426話 少しずつ動く影
マリンたちの研究については、順調に進んでいる様子だ。それを拡大するために、ジャンやミルラを含めた仲間たちにも動いてもらっている。
そんな中で、ジャンたちから報告があると言われた。聞くために、会議室に集まっている段階だ。今回は、あまり良くない話なのだろうな。順調なら、対面で報告されないことも多い。書面で順調だと知らされて終わりという形になりがちだ。
ということで、できるだけしっかりと聞く姿勢に入っていく。聞き逃したりしないように。
まずは、ジャンが神妙な顔で話し始めた。
「兄さん、ブラック家の領内で流れている噂について、知っていますか?」
聞いたことがない。状況から察するに、魔力バッテリーや魔道具に関する話だろうか。情報が流出しているのだとすると、大きな問題ではある。
とはいえ、ブラック家で運用している分には、そこまで強い口止めをした記憶はない。だから、世間話として流れた可能性は否定できないんだよな。
この世界には、強い拘束力のある守秘義務という考えはあまり浸透していない。家族なら良いかと話す可能性も、あり得ることだ。事前に想定できていれば良かったのだが。
いや、まだ何も決まったわけじゃない。今の考えは大事ではあるが、脇においておこう。
「いや、知らないな。何か問題でも起こったのか?」
「では、私から説明させていただきます。ブラック家は領民の仕事を奪おうとしている、とのことです」
明らかに、魔道具を意識した噂だな。そして同時に、まだ民衆が自力でたどり着く考えだとも思えない。魔道具をどのように運用しているかは、広めてはいないのだから。
仮に新しい道具が出たとしても、実用性が広まって脅威に思われて初めて、あるいは実際に仕事を奪われる人が出てから気づくものだろう。民を甘く見過ぎだと言われたら、まあ否定はできないかもしれないが。
とはいえ、歴史がそれを証明している。新しいものなんて、そもそも民衆には理解なんてできないんだ。誰かが使っているのを見て、あるいは自分が使って、初めて意味が分かるだろう。
この世界に今パソコンが現れたとして、誰がその価値を理解できる? 限られた一部の人間だけだ。だからこそ、間違いなく誰かが糸を引いている。それは間違いない。
「それは……。何らかの意図を持って流された噂だろうな」
「兄さんが言いにくいようなら、僕が言いますよ。明らかに、敵対の意思を持っています」
「同感でございます。とはいえ、誰が下手人かは判明しておりません。申し訳ございません」
噂を流すというのは、ブラック家から離れた場所でもできる。領内を全部監視なんてできない以上、どうしようもないところはある。
もちろん、早期段階で発見できれば対処は変わってくるだろう。とはいえ、継続的な情報操作をおこなっていないと無理なことでもある。今のブラック家に、そこまでの情報操作をする機関はないはずだ。なら、ミルラたちを責めても無駄だ。それよりも優先すべきことがある。
「まあ、流れてしまったものは仕方がない。大事なのは、今後の対策だな」
「そうですね。誰か適当に見せしめを出すのも、ひとつの選択ではあります」
「あるいは、噂を流したものに懸賞金をかけるのも、手でございます」
噂を潰すという面では、完全に否定するような手段ではない。とはいえ、かなり過激な手段ではある。どうしても必要ならば、実行した方が良いだろう。テロレベルの暴動が企画されているのなら、といった状況に限るが。
実際のところ、あまり好ましいとは思えない。同時に、そこまで有効とも考えられない。
「できれば避けたい手ではあるな……。だが、他の手段は対抗する噂を流すくらいしか思いつかないんだよな」
「兄さんが望むのなら、当面はそうします。兄さんの魔法があれば、後手に回っても対処はできますから」
「転移もあれば防御魔法もある。確かに、最悪の事態は避けられる可能性が高いな」
「魔力バッテリーや魔道具の実物が壊れる程度で収まると、私は想定しております」
アクセサリーもあるし、施設に魔力を侵食させてもいる。そこから防御魔法や転移を運用すれば、核でも打たれない限りは大丈夫だ。
そして、核レベルの攻撃ができる魔法使いなんて、この国には俺の仲間しかいないんだよな。そこまでの心配は不要と言いきって良いだろう。それに、そのレベルの攻撃が来たら、まず察知できる。
確かに、過剰な心配は不要という判断でいいだろうな。
「人的被害や設備的被害がないのなら、まあ挽回はできるからな」
「幸い、今のブラック家には金銭的には余裕があります。体力勝負を仕掛ける手も、ありますね」
魔力バッテリーや魔道具が壊されても、金の力で何度でも作るということか。あまり襲撃が起こるようなら、治安面での心配もある。最後の手段に近いところになるだろうな。
まあ、頭の片隅に置いておいてもいい程度の手ではある。実行する可能性は低いが、状況次第では検討するかもしれない。
「下手人が判明してしまえば、強硬手段も手でございます。ご検討いただければと」
俺の能力があれば、暗殺なんかも気軽に実行できてしまうからな。それどころか、下手人ごと領地を吹き飛ばすことも不可能ではない。俺の力があれば、反撃があっても押しつぶせるだろう。
だからこそ、力を使うのは最後の手段にしたい。相手が武器を向けてくるなら、反撃はするにしろ。
俺は最強だからこそ、力の使い所には慎重にならなくてはならない。そうでなければ、世界の敵になってもおかしくはないのだから。
「まあ、性急な判断は避けるべきだろう。どこまで裏があるのかを調べてからでも、遅くはない」
「そうですね。実行犯だけ殺しても仕方ありません。兄さんの言う通りです」
「闇魔法の力で、無理やり情報を引き出すことも可能ではないかと愚考いたします」
脳に闇魔法を侵食させれば、まあ不可能ではないだろうな。とはいえ、廃人になる可能性も否定できない。実験する相手なんて作れない以上、やるのなら確実に黒と言える相手に限る。
少なくとも、怪しいといったレベルで使うのは論外だ。慎重な運用が大事になるな。
「そこまで過激な手段を取るのは、相手が過激なことを計画していた時だけだな。まあ、できて損はないか」
「私の手で使えるようにしていただければ、レックス様のお手を煩わせることはございません」
「アクセサリーを通してか。それなら、ジャンにも渡しておくのも良いかもな」
「ミルラさんだけに手間を掛けるのも、あまり良くないですからね。検討しておいてください」
本当に便利な魔法になることは間違いない。相手を選びさえすれば、かなり有効だろう。だからこそ、安易に使いたくはない。使わせたくもない。
人の思考を覗いてどうにかしようなんてこと、外道の所業なのだから。少なくとも、確実に殺すべきレベルの相手以外にやるべきことではない。しっかりと、釘を差さないとな。
「先に言っておくが、何でもかんでも思考を覗いて解決しようとするなよ。本当に、他の手段がない時だけだ」
「もちろんです。かつてのブラック家のような状況になることは、避けたいですからね」
「かしこまりました。レックス様のお心、決して忘れることはございません」
ふたりとも、俺の意図は理解してくれているようだ。助かる。本当におぞましい手段だからこそ、どうしても必要な場面以外では避けてもらいたい。
とはいえ、必要な状況も訪れるのかもしれない。嫌な予感が、心のどこかに残っていた。




