420話 確かな一歩
実際に工場を作るために、まずは一度検証をすることにした。何度か失敗するかもしれないが、それで構わない。大規模な動きをしてから致命的な欠陥に気がつけば、それこそ終わりだからな。
ということで、マリンたちに任せて検証を進めていく。ある程度進んだとのことで、俺は視察に誘われた。要するに、成果を見せたいのだろう。
現場に向かうと、すぐにマリンたちがやってくる。そのまま、動いている現場を見ていく。
いろいろな道具が使われており、その中で資材が運ばれていたり、機械らしきものが動いていたり。一部は完成していて、一部は作りかけ。そんな感じに見えた。
実際に魔力バッテリーを生産している部分もあるし、いろいろと運びながら設備を組み立てている部分もある。察するに、区画ごとに分けて作業を進めているのだろう。
どんなやり方が効率が良いのかも、検証を進めてほしいところだ。実験ということで、仮の配置や工程もあるとは思うのだが。
まあ、特に目に見えた問題はない。視察に誘われるくらいなのだから、ある意味では当然ではある。何らかの成果を出せたから、見に来てほしいと思うのだろうからな。
ひとまず、俺は頷いていく。この調子で進めてほしいと思えるくらいのものは、見せてもらえた。
「ふむ、良い感じに検証が進んでいるみたいだな」
「そうだね。あの人が使っているのが、私の作った道具だよ」
ソニアの指差す方を見ると、道具を地面に向けた人がいた。その先で地面が盛り上がっていき、形を作っていく。まず間違いなく、土魔法だ。結構応用が効きそうな道具に見える。
どの程度自在に操れるかにも寄るが、建物の基礎を作ったり、あるいは建設のための作業場を作ったりできるんじゃないだろうか。良い感じだ。
「土魔法を発動して、土台を作ると。安定しているみたいだし、かなり有用そうだな」
「私のも見てよー。あそこの道具、面白いと思わないー?」
クリスの指差す方では、荷物の下から水の柱のような物が出てきて、荷物を上へと押し上げていた。水の柱にはベールのようなものがかかっており、周りは少しも濡れていない。
おそらくは、荷物を濡らさないようにとの工夫ではないだろうか。同時に、建物の中でも使えるようにしているのだろう。よくできている。俺には思いつかなかったかもしれない。
「水の浮力を利用して物を持ち上げるのか。本当に面白いな」
「濡れないように調整したし、重いものも沈まないように工夫しているんだよー」
「なるほどな。比重を高めたのか。よく考えられている。流石だ、ふたりとも」
「私の成果も、見てほしいのです。魔力バッテリーは、大部分を自動で作れる仕組みになったのです」
今度はマリンの指差す方を見ていく。いわゆるベルトコンベアのようなものが動いていて、本当に驚かされた。
アームのようなものが部品を運んだりしていて、本格的に工場みたいになっている。技術を三段階くらいすっ飛ばしているように思えるのだが、どうなっているのだろうか。魔法があるから可能なのは分かったが。
「回転を利用して、物を運んでいくと。組み立ても、上下左右に動かしてくっつける。素晴らしいと言う他ないな」
「ありがとうございます。この調子で、実際に生産を進めていきたいのです」
「むー、やっぱり私たちより褒められてるかもー。確かに、成果は違うけどねー」
「でも、もっと活躍すればもっと褒めてくれるってことだよ。ね、レックス様」
マリンは自信を感じさせる堂々とした顔で頷いて、クリスは少し頬を膨らませて、ソニアは信頼を感じさせる穏やかな笑顔でこちらを見ていた。
実際、できるだけ褒めていきたいとは思う。俺にはできないことをしてくれているのだから、感謝の気持ちは大事だからな。
「確約はできないが、可能な限り活躍を褒めていくつもりだ」
「しっかりと見てくださるのは、本当にありがたいのです。なかなか、経験できないことですからね」
「それは確かに……。適当に責められることの方が多いかも……」
ソニアは少しうつむいている。クリスも目を伏せていて、過去を思い返しているのだと察せられた。
やはり、俺の知り合いには重い過去を持った人が多い気がする。なら、少しでも今は満たされていてほしいものだ。そんな気持ちを込めつつ、言葉を続ける。
「いや、お前たちが優秀だからだぞ。失敗ばかり繰り返していたら、流石に褒められはしない」
「そう言って、私たちを見捨てたりはしないんでしょー? もう分かっているんだからねー」
「極端な悪事に走ったり裏切ったりするようなら、話は別だが。まあ、お前たちなら大丈夫だろう」
「ふふっ、信頼って心地良いよね。やっぱり、ここに来てよかったよ」
「レックス様が結婚してくれるなら、もっと良いんだけどねー」
「そうかも……。でも、レックス様は誰が好きなんだろ?」
良い話でまとまりそうなところに、クリスがニヤニヤしながらこちらに妙な話を持ってくる。まあ、最低限見るべき場所は見たから、ある程度は遊ぶ余裕もあるのだろうが。
とはいえ、どこまで本気かが分からないのが怖い。年の差もあるし、からかっているだけだとは思うのだが。大学生と中学生くらいの差があるし、本気で色恋の感情がある感じはしない。
ただ、冗談じゃない場合も普通にあるんだよな。結婚を手段として考えるのは、貴族としては普通に珍しくない。そういう意味で結婚を狙われている可能性は、あるかもしれない。
「からかわないでくれよ……。恋愛は、まだ早いぞ……」
「そういう冗談を言って許されるのが、原因なのです。拒否すれば、終わるのです」
マリンは少しだけあきれたように言っている。まあ、部下にからかわれる上司といった図だからな。強く否定すれば、二度とからかわれたりはしないだろう。
ただ、せっかく楽しそうにしている二人の気持ちに水を指したくはないんだよな。俺としても、今の関係を嫌だと思っているわけではないのだし。疲れはするものの、拒絶するようなレベルではない。
「いや、拒否するなんてことはないが……。でも、困るんだよな……」
「だって、ソニア。なら、もっと良いってことだよねー?」
「そうだね。好きになってもらえたら、もっと嬉しいからね」
クリスが両手を広げてこちらを見ている。ソニアはニコニコとしたままじっと目を合わせてくる。どうにも、振り回されている感じがするな。悪い気はしないのだが、それはそれとして大変だ。
「手を広げているのに、そう簡単に近づけるかよ……」
「抱っこは恥ずかしいんだー。本当に可愛いねー」
「うんうん。クリスの言う通りかも。とっても、楽しいよ」
「楽しんでくれているのは、何よりだが。まあ、これからもよろしく頼む」
「もちろんだよー。末永く、よろしくねー。なんて、言っちゃったりして」
「そうだね。ほんとに、長い関係になってほしいな」
ふたりはそっと微笑みながら、穏やかな声でそう言っていた。マリンが軽くため息をついている姿を見ながら、俺は頷いていく。
マリンも含めて、長い関係にしたいのは俺も同じだ。だからこそ、ソニアとクリスが笑顔を浮かべてくれるのが、とても嬉しかった。




