろうという予感も持っていた。




