417話 着実に進めて
あれからしばらく。俺たちは魔力バッテリーについて様々な検証をおこなっていた。実際にブラック家の人間に使ってもらって、使い心地を確かめてもらったり。あるいは製造した際にどうなるかを確かめていったり。
魔力バッテリーの製造と運用について、基本的な実験は終わったと言っていいだろう。手順を定めてしまえば普通の人でも製造できることが明らかになった。そして、魔力を溜め込んだ魔力バッテリーを元に魔法のようなものを使う道具も作ることができた。
長時間稼働における消耗や劣化など、まだ十分に検証できていないものも、あるにはある。だが、それらは時間をかけて積み重ねるしかない。
通常より負荷をかけた環境で使用して影響を確かめる実験については、すでにおこなっている。だが、正確なデータは実際の運用で出てきたものと照合して初めて分かるはずだ。
ということで、まずは一段落ついたと考えて良い。今後は、同様に積み重ねていく段階になるだろう。
だから、まずはマリンの成果を褒めていくために呼び出すことにした。そんなマリンは、俺の前で真面目な顔をしている。
「マリン、よくやってくれた。ひとまず、初期段階の成果としては十分だろう」
「ご期待に添えたようで、何よりなのです。とはいえ、まだ始まったばかり。油断はできないのです」
マリンは一礼しながら言う。まあ、言う通りではあるな。安心するにはまだ早い。とはいえ、何の成果もないとは口が裂けても言えない。
「ああ。だが、きっとマリンなら大丈夫だ。そう信じている。失敗したとしても、それで失望はしないが」
「人の使い方に関しては、ジャン様やミルラさんに任せるのです。私には、難しいのです」
少し悔しそうに唇を細めている。研究者だからこそ、自分でいろいろと進めてしまっているのだろう。大規模な研究ともなれば、それは人の運用が大事になってくるのだが。まあマリンは個人で研究を進めていたようだからな。
とはいえ、だからこそ評価したい。何でもかんでも自分でこなそうとせず、能力の足りない部分は人に任せる。とても大事で、とても難しいことだ。優秀であればあるほど、抱え込みがちになる側面はあるからな。
結局自分でやった方が早いから人に任せないなんてこと、珍しくはない。前までうまく行っていたから、これからも同じだろうと判断することも。
それらの誘惑をきっちりと否定して、成果を出すための判断ができる。非凡と言うのに確かな行動だ。
「その判断ができるからこそ、俺はお前を信じているんだ。自分の手柄に固執しないことが、どれほどの才能か」
「レックス様がしっかりと認めてくださるからなのです。ここは良い職場なのです」
「ありがたいことだ。今後も、もっと精進していかないとな」
「もっともっと素敵になったら、困ってしまいそうなのです」
口元をもごもごさせながら言っていた。なんか、手元で指を合わせたり離したりもしている。素敵になって困るというのは、よく分からない。
いや、想像できるものもあるにはある。俺が人気になれば、良い人材が集まる。そこでマリンを見捨てないか不安なのかもしれない。だとすると、こちらから追求するのは良くない気がするんだよな。少し判断に迷うところではあるが。
マリンに自信を持ってもらいたい気持ちはあるが、だからといって余計なお世話を働いたら本末転倒だ。なら、言いたいなら聞くくらいの態度が良いか。
「どういう意味だ……? 言いたくないのなら、別に良いが」
「こちらの話なのです。レックス様は、やりたいことをするのが良いのです」
言いたくないみたいだ。なら、別の話に変えるのが良いだろう。さて、どうしたものか。
「ああ、分かった。なら、今後について考えていくか。ひとまずは、マリンの考えを聞きたい」
「といっても、単純なのです。魔力バッテリーの研究を進めていくのです」
最終的な目標は、大規模な工業化であることは共通した認識だとは思う。とはいえ、それは数年どころか数十年を見越した計画が必要かもしれない。そうなった場合、直近では何も成果が出ないということもある。
そして何より、魔力バッテリーの進化にも対応できる工業化が必要だ。どこまで共通の設備で良くて、どこまで換装できるかと言ったところ。
検証のためにも、様々な研究が必要だろう。ということで、今の段階の目標としては納得できる。
「魔力バッテリーの小型化や大容量化なんかの改良という事でいいのか?」
「はいです。クリスさんやソニアさんが、運用に乗り気ですから。任せるのが手だと思うのです」
以前の面会で、アイデアを出して採用されたと言っていた。それなら、才能はあるはずだ。
マリンが任せても良いと言っているあたり、俺のひいき目だけではないのだろう。ちゃんと、実務の観点からでも実績を出していると見て良いな。
クリスたちにしろ、マリンにしろ、ミルラにしろ、アカデミーから雇った人には拾い物が多い。最先端の学問を実践しているだけあって、優秀な人が多いのだろうな。俺の運もあるだろうが。
「なるほどな。クリスやソニアは、マリンから見ても評価に値するのか。それは良いことを聞いた」
「レックス様を慕っているようですし、大きな仕事を任せるのも良いと思うのです」
かなり評価が高いみたいだ。本当に運が良い。サラや俺と親しい相手が、優秀な能力を持っているんだから。
実際、クリスやソニアはかなり親しみやすい。今後も仕えてくれるようなら、大事にしたい相手だな。期待を示すという意味でも、重要な役割をになってもらうのは悪くないか。
とはいえ、身内びいきと言われてクリスたちが困ったりしない範囲に抑える必要もある。いきなりリーダーに抜擢なんてしてしまえば、本人たちにとっても負担だろう。
そうなると、段階を経て出世させていくような感じでいいかな。まあ、要相談だ。
「分かった。なら、いずれは魔力バッテリー運用の中心をになってもらいたいな」
「レックス様の人望のおかげなのです。私も、仕事に集中できそうなのです」
マリンほどの研究者に雑事をこなさせるのは、本当にもったいないからな。その才能を活かせる所に全力を注いでもらいたい。
結局のところ、才能を本気で活かそうと思えば周りの支えが必要になる。やはり、ある程度は人員を増やしたいんだよな。アカデミーからの人材が、信用できるようになれば良いのだが。期待しすぎないように気をつけつつ、様子を見ていこう。
「そういえば、魔力バッテリーの製法について、教師になれそうな人材はいるか?」
「今のところは、ジェルドさんという人に任せられそうなのです」
確か、以前に王家から送られてきた人員だったな。あの事件では、新しく雇った人間のほとんどが死ぬことになった。最終的に残ったのが、ジェルドひとり。
とはいえ、俺に対する忠誠のようなものは見えるし、実際の仕事ぶりも悪くない。なら、工業化に向けての仕事を任せるのは良いかもしれない。検討していこう。
「ああ、あいつか。ジャンやミルラのもとで働いているみたいだし、ちょうど良いかもな」
「大規模な生産の準備ですね。設備や人員に関しては、今から準備して損はないと思うのです」
「少なくとも、急いで土地や建物を確保するのは厳しいからな。長期的な展望になるか」
「はいです。みんなで協力して、ある程度自動化できる設備も作りたいのです」
前世の工場でだって、人の手が入る部分は多かった。完全に自動化するのは、相当難しいはずだ。とはいえ、機械設備に向いている仕事もある。いずれは、その領域にまで踏み込みたいものだ。
「からくり人形の仕組みを応用すれば、理論上は可能だろうな」
「クリスさんやソニアさんに、お題として出してみるのです。良い案があれば、試してみたいですね」
「ああ、分かった。後は、実際にどう運用していくかになるな。俺たちが話すことではないか」
「はいです。ジャンさんやミルラさんに相談するのです」
となると、次はジャンやミルラとの相談だな。さて、どれくらいの成果が出せるだろうか。期待と不安が半分ずつ混ざりあったような気持ちになった。




