416話 成果のかけら
準備も終わって、まずは計画が動き始めた。今のところは、いろいろと小規模に試す段階だ。魔力バッテリーを作れるかどうか、作ってどう使うか。そういうところを検討しつつ、実験して問題がないかを確かめていく。
マリンが魔力バッテリーの作り方を教え、ミルラやジャンのもとで配下が指揮を取っている。
実際に仕事が始まって、ある程度は成果が出ているという報告を受けている。とはいえ、実際に働いている人の意見も聞いてみたいところ。
そこで白羽の矢が立ったのが、ソニアとクリス。俺が声をかけても縮こまらず、正確に情報を伝えてくれるだろう。そう判断した。
現場を見に行くという案もあったが、抜き打ちだと困らせるだろうし、事前に知らせていっても実情を知ることは難しい。少なくとも今は、報告を受けるのが良いと判断した。
ソニアとクリスを呼び出すと、笑顔でやってきた。手を振りながら、明るい様子でこちらを見ている。手でうながすと席につき、さっそく話し始めた。
「レックス様、今のところは順調だよー」
「そうだね。魔法を使えなくても活躍の場がある。とっても大切なことだったみたい」
魔力バッテリーの効果が、さっそく出てきたと言える報告だ。魔法の代わりになる道具だからこそ、大きな影響がある。これまでは魔法使いしかできなかったことが、普通の人や獣人にもこなせるようになる。ひとまず、最低限の成果は出ているようだ。
マリンからも報告を受けてはいるが、ふたりの言葉には実感がこもっている。やはり、現場の声は大事だと実感させられたな。
「ああ。仕事に使っているやつもいるな。聞いたが、ふたりの案もあったんだって?」
「棒から風を出して草を切るのが、私の案なんだー」
「炎魔法を込めた塊で暖を取るのを、私が考えたんだよ」
日常で活きてきそうな、良い案だと思える。草刈りの道具は、農家が重宝するだろう。塊に関しても、冬に相当便利になるはずだ。
とはいえ、懸念事項もある。間違って人を切ってしまわないかとか、火事にならないかとか。一応考えてくれている様子ではあるが、経過を見る必要があるだろう。
ただ、今のところは問題なく進んでいる。それは確かなことだ。しっかりと、褒めていこう。
「良い感じだな。事故も起きていないし、ふたりには感謝しないとな」
「本当に案が採用されたんだから、こっちが感謝する方だよー」
「うんうん。約束とも言えないようなことでも、ちゃんと守ってくれるんだもんね」
明るい笑顔を浮かべながら、弾んだ声で言ってくる。相当気分が良いみたいだ。わざわざアカデミーに通って研究するくらいなのだから、熱心なのだろう。
そこまで熱意があって、実際に結果を残している。重用する準備は進めておかないとな。他に逃がしてしまったら、大損だ。
ということで、本音を混ぜつつ褒めていくことにする。給料に関しても、ジャンやミルラと相談しておかないとな。
「それこそ、ふたりが優秀だったからだ。しっかりみんなと仲良くしてくれて、その上仕事も進めてくれるんだからな」
「便利になるって喜んでくれたりもしたし、いい仕事だよねー」
「そうか。そのうち、現場も見てみたいところだな」
「レックス様が来たら、緊張して失敗しちゃったりしてー」
「そうかも。レックス様に嫌われたら、この仕事も終わりだからね」
少しだけ不安そうに首を縮めて俺を見ている。まあ、立場としては社長みたいなものだからな。機嫌を取りたいという気持ちも、緊張するという感覚も分かる話だ。
だからこそ、逆転の発想もできる。社長自ら目をかけてくれると思えば、やる気を出してくれたりしないだろうか。
とりあえずは、不安を取り除くところからだろうか。
「いくらなんでも、好き嫌いだけで決めたりはしないぞ……。明らかな問題があれば、話は別だが」
「そうかなー? こうやって抱きついちゃっても、同じことが言えるー?」
「こうして見ると、レックス様ってかっこいいよね。本気で狙っちゃったりして」
クリスが強く抱きついてきて、ソニアはそっと抱きついてくる。両耳から話しかけられて、少しくすぐったい。というか、かなりくっついているので、ちょっとソワソワしてしまいそうだ。
なんだかんだあったとはいえ、女の人との接触には慣れていない。普通に話すくらいなら、もう緊張なんかしないのだが。特にふたりは大学生くらいの年だからな。完全に子供という目で見ることもできないのが緊張の原因かもしれない。
とはいえ、まあ誘惑でもなんでもない単なるスキンシップではあるだろう。変な目で見たら、ふたりが可哀想だな。
「それで俺が動くとなると、他の女にも誘惑される人間だという証になるんだが……」
「ざーんねん。でも、ちょっとは照れてくれてるみたいだねー」
「ふふ、自信がついちゃうかも。ミルラさんもマリンさんも、美人だもんね」
クリスは楽しげに、ソニアはにこやかに話している。相変わらず抱きつかれたままではあるが、いつも通りという感じで安心してきた。まあ、出会ってそう経っていない相手ではあるのだが。
とはいえ、その自信は肯定してもいいだろうな。クリスもソニアも、話していて楽しい相手なのだから。
「お前たちだって、十分に魅力的だぞ。それは間違いない」
「どんなところが、魅力的なのー?」
「百個言ってくれるまで、離さないからね」
今回はソニアが攻めてくる。クリスが問いかけてきたことではあるが、ソニアの方も気になっているのだろう。
実際、ここでどういう褒め方をするかで、今後の関係に影響してくるはずだ。しっかりと、良いことを言っておかないとな。
「さすがに百個は怪しいが……。こうして話していると、明るい雰囲気にして元気にしてくれるところとかな。優しさが伝わってくるよ」
「そ、そうなんだ……。思ってたのと、違うよ……」
「他には、もっとあるー? どういうところか、気になるなー」
ソニアは軽く横を向いてしまった。美人だという褒め方にした方が良かっただろうか。とはいえ、俺としては今話したことの方が大事なんだよな。
クリスとソニアが場を明るくしてくれるという事実だけで、俺はふたりに価値を見出したんだ。だから、かなり本気の言葉ではある。どこまで伝わっているだろうか。
まあ、この調子で続けるだけだ。俺にできることは、それだけだよな。
「真面目にしっかり仕事をこなしてくれるところとか、案をしっかり出してくれる優秀なところとかも良いな」
「そんなにちゃんと見てくれているんだー。これなら、現場に来てくれたら、もっと褒めてくれるかなー?」
「ちょっと、興味あるかも……。レックス様、本気で私達のことを褒めてくれるし……」
クリスは抱きつく力を強めてきて、ソニアは優しく抱えてきた。かなり良い感じに進めていると思って良いのではないだろうか。というか、こうしていると口説いているみたいだな。そんなつもりはないのだが。
ただ、ふたりを本気で評価しているという事だけは伝えたい。一番大事なことだよな。
「もうちょっと雑に褒めると思っていたか? 分からなくもないが。それだけ、ふたりが魅力的だということだ」
「うん、これはちょっと、本気になっちゃうかも……」
「サラちゃんの気持ち、分かっちゃうよねー」
今度はソニアが強く抱きしめてきて、クリスは軽く強弱をつけてくる。とりあえず、今の言葉は気に入ってもらえたみたいだ。
この調子で、ふたりがブラック家を大きく支えてくれたら。そんな気持ちを込めて、ふたりに笑顔を向けた。相手も笑顔で返してくれた。
ソニアともクリスとも、もっともっと仲良くなっていきたい。それが、俺の本心だった。




