421話 固めるべきこと
魔力バッテリーの生産工場については、しばらくは大きな進展はないだろう。ということで、その間に今後の方針を固めておきたい。何に力を入れて、どのような方針で魔力バッテリーを使った道具、つまり魔道具を作っていくかだ。
そのあたりがはっきり決まっていると、同じ方向に向けて進むことができる。要はコンセプトだ。どういう物が作れるかハッキリした今だからこそ、具体的な指針を出すことができるはず。もっと早く方針を出していれば、妙なところで詰まった可能性もある。
まあ、方針の問題ではあるのだろう。できるだけ早く進めたいと思うか、しっかり足場を固めながら進めていきたいと思うか。あまり右往左往しては、マリンたちが困ってしまう。
魔道具には、それこそ無限の可能性がある。だからこそ、こちらで決めた方がいい部分もあるんだよな。ブラック家の運営という意味でも、迷子にならないためという意味でも。
その相談相手は、もちろんジャンとミルラだ。ということで、いつも通りに相談を進めていく。
「ミルラ、ジャン。今後魔力バッテリーや魔道具の生産を進めていく上で、どんなことに使いたい?」
「農具の代わりとして使うことができれば、生産性が向上すると存じます」
「僕としては、兵に持たせるのも手段として考えたいですね。兄さんが動くほどじゃないことに、使いたいです」
また大きな方針の違いが出たな。考え方としては、割と真逆と言って良い。そして、どちらも重要なんだよな。農具の仕組みを流用して武器に変更することも、まあ不可能ではないと思うが。
例えば、風で草を切る道具を広めたとしよう。それを人が切れる出力にまで上げてしまえば、もう武器ができあがる。実際に設計する人にとっては、そう簡単なものではないのだろう。とはいえ、同じ技術を転用するのは重要な考えのはずだ。
ただ、どちらに進むとしても大きな課題がある。それは、前世で言うところの千歯扱きが後家倒しと呼ばれるようになった話。つまり、脱穀に関わる人の仕事を奪ったという問題だ。あるいは、産業革命が多くの職人の仕事を奪ったことでも良い。
そして武器として扱うとなると、銃のような問題が起きることは容易に想像できる。手軽に入手できるようになれば、事件は増えるだろうな。兵士だけが持てるとしても、敵に奪われることにも気をつけないといけない。
とにかく、何かしらの制限を用意できなければ厳しいだろう。今すぐに思いつかないことでもあるのだが。
「なるほどな。農具に関しては、仕事を奪いすぎるのが怖いな。兵に持たせるのは、慎重に動きたいところだ」
「レックス様の懸念は、理解してございます。ブラック家への反抗を避けたいのですね」
「その際に武器を持っていたら、手間が増えますからね。確かに、慎重に動くべきでしょう」
ミルラやジャンの言う事も正しい。ブラック家は、ただでさえ憎まれている。その状況で仕事を奪ってしまえば、最後のひと押しになりかねない。
これまでは、力で押さえつけるのがブラック家だった。そこを変えるかどうかも、大きな分かれ道になる。
俺としては、暴力で訴えかけてくるのなら暴力で返すだけになってしまいそうだ。これまでずっと、そういう生き方をしてきたからな。せいぜいが、法の下にさばきを与える程度。許すという選択肢は、ない。そうしてしまえば、周囲に甘く見られる。余計に暴力が広まる引き金を引くだけだ。
「ああ、そんなところだ。仕事を奪ったと恨まれたら、面倒だからな」
「かしこまりました。では、性急に事を進めないようにいたしましょう」
「とはいえ、新しいことに関しては不満も出るものです。無視すべき相手もいるでしょうね」
なんの努力もせずにただ不満をこぼすだけなら、同情なんてできないのは事実だ。ただ、努力ではどうにもならない環境に置かれている人も居るだろう。配慮とのバランスは、本当に難しいものになる。
とはいえ、競争で負けた相手が沈むのも仕方のないことなんだよな。死ぬようなことになるのは避けるべきだが、ある程度は諦めてもらうしかない。
「まあ、確かにそうだな。誰の仕事も奪わないなんてこと、不可能なのだから」
「ブラック家内部であれば、有効に活用できる予定でございます」
「もともと、ブラック家では人員が不足していますからね。効率が上がれば、むしろ歓迎されるでしょう」
それは、確かにある。もともと、俺たちはずっと人員不足に頭を抱えてきた。なら、少しでも効率的に仕事ができるようになれば、ブラック家全体として良いはずだ。
今でもブラック家に仕えているような相手なら、良くも悪くも反抗が起きる可能性は少ないだろうということもある。完全に心が折れているか、妥協しているか、あるいは忠節を尽くしてくれているか。いずれにせよ、そう大きくは変わらないからな。
なら、その方向性で行くか。どの道、今は大量生産なんてできないのだし。
「なら、まずはブラック家の中で魔道具を運用していくか。事故については、避けたいものだが」
「レックス様のお力もあって、安全面については確保されております。大きな問題は避けられると存じます」
「敷地に関しても人員に関しても、アクセサリーがありますからね。どうとでもできます」
「とはいえ、事故が起これば恐怖やら何やらもあるだろう。そのあたりは、大丈夫か?」
「言ってしまえば、ブラック家の誰かが機嫌を損ねるよりは、よほどマシだと思われるでしょうね」
「レックス様には申し訳ないことでございますが、確かな事実でしょう」
ジャンは淡々と、ミルラは遠慮がちに告げてくる。実際、俺がレックスになる前から、ブラック家では死人が出ることも珍しくなかったようだからな。
ウェスが右腕を事故で失った時に、すぐさま処分されかけていた。結局は、俺が助けたのだが。名前だってウェイストだったんだから。本当にひどい環境だったというのは、誰にも否定なんてできない。
怪我の功名とは言いたくないが、結果的には得をしている部分もあると。
「まあ、機嫌を損ねれば死ぬような環境だったものな。それが回り回るものか……」
「良い事とは申し上げられませんが、現状では効果があるのも確かでございます」
「幸い、信用を得ている相手もいます。そこから話を進めれば、効率的でしょう」
ジャンには、人に信頼されるためのテクニックのようなものを教えていたからな。それを実行して、良い感じに信用を稼いだのだろう。
今でも人を道具か何かみたいに思っているフシは見えるのだが、それでも表向きに善性を装うだけマシだ。というか、ジャンの能力がないとブラック家は回らない。俺にとっても、大事な存在だと言える。
「なるほどな。なら、ふたりに任せるよ。俺の力が必要なら、言ってくれ」
「今のところは、僕たちだけでどうにかできそうです。ジュリアたちも手伝ってくれますからね」
「彼女たちのところにも、声がけに行ってくださればと存じます。そうすれば、やる気になるはずでございますから」
「なら、会いに行っても良いな。俺としても、良い時間になりそうだ」
ジュリアたちも、立派にブラック家の一員として仕事をこなしてくれている。その事実が、とても嬉しい。仲間として、家族のようなものとして、かなり距離を縮められているのを感じる。
新しく仲間になった人たちも大事だが、ジュリアたちのような相手も大事にしないとな。そんな気持ちを込めつつ、ミルラたちに頭を下げていった。




