422話 何度でも繰り返して
今のところは、魔力バッテリー関係の事業は順調に進んでいる。そして同時に、次の段階に進むまでには時間がかかるだろう。忙しさについても、ある程度は落ち着いていると言って良い。
ということで、みんなに対して感謝を示していこうと思う。とはいえ、先に相手の予定を確認してからなのだが。
結局のところ、お礼の気持ちというのは相手の都合を考えて伝えるべきだ。お礼が言いたいがために連絡もせずに急に会いに行くなんて、本当の意味で相手のことを思っているとは言えない。迷惑をかけるだけだからな。
ただ、幸いにもジュリアたちは喜んで迎え入れてくれている。今だって、みんな自然な笑顔だからな。
だから、俺は安心してみんなに話しかけることができた。
「みんな、調子はどうだ? 忙しすぎたりしないか?」
「大丈夫だよ、レックス様。ちゃんと休みもあるから」
「レックス様のためなら、どれほどの仕事であろうとも苦には思いません!」
ジュリアは普通に返してくれるが、シュテルは相変わらず圧が強い。ちょっと引いてしまいそうなくらいだ。俺に感謝してくれているのは伝わるから、あまり悪くは考えたくないが。
ただ、かなり心配ではある。暴走しかねないという不安が、心のどこかにあるんだよな。
だからこそ、シュテルに対してはしっかりと俺の意志を伝えておかないとな。それを無視するような人ではないのは分かるんだから。
「いや、苦しいことは苦しいと言ってくれよ? お前たちにもしものことがあれば、何の意味もないんだから」
「抱っことなでなでがあれば、癒やされる。レックス様、これも対価」
「もう、サラ。あまりレックス様にご迷惑をかけてはダメよ?」
サラはピッタリ引っ付いてきて、シュテルはサラを軽くにらんでいる。余計な心配だとは思うのだが、俺のせいでふたりの関係が壊れてしまわないかが気になってしまう。
こういう時は、俺が許可していると言うだけでは足りないだろうな。なら、少し恥ずかしいが言い方を変えよう。ちょっと軽薄っぽいが、仕方がない。
「問題ないさ。こう言っては何だが、お前たちのような可愛い子に抱きつかれるのは、役得なんだ」
「本当に珍しいことを言うね、レックス様。でも、嬉しいよ。ありがとう」
「私を魅力的に思ってくださるなんて……! レックス様がお望みなら、この身をいくらでも捧げます!」
ふわりと微笑むジュリアはともかく、シュテルはとんでもない勢いで近づいてきてしまった。言ったことの責任を取るためにも、受け入れるのだが。
本当に、どうしてこうなってしまったのだろうな。出会ったばかりの頃は、シュテルが抑え役だったというのに。
まあ、それでシュテルを嫌いになるということだけは、絶対にないのだが。ただ、少し困るくらいは許してほしい。
「お世辞でも、なんでも良い。とにかく抱っことなでなで。それで良い」
「相変わらずだな、お前たちは……。まあ、構わないが」
サラを抱きかかえると、シュテルも近づいてくる。ジュリアは諦めたようにため息をついていた。モテモテと言えば聞こえは良いが、俺の気持ちは動物園のパンダだ。
まあ、さっき言ったみたいに約得だと感じる部分も、まあなくはない。今は、それでいいか。
「とりあえず、抱っこしながら話を進めようよ。レックス様は、何が聞きたいの?」
「いや、お前たちが問題ないと言うのなら、それで良い。今回は、あらためて感謝を伝えたくてな」
「なら、いつもの倍でいい。抱っこもなでなでも」
サラは俺に頭をこすりつけながら言ってくる。相変わらず真顔で、どこまで本気なのかが分からない。まあ、感謝の証として抱っことなでなでを求めるというのなら、応えるだけではあるが。
「何を倍にすれば良いんだよ……。時間か? それはさておき、クリスとソニアを誘ってくれたのは、本当に助かった」
「話は聞いています。私も、もっと優秀な道具を持ってこられれば良かったのですが」
シュテルは悔しそうにうつむいている。人の研究成果を奪おうとしていたのは、あまり褒められない。とはいえ、好感度を稼ぐという手段そのものを否定するのも違う。シュテルなりの努力の形ではあるし、実際に大事なことでもあるのだから。
やはり、俺の迷惑になるかもしれないという方向性で押すのが良いか。それなら、シュテルもブレーキを踏むだろう。
「いや、無理はしなくて良い。恨みを買うような手段は、避けられるのなら避けるべきだ」
「レックス様のやり方が、一番いいんじゃないかな。みんなを大事にするのがさ」
穏やかな顔で、ジュリアは言っている。俺としても、基本的には悪くない手段だとは思う。ただ、甘やかしとのバランスが難しいこともあるし、相手がどれだけ感謝するかという問題もある。
結局は、俺が周囲に恵まれているだけではあるんだよな。ジュリアたちはみんな、俺を強く慕ってくれているのだから。
「俺が今のやり方で問題なくいられるのも、お前たちが俺を大切にしてくれるからだ。そうじゃなきゃ、失敗していたさ」
「クロノのような裏切り者も、居ましたからね。どうせなら、私の手で……」
周囲の子供たちごと俺に毒を盛った事件は、今でも忘れられない。シュテルが拳を握るのも、納得できることだ。毒に対策する魔法を覚えていなければ、どうなっていたことやら。
死人を悪しざまに言うのは良くないが、それでもクロノは終わっていたと思う。俺だけを狙うのならまだしも、周囲を巻き込んだことは絶対に許さない。シュテルも、同じなのだろう。
「あの事件のおかげで、レックス様の優しさを知った。悪いことばかりじゃない」
サラは少しだけ穏やかな顔で言っている。あの時食事をよそったのが、サラだったんだよな。本当に、ただの被害者だ。トラウマになってもおかしくない仕打ちを受けていた。というか、実際に疑われる立場でもあったからな。
やはり、許せないという気持ちは変わらない。ただ、サラと仲良くなるきっかけだったことも事実だ。だから、存在そのものを否定はしない。それだけのこと。
「なるほどね。確かに、感謝しない相手だと厳しいんだね」
「そういうことだ。結局のところ、万能の手段なんて存在しないことになる」
「レックス様のお役に立つために、様々な手段を学んでまいります!」
また、圧の高い様子でシュテルは宣言する。努力したいというのなら、止めはしない。無理をするのなら、話は別だが。
たとえ俺のためだとしても、努力を重ねて身につけた技術は、いつかシュテル本人の役に立つはずだ。そんな未来のために、今は軽く誘導しつつ背中を押していくのが良いだろう。
「ああ。だが、焦りすぎないようにな。何度も言うが、お前たちの幸せが一番大事なんだ。それを忘れてくれるなよ」
「もちろんだよ。レックス様のためだからこそ、レックス様の気持ちを優先しないとね」
「それでも、なでなでと抱っこはゆずれない」
「レックス様の望みを、必ず叶えてみせます!」
三者三様に、俺の言葉を受け止めてくれた。今みたいな時間を、何度でも繰り返す。それこそが、俺の望みだ。
だからこそ、ブラック家の発展も、原作で起こる事件も、それ以外の問題も、必ず乗り越えて見せる。あらためて、誓いを心に刻んだ。




