419話 土台を固めて
今後の方針として、魔力バッテリーによる道具を利用した工業化を進めていくことになる。長い時間がかかるだろうが、一歩一歩進めていきたい。
その時に大事になってくるのが、どこまで準備ができているかだと思う。事前に想定して対策ができていることが多ければ、問題が起こる可能性は減らせるはずだ。
無論、問題というのは何があっても起きるものだ。それは否定できない。だからといって、確率や被害を減らすための備えはできる。やり過ぎたらキリがないが、それでもやるべきことだろう。
土地の確保や人員の選定については、ジャンやミルラに任せている。といっても、学校もどきの準備段階で検討していた土地になるだろうし、人員もアカデミーと学校もどきの存在に絞られるだろうとのこと。
ということで、残りは実証実験のための研究としての準備になる。その相手として、俺は研究に関わる3人を呼び出した。
さっそく、俺は本題に入っていく。
「ひとまず、一度は生産施設を作ってみたいところだな。マリン、クリス、ソニア、どう思う?」
「私としても、賛成なのです。一度実行することで、仮説段階では思いつかない問題や発想を得られるのです」
「とっても楽しそうだよね。いろんな事ができそうだよ」
「どんな仕組みが良いかを考えるのは、この仕事の一番楽しいところだからねー」
マリンは真面目な顔で、ソニアは穏やかに、クリスは明るい顔で賛成している。ひとまず、全員が賛成ということだな。まあ、ここまでは良い。
ということで、計画が進むという段階になった。そこで、事前に準備しておいたものを取り出していく。気軽に身に着けられるように、小さくしたアクセサリーを。それなりにデザインにもこだわったつもりではあるが、気に入ってもらえるだろうか。
「じゃあ、このアクセサリーを身に着けておいてもらえるか? 俺の防御魔法を含めた、様々な魔法が込められている」
「実践の際に起こる事故への備えですね。分かったのです。感謝するのです」
「かなり凝っているねー。レックス様の愛情だったりしてー」
「私たちを大事に思ってくれているのは、事実だよね。嬉しいよ、レックス様」
マリンは深く頭を下げて、クリスは楽しげな笑みを浮かべて、ソニアは優しい顔をして微笑んだ。そして、みんながアクセサリーを身に着けていく。
これがある限り、大抵の相手には3人を傷つけることなんてできない。そのことを、どうやって伝えたものか。
まずは、言うべきことを伝えるところからだな。俺はまっすぐに3人を見ていく。
「毒にも対応できるし、できればずっと身につけてくれていると助かる。そうすれば、万が一の可能性は減らせるからな」
「その仕組みを分析できれば、とんでもないものができあがりそうなのです」
「ほんとにレックス様の愛情だー。そこまで大事にしてくれるなんてねー」
「そんな事されたら、レックス様以外と結婚できなくなっちゃうよ。責任を取ってくれるのかな……?」
ソニアはこちらに妖しい笑みを浮かべている。冗談めかした言葉だとは思うのだが、かなり焦る。実際、贈ったアクセサリーを常に身につけているとか、男女の関係だと思われても何もおかしくはないのだから。
下手をしたら、俺の行動はプロポーズのようなものだと捉えられている可能性すらある。いや、分かってくれているとは思うのだが。最悪の場合、他にアクセサリーを贈った人たちにまで波及しかねない。王女姉妹あたりに届いてしまったら、どうなることか。
嫌な想像をしてしまって、俺は軽く身震いしてしまった。
「ちょっと待て。いや、確かに理屈としては分かるが……」
「女にアクセサリーを贈るのなら、口説いているのと同じなのは正しいのです。身に着けやすいようにとの考えなのも、分かるのです」
「可愛くないと、ちょっと困っちゃうもんね。でも、これは大事にするよ」
「結婚のことは、考えておいてねー。捨てられちゃったら、恨んじゃうかもー」
今度はクリスがこちらに抱きついてきて、耳元で語りかけてくる。恨んじゃうかもという言葉に、ちょっと圧がこもっているような気がした。
マリンは苦笑を浮かべながらこちらを見ている。普通なら、示しも何もあったものではないのだが。まあ、慕われている証だと思っておこう。身内の前なら、まあどんな態度でも良い。
それにしても、どう答えたら良いんだこれは。別に付き合っているわけではないから、捨てるも何もあったものではないのだが。雇った者としての責任としては捨てる気なんて一切ないのだし。
とはいえ、冗談だとは思う。本気だったらとても困ったことになるだけで。ただでさえ、修羅場に近いような状況は何度も経験している。本気で勘弁してほしい。フェリシアとかラナとかに知られたら、とんでもないことになりそうだ。
ただでさえ、フェリシアは大勢の前で俺の頬にキスをしてきて、ラナはそれに対抗していたのだから。その流れが広がってしまえば、下手したら胃に穴が空くぞ。
「わ、分かった……。ところで、設備を作る上での案はあるか?」
「話をそらしたねー。でも、許してあげる。うーん、風魔法で体の補助とかー?」
「雷魔法でサビ落としとかも良いかも? ちょっと、考えてみたいね」
「からくり人形を大掛かりにするとなると、細かい作業と力仕事の両立が大事になるはずなのです」
一応、みんな真面目に考えてくれている。さっきまでのは、冗談だったみたいだ。そうだよな。
とりあえず、いろいろな案が出てくる事自体がありがたい。没になる案も多いだろうが、有効なものも当然あるだろうからな。人のアイデアに刺激されることもあるし、軽く案を言える環境であることがどれだけ大事か。
今のところは、良い空気感だよな。仕事は真面目にこなしつつ、ちょっと脱線することも許容できる。くだらない雑談の中に、案外大事なものが隠れていたりするんだ。雑談ができる関係であるというのは、とても良い。
会議室で真面目な顔をして意見を出し合っていると、結局みんな本音を言えないんだよな。遠慮なく意見を言えという言葉の無意味さがどれだけのものか。それが分かるだけに、みんなの態度はありがたい限りだ。それを続けられるように、俺も努力しないとな。
「失敗しても、構わない。とにかく、今のうちに問題をなるべく洗い出すことを優先してくれ」
「分かったのです。そうなると、検証したいことは色々とあるのです」
「思いついた道具も、いろいろと試してみたいね。クリスは、どう思う?」
「ソニアと同じだと思うよー。複数の魔法を組み合わせて、どうするかかなー」
「魔力バッテリー間の干渉は、確かに重要な課題かもな。大規模にやれば、これまでとは違う問題が出るかもしれない」
「そういうところも含めて、まずは試してみるのです。任せてください、レックス様」
マリンの言葉に合わせて、みんなが頷いた。この調子で、うまく成果を手にしたいものだ。おそらく、多くの問題が出るだろう。それを解決して、本番で確かな結果を出す。そのために、俺たちは一丸となれている。強い実感があった。




